染色をする人のための化学の基礎知識
放送大学印刷教材 衣生活の科学 第3章「染色と染料」に掲載の写真と図は、こちらにまとめて掲載

更新日:99年3月5日、02年7月26日、06年3月23日一部改訂

◆なぜ化学?
 趣味で行われるような数ある工芸の中でも、染色という作業は、実は「化学実験」と言っていいほど、化学が入り込んでいる。なぜ染まるかは、化学が説明してくれるが、その原理をわかって染色を行っている人は少ない。また、化学実験の教育が行われないまま、危険で、意味のわからない薬品が使われている。

 染色の原理や薬品の知識がなくても染色をすること自体は可能であるが、原理を把握している方が、より合理的な染色を行うことができる。ここでは、染色のための化学を、化学を知らない人にもわかるように解説するとともに、染色の手引き書や化学事典等からも得られないような、実際的な薬品の基礎知識をなるべく詳しく述べる。
 

◆染色という現象や薬品を化学の目で
 染色に関して、なぜ染まるのかとか、使用される物質がどのような性質があるのか、ということは、化学という学問が説明してくれる。本来、水に溶ける性質を持つ色素が、一旦繊維に吸収されると、いくら洗っても落ちることなく繊維に吸着するという現象が染色である。水に溶けるものが洗っても落ちないという、よく考えれば不思議な現象も、化学の目でとらえると、明確に説明することができる。「化学の目」とは、原子・分子の世界というミクロの世界をビジュアルに解釈することである。化学とは、化学式をこねくりまわす近寄りがたいものととらえられがちであるが、決してそうではない。

 藍の染料のミクロの世界を覗いてみよう。

 日本における藍の染料は、すくもと呼ばれている。この土のようなすくもには、インジゴという青い色素が含まれている。顕微鏡で拡大しても決して目で見ることのできない小さな世界であるが、「ミクロの世界を覗く」というイメージは、次のようである。
 

   
すくもの中のミクロの世界〜分子の世界
  ↑すくも

 藍の染料であるすくもを拡大していったら、インジゴの分子が見えてくるという概念的な説明の為の図


 これが、インジゴの分子である。なお実際には、インジゴの分子は、1粒1粒に分かれているわけではなく、集団で存在している。また、すくもの中にはインジゴの分子以外にも多種多様な分子などのツブが存在している。

 こういった分子の性質やその振る舞いを、分子1粒1粒の立場に立って考えるのが化学である。 染色も、分子というミクロのレベルで考える必要がある。なお、分子というのは、極めて小さなツブである。

 たとえば、3gの水は、約100000000000000000000000個の分子が集まってできている。水の場合は、分子1粒の重さは軽く、染料の分子は、その数十倍、繊維の分子は「高分子」といって、さらに大きな(長い)分子であるが、いずれにしても、小さなツブである。したがって、染色は、染料の「粉」が繊維の中に入り込む、というイメージではない。もっともっと小さな世界でのできごと、ということになる。
 

◆染色とはどういう現象なのか
 染料とは、色を持つ物質(色素)のうち、繊維に対して染着力(染まり着く力)を有する物質である。染料の分子と繊維の分子が親和性(くっつく性質)を持っていれば、染色される、ということになる。また、いったん繊維の分子の間に入り込んだ染料の分子が、水に溶けるという性質を失うことで、染色される(洗っても落ちない)場合もある。

 染料とは、色を持つ物質(色素)のうち、繊維に対して染着力を有する物質である。また、染色とは、基本的には水溶性の染料分子(分散染料のような例外はある)と、繊維の分子間の親和性に基づく現象である。親和性とは、分子の持つ電気的なプラスとマイナスの吸引力や、分子同士の引力に基づく力である。染色される繊維の種類は、それぞれの繊維の分子の化学的性質によりその染色性が支配され、各繊維に対して適する染料がある。 さらに、染料分子と繊維分子との間の親和性が弱い場合には、二者を仲立ちする媒染剤が手助けとなることもある。
 

 染料の分子と、繊維の分子がくっつく(親和性がある)とは、主に、分子の持つ電気的なプラスとマイナスの吸引力や、分子同士の引力に基づく力である。このような親和性があるかないかで、同じ染料で同じ条件で染めても、繊維の種類によって、染まったり、染まらなかったり、濃く染まったり、薄く染まったりする。

 多くの天然染料は、絹にはよく染まるが、木綿には染まりにくい。これは、染料の分子がプラスやマイナスの電気を帯びており、電気を帯びている部分のある繊維に、プラスとマイナスの吸引力で結合するからである。

 染料分子と繊維分子との間の親和性が弱い場合に、二者を仲立ちする媒染剤を使うことで、染色できる場合がある。染色では、媒染剤に金属イオンが使われたり、様々な有機物が使われたりしている。

繊維分子の特色
  羊毛・絹・ナイロン・・・プラスやマイナスの電気を帯びている部分がある
  木綿・麻・レーヨン・・・少しだけプラスやマイナスの電気を帯びている部分がある
  アクリル・・・・・・・・・・・・マイナスの電気を帯びている部分がある
  ポリエステル・・・・・・・・プラスやマイナスの電気を帯びている部分がない 

  たとえば、マイナスの電気を帯びた染料の分子を考えてみよう。マイナスの電気を帯びていると言うことは、この分子に水溶性という性質も与えており、水に溶解する。繊維の分子にプラスの電気を帯びた部分があれば、この染料のマイナスの部分と引き合い、結合が生じ、いくら水で洗っても、染料の分子が繊維から離れることはない。羊毛・絹・ナイロンの分子にはプラスがあるので、この染料の分子と結合する。このような結合は、「イオン結合」と呼ばれる。

 それに対して、木綿などを形作るセルロースの分子は、弱いプラスやマイナスの電気を帯びた部分がある。弱いプラスでは、この染料のマイナスと十分な結合ができず、ほとんど染まらない。もし、染料分子が、たくさんのプラスやマイナスを帯びた部分があれば、弱い力ながらも、複数の点で染料分子と繊維分子が結合できるので、そのような染料であれば、染色することが可能となる。
 アクリルの分子は、プラスの電気を帯びている部分がないので、この染料の分子では染色できない。アクリルの染色には、プラスの電気を帯びた染料分子が用いられる。


合成染料による染色の例
オレンジIIという染料の水溶液に、羊毛・絹・木綿・ナイロン・アクリルの5種類の布をしばらく浸す。染料水溶液が布にしみ込んでおり、どの布もオレンジ色に染まったかに見えるが、よく水洗いすると、、、。 染色結果:左から、羊毛・絹・木綿・ナイロン・アクリル。羊毛・絹・ナイロンやよく染まった。木綿は、うっすらと色がついただけ。アクリルは全く染まっていない。


酸性染料という種類の染料が染着できる理由
今回の染料は、オレンジIIという名前で、その分子は、マイナスの電気を帯びている(陰イオンである)。図には、分子一粒一粒が、水の中に散らばっている様子を示した。

染料液に布を入れると、染料水溶液は繊維の中にしみ込み、染料分子は繊維の分子と繊維の分子の間に入っていく。図では、布の中にある繊維の分子の1本を黒い線で示した。
繊維の分子にプラスの電気を帯びた部分があると、マイナスの電気を帯びた染料の分子は、プラスとマイナスの結合、即ちイオン結合で結合する。このような結合が起こるので、染料の分子は水溶性であるにもかかわらず、洗っても繊維から流れ出ない。つまり染色された、染着した、ということになる。 羊毛や絹やナイロンの繊維の分子には、プラスの電気を帯びた部分があるので、左の図のように、マイナスの電気を帯びた染料の分子と結合できるが、木綿の分子は、プラスの電気を帯びた部分はあるものの、弱い(上図では、小さな+で表現)ので、染料の分子を引き止めておくことができず、洗うことで染料が流れ出てしまう。アクリルの繊維の分子は、プラスを帯びた部分が無いので、染料分子を結合させることができない。

 染料分子と繊維の分子との結合は、上のようなイオン結合による以外に、水素結合(イオン結合よりも弱いプラスとマイナス間の引き合いによるもの)や、分子間力や、配位結合によるものがある。また、染料分子と繊維分子を化学的に反応させ、共有結合を形成させることで結合させるタイプの、反応染料という染料もある。

 なお、藍染めの場合、藍の染料(インジゴ)は水に溶解しないので、「建てる」という操作(化学的には還元反応)によって、一旦水溶性にして、繊維の分子と分子のすきまに侵入させる。水に溶けた還元型のインジゴは、繊維分子に対して親和性があるので、繊維分子の間にとどまっている。その後、繊維の内部で、酸化によってもとのインジゴに戻って不溶性になるので、染色が完了する。この場合、生成したインジゴと繊維分子との間にも、親和性はあるが、それほど強いわけではない。主に、不溶性であるということが、洗っても落ちない(つまり、染まる)原因だと考えられる。
 

◆染色には危険な薬品も使われている
 薬品を使った染色を、化学とは無縁の多くの方が行っており、安全面に関する注意事項は、指導書に書かれてはいるものの、その本質的な意味を御存じない方には、安全面に十分配慮がなされていない現状があるかもしれない。また、様々な助剤や媒染剤の中には、毒性や環境汚染の観点から、そのまま流さない方がいいものもある。

 今までも、実際に大きな問題にならなければ、安全対策はとられなかったかもしれない。染色をやっている多くの方々の中にでも、既に薬品による何らかの軽微な事故は起こっていると思われるが、失明などの深刻な事故がないから、あまり問題にされていないと思われる。しかし、そのような重大事故が今後発生しないとも限らない。

 ここでは、安全や環境に配慮した染色の実践をめざし、助剤や媒染剤の薬品としての性質を理解していただき、その取り扱いや廃棄の方法を整理したいと思う。

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◆草木染めで劇物を使うことについて
 染色と言えば、草木で染めるものと決まっていた時代から、化学染料により、カラフルな色彩が容易に得られるようになった時、昔ながらの染めを、見直し、それらを化学染料による染色と区別すべく、草木染という言葉が生まれた。上村六郎は、昭和の初期に同じ意味あいで「本染め」という言葉を使っていたそうであるが(青柳太陽:「工芸のための染色の科学」、理工学社、1994)、草木染という言葉が定着したようである。これ以降、美しい色を草木から得るということも、草木染を志す人たちの目標の一つとなった。

 媒染剤についても、草木染の媒染剤にクロムや銅が使われるようになったのは、近代化学が導入されたからで、「江戸時代までは灰汁、明礬石、酢、鉄漿(オハグロ)、石灰などすべて自然のものを媒染のために使用してきたが、(中略) 明治10年に東京府で発行した西洋染色法などによって化学薬品を媒染のために使用するようになった。」「大正末より植物染料の研究が始められた時にもすべて化学薬品が媒染のために用いられた。」ということである(山崎青樹:草木染技法全書「糸染め・浸し染めの基本」、美術出版社、1997)。即ち、媒染染料という種類の合成染料が利用されるようになり、クロムや銅などの重金属イオンが、発色や堅牢度の面で大きな効果を示したことで、それと同じ効果を天然染料にも適用したということであろう。

 シックハウス症候群、化学物質過敏症、環境ホルモン、オゾン層破壊物質、発ガン性物質、、、、合成化学物質の悪い面が、マスコミをにぎわさない日はないくらいになっている。自然にあるものも、人間が合成したものも、すべて「化学的な物質」であるのに、「化学物質」といえば、合成のもので悪いものだというイメージができあがってきてさえいる。自然のものがすべて安全で、合成の化学物質はすべてよくない、ということはないし、合成化学物質でも、その質よりも廃棄の量が問題であることの方が多い。今恐れられているダイオキシンも、木が燃えてもできるので、太古の昔から存在していた物質である。人類の文明が発達して皆が豊かな生活をするようになって、その量が飛躍的に増えたことが問題なのである。

 重金属類も、もともとは自然界に存在しており、海水には、ウランも金も、他の毒性の高い重金属もイオンとして溶けている。しかし、ごく微量であるから、何ら問題ないし、海から誕生した生命にとっては、その「微量」が必要な場合もある。山の中に埋もれていた金属を掘り出して川や海に流したことが、重金属汚染公害をもたらした。日本の公害問題の最初と言われる栃木県の足尾銅山の鉱毒事件に代表されるが、それは、自然に比べて量が多くなりすぎたからである。

 草木染めでいい色を出そうという挑戦について否定はしないが、色を求めるのであれば、合成染料でいいのではないだろうか。自然から色を得たいと思うのであれば、得られた色そのものが自然なのであり、そうやって色を得ること自体が魅力的なのだろうから。
 
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