武庫川女子大学 建築学科・大学院建築学専攻
■ペトラ博物館計画 2013 設計主旨
新着

ペトラ博物館 設計主旨と環境評価

岡崎 甚幸
武庫川女子大学 建築学科長 教授
武庫川女子大学 トルコ文化研究センター長

 われわれは昨年2012年9月にペトラを訪問し、現地で博物館のための敷地選定と博物館のデザインの概要を提示し、ヨルダン関係者にも説明した。帰国後、それにもとづきペトラ博物館の構想案(設計説明書、設計図、CADおよび模型)を提示した。2012年11月には再度、その模型がJICAスタッフによって、ペトラのヨルダン関係者に提示された。巻末の参考資料参照。しかし今回、博物館の環境評価に際して、前回構想された博物館の面積を予算の関係で約4000m2弱から2300m2に縮小し、同時にデザインをさらに検討し、前回の構想を継承する案と、それ以外のほかの3案を設計し、それらの環境評価を行った。また今年2013年9月に現地の写真撮影および現地の簡易測量を行った。これらの結果に基づき、4案とそれぞれの周辺環境との景観上の調和、すなわち景観に関する環境評価を、CADによるシミュレーションで以下に検証した。

 

1.環境評価の意味:自然景観の予防的評価と創造的評価
2.石 地元石材の利用
3. 植栽 新しい草花や樹木の植栽と既存樹木の保存
4. 水
5. 日ヨルダン文化交流:日本の建築文化の紹介
6. 地域の自然景観に溶け込む外観の設計
7. ぺトラの文化を象徴する形態の引用
8. ぺトラ博物館のあるべき相貌
9. 商業活動への配慮
10. 楽園としての中庭
11. 配置計画
12. ペトラらしい博物館とは

 
ペトラ博物館 景観シミュレーション
建築学科3年生 建築材料実験   建築学科3年生 建築材料実験
案1: 墓を引用した壁、一部2階建   案2:単純な曲面壁、一部2階建
     
建築学科3年生 建築材料実験   建築学科3年生 建築材料実験
案3:規格化された壁、平屋   案4:複雑な曲面壁、平屋
1.環境評価の意味:自然景観の予防的評価と創造的評価
 
 景観に関する環境評価について、条例などで一般に言われていることは以下の通りである。すなわち特定の建物がある自然環境の中に建設される場合、その建物が予定される地域の景観を、それ以上悪くしないかどうかを評価することである。従ってそれが定める地域に今後建設されるすべての建物に対して、高さや壁面線、色彩や材料、屋根の有無などを具体的かつ客観的に規定した基準を定め、これを評価の基準にして環境評価なるものを行う。これを「予防的環境評価」とでも言うことにする。
 しかし自然景観における建築物等の設計においては、その環境の破壊を防ぐことはもちろんであるが、むしろ、今以上に優れた環境を創造することに最大の努力が払われなければならない。これを「創造的環境評価」とでも言おうか。多くの景勝地はこのような優れた創造的行為によって形成されている。
 たとえば「嵐山」と言う京都でも有数の観光地は、昔から景勝の地であった。そこは川の両側から迫りくる山並みの間を流れ下る保津川が、突然京都盆地に流れ出す、日本ならどこにでもある自然の地形である。しかし嵐山の景観は、ちょうど盆地に川が流れ出るところに、渡月橋と言う見事な橋を、右岸の山並みをうまくその背景にしながら架け渡した。渡月橋はまさにどこにでもある自然景観を景勝の地へと創造した土木的構築物である。
 また清水寺は東山の麓を参道に沿って登ったところに、古から湧き出す水を囲むように、東山に抱かれながら、かつ京都の盆地に向かって開いた窪んだ土地があった。そこに向かって斜面の途中から張り出した舞台を中心に複数の仏教建築が取り囲んでいる。
 また清水寺の中に成就院がある。ここの庭の左手の背後には深い谷が隠れている。谷の向こうにまた急な傾斜面が鬱蒼とした木立に包まれて立ち上がっている。庭の背景としてのこの樹林のなかに、よく見ると小さな灯篭が一つ立ててある。それは木立のスケール感を表現すると同時に、それによってその林が庭の一部であることを示している。これも我が国の作庭における伝統的な手法である。人工物の自然景観への創造的導入である。
 さらに厳島神社もそうだ。何の変哲もない瀬戸内海の小島の小さな入り江の砂浜の海の中に木造の神社を建てた。その先端に舞台を、そしてさらにその先の海の中に巨大な鳥居を立てた。
 
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京都嵐山 渡月橋
 
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京都清水寺
 
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厳島神社
 

 そこで我々はこのぺトラの自然景観の意味をまず十分理解すること。そしてこの自然景観を新たに建設する建物で損なわないこと。さらにこの景観を今以上に優れたものにすること。すなわちぺトラの自然景観に新たな建物を建てて、今以上に優れた環境を創造することが肝要である。 それでは世界遺産ペトラの景観的特徴とは何か。それはまず第一に「砂漠の地にあって、幾重にも織りなす壮大な磐と、それを引き裂くようにできた大地の裂け目と言われる渓谷による自然景観」にある。そして「その中に古代人によって削り出された遺跡の幾何学的な形態が散在し、それらが千変万化の自然景観と調和し、強烈な印象を訪れる人々に与えている」ことである。
  この博物館はこの世界遺産のバッファーゾーンの一角にあるが、その中をWadiが通り、周囲を磐の多い山並みによって囲われている。この場所が目指す景観はやはり、上記のぺトラの景観の印象を継承すべきである。
 それでは、ここでもし、世界遺産ぺトラに対して、「予防的環境評価」のための基準項目を上げるとするとどのようなものがあるだろうか。

1)先述のぺトラらしさの基本を形成する磐の景観を守ることである。すなわち磐の上に鉄筋コンクリートの箱のようなホテルを建てたり。磐に彫られた古代の墓を商業施設の喫茶室などに利用しないよう厳しい規定を作る必要がある。また磐が織りなす景観を遮るような建物を建てないことである。

2)建物外観をこの地域に固有な石材で構成し、周囲の自然景観に溶け込むようにする。

3)小さなスケールの組み合わせで博物館を構成するようにし、周囲の山並みに調和するようにする。ぺトラの磐は細かい切れ目によって、丸みのある小さな岩に分割されており、それらが一体となってうねるように群をなしている。

4)半乾燥地帯であるぺトラに貴重な大型の樹木を保存する。

5)できるだけ多くの地点から周囲の山並みが見渡せるよう、建物の高さを2階に制限する。

6)周囲の山並みから見下ろされる場所にこの博物館の建設予定地がある。従って屋上へ設備機器類を設置しないこと。むしろ積極的に屋上の景観をデザインし、周囲の山からの景観のみならず、屋上から周囲の山並み景観が楽しめるようにする。

 それではこれらの基準を満足しさえすれば、素晴らしい建物とそれを含めた景観が創れるかと言えば、そうではない。それぞれの基準については以下に詳述する、デザイン的に深い制作態度と実践が必要である。

2.石 地元石材の利用
 
 ぺトラの自然は、人の手で容易に彫ることができる柔らかい砂岩でできた大小の凹凸から構成された山並みの景観である。ここでは、自然の曲面の上に、鋭い垂直面の遺跡を削り出している。この伝統を継承した博物館のデザインとその周辺景観こそが求められるものである。コンクリートの構造体を頼りに地元の伝統的石積工法で外観を仕上げる方法がある。石積みの各種の断面には下記のようなものがある。
 
2-1) 地元石材の利用 
 砂岩が多い地域である。砂岩(さがん、英: sandstone)は、主に砂が続成作用により固結してできた岩石。堆積岩でもっとも一般的なものの一つ。砂岩の構成鉱物は石英と長石が主で、これらに既存の堆積岩や変成岩などに由来する岩片(これは鉱物の集合体である)が加わる。ペトラ遺跡の岩は柔らかいローズレッド色と言われる砂岩で容易に彫れるので神殿が600もあるという。
 
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ペトラ遺跡の柔らかいローズレッド色の砂岩     
 
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地元の砂岩の色を継承する博物館の色
2-2) 石積みでできたこの地域の外壁の例 
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十字軍の城跡   PDTRA事務所の外壁
 
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十字軍の城跡   ペトラの神殿
 
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ペトラの神殿   ペトラの神殿
 
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ペトラ博物館(既存)
3.植栽 新しい草花や樹木の植栽と既存樹木の保存
 
 予定した敷地内の既存樹木を保存する。敷地内には10〜15mの樹高の既存樹木(樹種は松)の群生が2か所あり、これを保存するように建物の室配置を行う。また敷地西側には、さらに多くの、より高い樹からなる樹林があり、これを保存し、その背後にある岩場をも取り入れた庭園計画を行う。しかし今年の調査では、この林の樹木の陰に多数の自動車が駐車していた。樹下の駐車は樹木の根を痛め、やがて枯渇することになる。この樹林の保存再生計画をも含めた博物館計画が緊要である。
  半乾燥地帯のぺトラの樹木を大切に保存しなければならない。また隣接する土地の樹林を有効に活用する博物館の配置計画が大切である。予定敷地の西側の森の中が、多くの自動車の駐車場や仮設建物に利用されている。去年の夏は皆無であった。樹下の駐車は木の根を痛め、やがて枯れさせてしまう。早急な禁止処置が必要である。新たな樹木の植栽計画や既存樹木の保存のために、この谷を流れ下ってくる雨水の調査とその導入計画が必要である。計画中の博物館の中庭には既存の松の群生を保存する。これらの樹高は約15mから10mである。これらの松を新たに育てるには長い年月がかかる。
 
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中庭に保存する樹木群 南側(左)と 北側(右)    
 
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西の樹林に乗り入れて駐車している車
 
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既存樹木の配置図
4.水
 
 この乾燥した大地に生きる全ての生き物の生を保障するのは水である。中庭を中心にした水の計画が必要である。さらにこの谷を取り囲む山々が形成する分水嶺より、ある程度の水量が、この場所に流れ降りてきたと思われる。その証拠に近くにはローマ時代と言われる巨大な水槽の遺跡がある。その水がこの地域のわずかな表土の上に今の樹林を構成したと思われる。広大な駐車場や野外映画、そしてビジターセンターの敷地には、樹林があったのではないかと推測される。この水の流路を冬の雨季に良く調査しておき、これからの緑化のための合理的な水理計画を立案する必要がある。
 
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ローマ時代の貯水槽がある地域の分水嶺と流域 
 
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ローマ時代の貯水槽    
5.日ヨルダン文化交流:日本の建築文化の紹介
 
  世界遺産ペトラPETRAには、砂漠の自然と遺跡が一杯ある。博物館の中にわざわざそれを再現しても意味がないという意見を聞く。確かにそれは一理ある。しかしそれは自然のなかにある遺跡をそのまま博物館の中に移動して並べるという行為を前提にしているの過ぎない。またこの主張では、博物館も単なる箱としてしか考えていない。   
 ところがこの博物館を提供する我が国のことを考えてみる必要がある。まず、第一に日本には、千里の大自然を一尺の世界に象徴する「呎尺千里しせきせんり」と言う言葉がある。そして第二に、仏教には「山居」を理想郷とする思想がある。その理想郷を市中の日常世界に取り込んだ庭「市中の山居」は日本独自の自然観を表している。原寸大の樹木を庭に植え、自然を町の中で楽しむ。さらにこの庭とそれを見るための室内とが、あたかもそれぞれが劇場の舞台と客席のように密接に関係づけられている。大徳寺大仙院の書院と枯山水の関係、あるいは茶室と露地の関係、あるいは京町家の庭と座敷の関係である。第三に「借景」がある。部屋の中から遠景の山が見えるように住空間を設計する。風景を生け捕るという。遠景の山は近景の住空間の軒や庭と一体となって、美しい室内景観を構成する。
 すなわち博物館という恵まれた現代の住空間の中に、PETRAの壮大な自然を象徴的に、あるいは市中の山居のようにいきなり原寸大で取り込む。また博物館から周囲の山並みを生け捕る。これらを楽しむことができる場所がこの博物館である。このような場所としての博物館を提供することが日本とヨルダンの文化交流である。日本人の世界観をこのヨルダン王国の世界遺産ぺトラに贈呈することの意味がある。遺跡を保存し、修復し、展示し、それを見に来る拝観者のために空調をし、諸機能を満足することは必要不可欠である。しかしそれだけでは日本の協力にはならない。文化すなわち魂の交流が必要である。
 
5-1)借景: 屋上庭園の景観
 敷地周辺には、ホテルなどの建物があちこちに建っている。ここを取巻く美しい山並みなどとの調和を一切無視したかのように。磐の上にまで建っている。その磐が連なる丘の中には幾多の墓の遺跡があるにもかかわらず。さらに敷地周辺には屋台が無秩序に出店している。去年の夏にはなかったものである。予定された敷地の一角にも駐車場の客を目当てに軒を連ねている。こうして敷地周辺には、ここが世界遺産のバッファーゾーンと言うにも関わらず、雑多な景観が急速に浸食している。
 これらを見ないようにして、周辺の山並みとこの博物館との調和を楽しむために、屋上庭園の設計を試みた。この時の山並みの扱いは、日本の庭園の設計手法である借景という手法による。借景とはborrowed sceneryと言うらしい(小野健吉『日本庭園辞典』岩波書店, 2004)。
 屋上庭園の周囲は1.8mの高さの壁で取り囲み、視線を遮る。しかし遠くの、ここより高い位置にある山並みは見える。そして中庭側は、中庭が見下ろせるように、0.6mの壁の上にガラスの手摺を付けている。外壁は時々塔のように屋上に立ち上がる。先端が矩形のものもあれば、磐の頭のように丸坊主のものもある。これによって敷地周辺の雑多な建築物を隠し、周辺の山並みを、屋上の借景として生け捕ることになる。
 
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圓通寺から見る比叡山の借景   計画の一つの屋上からPDTRAのある丘を見る
 
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周囲の山並みを生かしたぺトラ博物館の屋上庭園と中庭の景色
 
5-2)呎尺(しせき)千里
 中庭に地元の自然石を搬入し、それらを組み合わせて象徴的なぺトラ地域の山岳風景を表現する。ちょうど大徳寺大仙院の枯山水のように。磐はぺトラの風景を構成するためには不可欠の要素である。ぺトラは磐の風景である。それを象徴的に中庭に導入する。雄大な磐の山並みを枯山水のように庭の石組に表現する。回廊から見るその磐組は俯瞰する磐の山並みの風景である。その磐の群れを利用して古代の水道計画を再現する。
 
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大徳寺大仙院庭園
 
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廬山の風景を表現する智積院庭園   廬山の風景画 (Natinal Palace Museum)
 
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地元の石と既存の樹木を生かした中庭のスケッチ
6.地域の自然景観に溶け込む外観の設計
磐の形態、磐の色
 
 外観が自然景観に溶け込むためには、外観を小さな縦長の矩形が横へ連なった形の集合体とする。この小さな縦長の形は周辺の磐や岩壁の墓の形に似たものとする。地域の石材を伝統的な手法で加工し、RC構造体の上に沿って積み上げたものである。前掲の2-2)石積みでできたこの地域の外壁の例を参照のこと。使われる石材は周囲の山並みの岩肌になじむものに決められた。さらにぺトラのうねるような磐の曲面を、縦に分割された各展示室の縦長の外観の壁の頂部に表現した。
 また、地盤保護のために、床面を敷地の斜面に沿って徐々に上げる。そして、2階建ての高さに制限する。また、周辺の山からの景観のために博物館の屋上を庭園化する。そのため設備機器類などを露出のまま設置しない。
 
 
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縦長の小スケールに分割されたぺトラ博物館の外観   ぺトラの自然と磐
7. ぺトラの文化を象徴する形態の引用
異文化交流 記号としての形態
 
 ナバティア人の文化を象徴する形態には以下のものがある。まず自然の中に巨大な砂岩の赤茶けた色の磐また磐のうねりがある。不思議な曲面の磐が波のように続いている。そして深い谷間に高く聳える巨大な磐の垂直面から削り出された墓の茜色の表面の形態は、初めて見る者には千差万別であるが、次のように分類されている。さらにローマの植民地となってからは、この同じ場所に列柱の大通りや巨大神殿、磐を切り開いて造った劇場などが登場する。これらを博物館に引用することにより、ペトラらしい景観を造り出すことができる。
 
7-1) 塔や壁の頂部に付けた銃眼飾り
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ペトラの墓の壁の頂部に付けた銃眼飾り(PETRA: IAIN BROWING)
 
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アッシリア建築 ウルク カッシート神殿 (『図説世界建築史2 エジプト・メソポタミア建築』p.42 )
 
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ペトラの遺跡の墓の立面に見られる銃眼飾り
 
7-2)  Crowstep: 神の世界への階段
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Crowstepの装飾がある墓の立面の例(PETRA: IAIN BROWING)
 
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Crowstepの装飾がある墓
 
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Crowstepの装飾がある墓:階段は死者の魂の昇降の動作を表現している。(『ナバテア文明』p.82 ) 
 
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計画案の屋上:死者の階段を通って高さの違う屋上の床を回遊する
 
7-3)  石柱オベリスクのある記念建造物
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墓の一つのタイプ 石柱オベリスクのある記念建造物: 宗教的、神秘的手段によって、生命力を死者の記念建造物と結びつける記念館。宗教的、神秘的行為は記念館の前で行われた。(『ナバテア文明』p.82 )
 
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谷の南斜面に掘り込まれた劇場: 劇場の建設のためにいくつかの墓が破壊された。グレコローマンスタイル。祭儀の宴会を示す多数の土器の出土。 (『ナバテア文明』p.83 )

 
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ペトラの神殿
8. ぺトラ博物館のあるべき相貌
 

 ぺトラの博物館は、日本の一般の、巡回展などを主とする博物館とは違い、その地域の文化を味わえる場所として計画されるべきものである。博物館は単なる箱ではない。空調と照明がなければ真っ暗で蒸し風呂のような無機的な箱を作り、そこに展示計画で別世界を作るのはいかがかなものか。博物館は、展示品をすべて撤去してもその文化の雰囲気を醸し出している場所である。その土地の太陽や風を大切にし、さらにそれを現代の技術でサポートする。ぺトラの陽光に照らされた砂岩の前に立つナバティアンの遺跡ほど美しいものはない。この自然を象徴的に空間化した場所が博物館である。そのような良い例としてバルセロナにダリ美術館がある。ここは建物の外観からしてまさにダリであることを主張している。内部空間ももちろんそうである。ここは各種の巡回展示を主とする博物館とは異なる。
 実際の自然の中に遺跡があるのに、なぜまた博物館の中にという意見もある。しかし日本には「呎尺千里」や「借景」という文化がある。自然を自分の庭の中に取り込む文化である。このような日本の文化がぺトラやバーミヤンの文化と共存する場所であっても良いと思う。せっかく日本の援助で建てるのであるから、無機的な箱を日本の援助として送ることはない。日本の文化も味わえるものを送るべきである。彼の地の人々もそれを少しは期待していないであろうか。
 このぺトラの博物館も、それはナバティア人の文化や、その後のローマ植民地都市時代の文化の香りを醸し出す場所でなくてはならない。ナバティアやローマに固有の相貌や雰囲気と言うものは、全体の空間構成や独特の造形、装飾、材料などによって表現される。この博物館のデザインの困難さは、現代の技術や材料を用いながら、かって栄えた異文化を、現代において現実の空間として蘇らせることにある。この博物館のデザインの目的は、ぺトラの遺跡があるあの谷間の強烈な印象やローマ時代の理知的な相貌を、ここに来た人々に感じさせることである。私にとっては見知らぬ古代のこの地に栄えた強烈な文化の美的表現がテーマである。この異文化が放つ風景の特徴は以下の点にある。荒々しい赤味の砂岩の肌、そこに切り込まれた墓の幾何学的造形、ローマ的様式の柱や庇。敷地の周辺には、まるい磐の群れが海原のように遠くまで続き、そのさらに先にまた違う色の山並みがある。濃色と淡色が見事に調和している。(2013.9.13)

 
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バルセロナのダリ美術館 外観
9. 民間商業活動屋台の問題
 敷地に近接する場所にこの一年間に多くの屋台が出現している。屋台が出ることは町のにぎわいには有効であるが、それを適切に計画された場所に配置することが大切である。
 
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2012年の夏
 
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2013年9月 去年は何もなかった東側の歩道に、 多数の屋台が軒を連ねている。
10. 楽園としての中庭
 
 砂漠の中にはオアシスと言う楽園がある。そこにはまず水が必要である。水は樹木と木陰、果物や野菜を育てる。それらと交換するために、付近の遊牧民は羊や山羊の肉や皮をもって集まってくる。オアシスの民は定住者である。このようなオアシスは天国のイメージにつながる。だから砂漠の住空間には水の音と木陰と花が咲く安らぎのある中庭が欠かせない。
 
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中庭に花壇とカスケードを導入した計画案のスケッチ
11. 配置計画
 
 この配置計画の原理は第1案と同じである。現在の駐車場からビジターセンターそして改札口への至る歩行者動線を結ぶために蛇行する遊歩道が昨年建設された。しかし博物館には敷地東側を丘陵に登る道路からのアプローチがどうしても必要である。そのため、現在の蛇行遊歩道を撤去し、敷地と西側樹林の間に遊歩道を計画する必要がある。西側樹林は緑の少ないこの地域には貴重なもので、ぜひ保存する必要がある。またバスケットコート塀沿いに樹林があるが、これを保存し、中庭の樹木群とする。
 
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2012年9月に提案した博物館と周辺の動線図式 
これは今回の案でも 堅持すべきものである
12. ペトラらしい博物館とは
 2012年8月27日私は初めてペトラ渓谷を訪れた。ゲイトを通り、枯れた川 Wadiに沿ってしばらく歩いた。やがてシークSiqと呼ばれる深い渓谷を縫うように進んだ。曲がりくねって続く狭い道の両側に、空が見えなくなるまで、そそり立つ磐壁。道の行く手に折り重なる、両側の高い磐壁の隙間から、突然現れてきた紀元前一世紀にできたと言われるエル・ハズネEl Khaznehの姿に驚いた。
 エル・ハズネの前のやや広くなった渓谷を右にたどると、その両側にはさらに数々の洞窟、ローマ劇場、王家の墓、柱廊通り、凱旋門、ペトラ考古学博物館などがあった。この異様な谷間では、なんとも言いようのない、私にとって全く未知の魂達が、磐影から密かに私を見ているように思えた。それらは紀元前からあるいはその後、それぞれの時代からここにずっと住みついている魂達だった。
 次の日の朝、砂漠の中を歩いて新石器時代の住居群跡を訪ねた。石を積み上げた囲いの上に、簡単な梁と葦で屋根を架け、その上に粘土を載せただけ原始住居が二棟復元されていた。その周りには駱駝草や見慣れない砂漠の花が、小石と砂と岩が織成す大地の上にぽつぽつと立っていた。山羊の皮でできた白黒模様のテントがあった。そこからべドウィンの山羊の群れが岩場に出かけていた。帰り道、同じように岩窟墓が並ぶ渓谷小ペトラに行った。
 午後は洞窟博物館や巨大な神殿跡を訪ねた。またビザンチン教会の床のモザイクが残る丘に登り、そこから広々とした、柱廊通り、神殿跡、遠くの巨大岩窟墓群を見渡した。
 ここには日本の神社や寺院、あるいは教会やモスクなどとは全く違った独特の雰囲気があった。それは雰囲気と言うより強烈な魂達の交響曲と言っても良いものであった。岩のあちこちから無数の魂がこちらを凝視しているような渓谷であった。  現代建築が群がる今の巨大都市にはこの魂の類がまったく感じられない。だから世界中のどこの巨大都市も、みな似たような無機質なものになってしまった。科学と幾何学によって、機能と経済性だけを追求する現代建築群を、石油や鉄などの莫大な地球の資源を使って、ここ数十年の間に造ってしまった。そしてそれを維持し、その中に住むためにまた膨大な石油を必要としている。  ゴシックの教会は神の世界を目指して造られた。全体にも、また同時に全体を構成する各部分の一つ一つの形にもそれを感じることができる。しかし現代建築は神に替わる何を目指しているのだろうか。
 ところが、このペトラの博物館の設計では目指すものがはっきりしていた。それはあの渓谷で感じられた魂達が発するものであった。ペトラの魂は、赤い巨大な、うねるような磐々が互いに織なす渓谷全体の雰囲気の中にあった。さらに磐に刻まれた岩窟墓、その壁、軒蛇腹Cornice、軒蛇腹の上に立つ横壁Attic Storey、そこに刻まれた天に昇ることを象徴する階段Assyrian Crowsteps、破風Pediment、柱型Pilasterなどにも魂が宿っていた。しかし今回見ることができなかった渓谷の上にある多くの遺跡にも、さらに新しいペトラの魂とその形を見つけることができるはずである。我々は一つの文化の中にある個々の固有な形に、その文化の魂を特に感じるのかもしれない。
 このペトラ博物館には世界中の人が訪れる。だからそこにはペトラの魂が宿っていなければならない。世界の大都市にあるのと同じ無機的な空間では訪れる意味がない。(2012.10.13)
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