八木 俊介 さん
 親を亡くした子どもを支援する「あしなが育英会」のレインボーハウス(神戸市東灘区)で、小中学生遺児のこころのケアを担当しています。阪神大震災後から遺児のケアに取り組みました。
 東日本大震災では再び多くの子どもが親を亡くしました。河合優年先生に遺児のケアについてご相談をしたことをきっかけに、臨床教育学研究科に入学しました。

 入学当時は、東京勤務であったため大変でしたが、現場につながる研究テーマであることから職場の理解を得られ、仕事と研究を両立することができました。
 研究によって、阪神大震災の経験を客観的に分析し、遺児や孤児への長期にわたる発達支援の重要性を再確認しました。博士論文によって、今後の遺児支援の方法や理論を構築するためのスタート地点に立った気持ちです。
 論文執筆中は、自分の力のなさを常に感じていましたが、河合先生からの丁寧なご指導とゼミの仲間の支えよって、論文を書き上げあげることができました。

 大学院への進学を迷っていたら、ぜひ挑戦してください。
 入学時の高揚感、研究中の苦労、修了時の達成感など、さまざまな経験を通して、実りある大学院生活が送れると思います。先生方や大学院生との新しい出会いが待っています。

竹元 惠子 さん
 武庫川女子大学に夜間の大学院が開設されるという情報を得て以来、いつか機会があれば学びに行こうと思いながらも、日々の仕事に追われ、10数年の時を経て、ようやく入学しました。

 
入学試験会場では、偶然、仕事で知り合った方々にお会いし、面接試験を待つ時間はすっかり同窓会モードに・・。そして、全員、無事入学。私たちのクラスは多世代、他職種。多忙な仕事を抱えながらも、ほぼ、毎日受講する人が多く、あっという間に旧知のような間柄になりました(この要因の1つには、連日のアフター21時の交流での成果も)。日々の学習場面では、自らの専門性や今までの経験知を踏まえた考えを述べあう事が楽しく、刺激的で、翌日が待ち遠しい毎日でした。

 
私自身は20数年間教える側に身を置いていたため、久々に学ぶ側から学習場面を見つめ直すことができました。すなわち、教える側がどのような関わりの工夫をすることで、学ぶ側の興味・関心、主体性を引き出すことができるのかを体験する機会となりました。勿論、効果的と感じた手法は直ちに、日々の自分の実践に取り入れさせていただきました。

 
修士の2年、その後の博士後期の3年もあっという間に過ぎ、その間、教職員の方々のご配慮のもと、自由に伸び伸びと学ばせて頂き、今、振り返っても人生の中での至福の時間だったと実感しています。

平野 由香里 さん
 夜9時過ぎ、授業後の帰りの電車はいつもにぎやかでした。講義の内容を振り返りそれぞれの考えや思い、仕事で上手くいかなかったことや嬉しかったことなど、同級生の仲間たちとの会話で盛り上がります。私は中学校教員ですが、同級生は、医療従事者や保育士、教師などさまざまです。仲間たちの仕事に対する姿勢や価値観には感心することが多く、私にはとても心強く、大きな励みになりました。大学院での学びには、先生方からの講義や指導だけではなく、共に学び合い、高め合い、尊敬できる同級生を持てることも含まれていると思います。

 また、先生方の講義内容や論文指導は具体的で、身近なトピックとして感じられることが多く、現場での悩みや気付きに直結しています。特に、修士論文の作成では、自分の思いを見つめ直し、様々な角度から指導を頂いたことで、自分の思いを上手くまとめることができました。社会人と大学院生との二重生活は時間的にも物理的にも厳しいものがあります。しかし、その苦労以上に素敵な仲間、自分と向き合う時間、そして、先生方との出会いが、仕事に対する方向性や見識の広がりを与えてくれました。

 
課題をもち研究されたい方はもちろん、職場で様々に迷っている方、自分の足元を見つめ直したい方にも、是非!!進学を、お勧めいたします。

実本 牧子 さん
 自分の保育士として積み重ねた経験が、大学院の授業を受ける中で、理論によって裏付けられ、整理されていくことが、とても楽しくまた喜びに感じることができました。

 
それまで、「こうすればうまくいった」「こういう思いで向き合うと相手が変わった」と積み重ねてきた経験から自分なりの考えや人間観、保育観を持っていたつもりですが、修士論文をまとめるにあたって身体や感覚で覚えていることを文章化し、表現することはとても難しい作業でした。大学院の先生方からの学びや様々な分野の院生の方々との出会いを通して、自分の中で「点」であったものが「線」としてつながり、論文としてまとめていくなかでふくらみを持ち、とても重みのある大切なものを手に入れたように思います。

 
保育士や教師、看護師など様々な職種の違いを超えて、それぞれが「人間として成長していく」過程の中で「育ちあう楽しさ」を感じることができました。私は今、学ぶことを自ら欲し、喜びや楽しさを感じることができる学びこそ、学びの理想の姿ではないかと感じています。「学び育つ楽しさ」、そして対人援助者・支援者として「育ちを支える楽しさ」を、今後も保育士という仕事を通して実践していければと思っています。

北村 敦子さん
 私は、現在は大学の看護学部で教員をしております。2年間という短い期間の中で、修士論文の作成に向け、研究の基本を学ばせて頂きました。指導の先生には、修士論文の指導において、時には厳しくも、丁寧に、そして的確に、一人ひとりの個別性を捉えて教えて頂いたように思います。またゼミにおいては、担当教員の指導のもと、毎回行われるゼミ生との忌憚のないディスカッションは、とても示唆に富み、充実した内容でした。仲間同士の切磋琢磨が、自身の研究を進めていくうえで、視野を広げてくれ、また、議論を通して自分自身の考えを見つめ直すことで、より考えを深化させることができたと感じています。そうした経験は、現在、私自身が看護教育と研究に取り組むうえで大いに役立てることができています。そして、今までご指導いただいた事すべてが、これからの私自身の研究活動の軸になると確信しております。

 
これからも、社会人大学院である武庫川女子大学大学院臨床教育学研究科で、楽しく学び合えた修了生の仲間をはじめ、先生方と、今後も交流を持ち続け、研究をさらに深めていきたいと願っております。

比留間 ゆき乃さん
 私毎日の生活や仕事の中で、「これでいいのか?」「違う考え方はできないのか?」「どうかかわったらいいのか?」とジレンマを感じたり、悩んだりすることはありませんか?私は看護師として社会に出た後、医療者教育に携わる部門におりました。学生や多職種の医療者と関わる中で、自分のかかわり方について悩むことが多く、「もっと勉強したい」と思うようになっていきました。仕事と学習が両立できるのかと考えると、なかなか行動に移せずにいましたが、職場の先輩の勧めで思い切って挑戦しました。

 
臨床教育学研究科では、さまざまな職種の方々と学ぶことができます。授業の中で行うディスカッションでは、さまざまな角度からの意見が飛び交います。思考の幅が広がるだけではなく、自分の考えをどのように伝えるかということも学ぶことができました。また、ゼミでは研究の基礎を学びます。指導教員は厳しいですが、クリティカルな文献の読み方、分析の仕方、論理的な思考について丁寧に指導をしてくださいました。大学院での2年間は「何かに挑戦する楽しさ」や「学ぶ楽しさ」を実感することができ、自信にもつながりました。現在は10数年ぶりに臨床現場に戻り、新たな挑戦に挑んでいます。

山田 晶子 さん
 小学校の養護教諭を20数年してきました。
 保健室での日々の子ども達との関わりを積み重ねていく中で、忙しさに追われて、執務の内容も、経験したことの繰り返しになっていたり、勘に頼ったりしていることが多く、ふとこのままでいいのだろうかと思い始めた頃、この臨床教育学研究科を修了された先輩からお話をきいたことがきっかけで、一気に入学への思いが加速しました。

 入学してからの数々の講義では、これまでの経験で得たことの意味や根拠を改めて確かめることができ、「腑に落ちる」という思いの連続でした。 また、学校現場だけでは狭い見識に陥りがちな点もあるかと思いますが、院での「教育」「心理」「福祉」の3つの領域での学びは、視野の広がりにもつながりました。
 様々な対人援助職に携わる同期生の方々とのディスカッションで得られるものは、わたしにとって想像以上の収穫でした。他の領域の方と触れられるのも、本研究科ならではの特長です。

 仕事をしながら修士論文をまとめていく院生活は、かなりタイトですが、長期履修制度を使って計画的に進められる方もおられます。わたしは、職場の長期研修休職制度を一部期間利用しました。
指導教員のご指導や励まし、ゼミの仲間の支え、そして職場の協力を得て過ごした貴重な2年間の学びを、これからの執務につなげていけたらと思っています。
 みなさんもぜひ、この発見と出会いを体感してください。