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「マイ・ブックショップ」(2019年4月11日号)

 

 主人公は海なのかも分からない。舞台はイギリス東部の小さな港町。カメラは丁寧に海の色の変化を描く。記者時代、それも30代前半のころにドーバー海峡を渡って英国の海辺の町に立ったことがある。その時の記憶がよみがえる。鈍色の空から氷雨が降ってきたが、なぜか妙に嬉しかった。映像の海は荒々しく、岩は猛々しい。風が強い。この舞台装置がなければきっと、成立しない映画だろう。

 フローレンスは、ここで書店を開こうとする。戦争で失った夫との思いを実現するためである。なぜこの地を選んだのか。説明はない。町の空気は保守、頑迷固陋、旧態依然としている。書店は一軒もない。本を読む人もいない。他者を受け入れようとしない、しかし、夢は叶えたい。そして、多くの人に本を読んで欲しいとフローレンスは願う。

 でも、彼女の望みは受け入れられない。オールドハウスと呼ばれる古い建物を買い、開店の準備を始めるが、次々に横やりが入る。なかでも町の有力者、ガマート夫人はその建物を「町の芸術センターとして使いたい」という。あらゆる手段を使って妨害を始める。

 フローレンスは、そのたびに本を手に海辺に佇み、強い風を受けながら自らの意思を確かめる。書架が揃い、本が次々と到着してようやく、オープンの日を迎える。オールドハウスは本で満たされると素敵な空間に生まれ変わった。町の人もやってきた。子供たちも手伝いに現れた。町中がこの本屋に関心を持ち始めた。一人の老人、ブランディッシュから「推薦本を送ってほしい」という手紙が来た。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』を薦めたことから交流が始まった。フローレンスは老人に『ロリータ』を送り、意見を尋ねた。老人は屋敷に招待し、「あなたは勇気に満ち溢れている」と励ましてくれた。問題作である『ロリータ』を250部も仕入れた。店の周りに人だかりができ、少女、クリスティーンも手伝いに来てくれる。

 しかし、ガマート夫人は諦めない。法律まで作らせて建物を強制収用しようとする。クリスティーンを児童労働の疑いで通報する。包囲網は次第に狭まってゆき、フローレンスは海岸で泣き崩れる。支えてくれたブランディッシュと会う。何十年ぶりかで町に出たという。彼は「君を助けたい」と言って夫人に談判に向かったが、その直後に亡くなってしまう。万策尽きたフローレンスは書店を閉じ、町を船で去ろうとする。初めて海から町を眺めるシーンである。クリスティーンが見送っている。

 ここからラストに向かって物語は急激に、衝撃的に展開する。それまでの訥々とした語り口からは想像もできない。『華氏451度』が浮かぶ。そしてエンドロール。「本」という存在を私たちに反芻させてくれる。「本を守ろう」とする人々の気迫を伝えてくれる。

 2017年イギリス、スペイン、ドイツ制作。監督・脚本はイザベル・コイシェ。主演エミリー・モーティマー。2018年のスペイン、ゴヤ賞では作品賞、監督賞などを受賞した。原作はペネロピ・フイッツジェラルド。
 

          
          (映画「マイ・ブックショップ」公式ホームページより)
                   http://mybookshop.jp/