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第66話 「宇宙図書館」(2017年1月)

 

 2017年1月13日、ちょっと遅いお年玉をもらったような気分になった。無機質な音声に辟易としながら、スマホに手の汗をなすり付けながら約30分、同じ電話番号を押し続けた。その瞬間、電話の向こうの空気が変化した。乾ききった音に変りはないが、かすかな空白を感じたときである。「お席をご用意できます」。音声ガイドの声は天上から舞い降りてきたように思えた。松任谷由実さんの全国ツアー「宇宙図書館」のチケットが手に入る。ユーミンの「宇宙図書館」がライブで聴ける。

 図書館という3文字には敏感である。どのメディアでも見逃さない。昨年11月、全国紙の全面に「宇宙図書館」というアルバムが発売されるという広告が出た。惹かれるようにその日に手に入れ、聴き続けている。宇宙とはこの地球が存在する空間なのか、私たちの脳内にある広大無辺な知なのか、それともこの世にある夥しい本なのか。

 " 光りの塵 射し込む窓 ほおづえつき 読みだせば
  目を覚ました文字たちが 踊り始める "

 この歌詞に思う。「宇宙」の意味は私だけのものであればいい。誰にでも、どこにでも宇宙はある。文字が踊れば、何かが生まれる。

 そう、ユーミンが、本が大好きなひとりの女性がいる。

 2015年に武庫川女子大学文学部を卒業した辰己由貴さんである。彼女は、図書館改修後のオープニングイベントで司会をしてくれた。PR用の写真にも登場してもらった。社会に出てからも、本を手放さない。優しい文章を寄せてくれた。「24歳の私と宇宙図書館」というタイトルが添えられていた。

       

 「いつもクリスマスソング何聴いてんの?」と聞かれ、即座に「ロッヂで待つクリスマス」と答えた。同感される事は殆どない。毎年の事である。

 松任谷由実は両親の影響で幼いころから聴いて育った。助手席から見る景色にはいつもユーミン。父親が思い出話をしてくれる。母親が歌を口ずさむ。そんな車内が好きだった。

 彼女の曲を聴くと、自分の原点に戻れる気がする。幼い頃の記憶は自分だけの世界であり、ふとした瞬間に帰りたくなる。誰にも理解されなくていい。誰とも比べなくていい。心に唯一無二の空間を持つ事はどれほど大事だろうか、とつくづく思う。

 「子どもは未来」。作家の塩田武士さんから頂いたメッセージだ。『罪の声』を昨年、2週間かけて読んだ。グリコ・森永事件をモデルにしたフィクションである。驚異の取材力。貪るように409ページを読破した。恐喝に使用されたテープレコードに子どもの声が使われたのだ。「子どもを巻き込んだ」戦後最大の未解決事件である。大人になり声の正体が自分と気がついた時、そしてその後の人生を想うと重くて言葉にならなかった。その少年に「帰りたくなる場所」はあるのだろうか。

 限りない可能性を持つ子どもの未来をぶち壊していい大人など1人もいない。深刻に考え込むつもりはない。堅い事を言える立場でもない。しかしそんな経験をしている人が同じ世の中にいる事を忘れたくない。

 本はいつも知らない世界へと連れて行ってくれる。社会人になっていくつもの追体験をした。そして改めて「言葉の力」を実感する。

 学生時代に本を読んでこなかった事を悔やむ時間はない。気づいた時がスタートの日。そう思っていつも本を片手に通勤している。

 " 夢の中であなたは なつかしい服着て
  忘れていた未来を教えてくれる "

 「宇宙図書館」の優しいメロディ。歩くようなテンポの語り。そしてとにかく歌詞が深い。温かい。夢中で聴くようになった。

 歌詞に導かれページをめくるように過去の記憶を辿る。するとセピア色の写真も輝く。そして今を作ってくれた人・環境に感謝が止まらなくなる。

 過去を振り返ることも時には必要ではないだろうか。思い出す事は悪い事ばかりではない。背中を押してくれるかもしれない。 

 " 棚の隅に戻しておこう 遠い日々の宝物
  愛の心失くしたとき 取り出せるように

  いつの日にか また逢えたら 微笑むように "

 帰りたい時に帰ろう。「心のアルバム」はいつでも開く事ができる。

 数年後に「宇宙図書館」を聴いた時、24歳でこのコラムに挑戦した記憶が蘇るだろう。両親の思いを引き継ぎ「ユーミンファン」であり続けるだろう。

 [文中の歌詞は、作詞・作曲:松任谷由実「宇宙図書館」(2016年・UNIVERSAL MUSIC LLC)より引用]

 彼女にも、たしかに「宇宙」がある。私の想像を超える「宇宙」がある。そして本がある。

            
 (“松任谷由実「宇宙図書館」特設サイト”より)
  http://sp.universal-music.co.jp/yuming/universallibrary/