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第70話 「本を守ろうとする猫の話」(2017年7月)

 

 「新聞コラムで世界を知る」という1回生を対象にしたゼミを持っている。新聞を読まない、本に手を出さない。そう言われて随分の歳月が経っている。本を読もう、新聞を読もうといって読んでくれるものなら、嘆くまでもない。優しく接近させないと反発をする。考えたのが新聞のコラムである。コラムには、記事の魅力、読書の楽しさが凝縮している。『読売新聞』の「編集手帳」、『朝日新聞』の「天声人語」、『毎日新聞』の「余録」など、どのコラムにも本は登場する。ゼミではいつも本の話になる。

 図書館の1階にこの春から書評専門紙の『週刊読書人』がスタートさせた「書評キャンパス 大学生がススメる本」の企画展示コーナーがある。音楽学部2回生、今井桃代さんも『蜜蜂と遠雷』で投稿している。その一角にあった夏川草介の『本を守ろうとする猫の話』が英語文化学科の中安瞳さんの目に止まった。「本」と大好きな「猫」。すぐに借りてみた。一気に読めた。

 作者は医師で『神様のカルテ』というベストセラーで知られる。ファンタジー小説である。主人公は高校生の夏木林太郎。突然亡くなった祖父が遺したのは小さな古書店だ。世界の名作、傑作、希少な本。とにかく時代の本はない。祖父が思いのままに並べていた書店だから儲かるはずもない。それでも林太郎には本に囲まれて過ごす時間が大切で、学校も欠席する日が多い。閉店セールのその日、彼の前にトラネコが現れる。そして言う。

 「お前の力を借りたい」

 そう頼まれる。一つ解決すればまた現れて依頼を受ける。とうとう4つの迷宮をさまよい、4つ目はガールフレンドまで巻き込んでしまう。祖父から受け継いで本に深い愛情を抱く林太郎は、迷宮の主たちを次々と論破してゆく。たとえば第1の迷宮。ここの人物は、とにかく本をたくさん読んだ者が偉いと考え、一度でも読んだ本は書架に並べ、鍵までかけて美術品のように並べている。

 第2の迷宮では、たくさんの本を読むためにひたすら速く読むことを研究しているという男と向き合う。

 トラネコとともに戦っているうちに林太郎は気付く。「本の力」を確かめる。そして、小さな古書店を続けようと思う。

 読みながら、何度も止まったのは、その「本の力」を言葉にしているところである。

 祖父の言葉。
 「ただがむしゃらに本を読めば、その分だけ見える世界が広がるわけではない。どれほど多くの知識を詰め込んでも、お前が自分の頭で考え、自分の足で歩かなければ、すべては空虚な借り物でしかないのだよ」

 猫の言葉。
 「本はそこにあるだけではただの紙の束に過ぎない。偉大な力を秘めた傑作も、壮大な物語を語る大作も、開かれなければ所詮はただの紙切れだ。けれども人の思いが込められ。大切にされ続けた本には心が宿るようになる」

 林太郎の言葉。
 「“人を思う心”、それを教えてくれる力が、本の力だと思うんです。その力が、たくさんの人を勇気づけて支えてくれるんです」

 そして、中安さんの言葉。
 「知識を得るため、何かを得るためにという考えが先行してしまっては本を読む意味が失われます。大切な過程を飛ばして読んでしまいます。この本に出合えてよかったです。読みたいと思った本をその場で手に取り、読むことこそが本来の読書の姿なのです。」

 1冊の本が中安さんを大きく変化させた。多くの言葉に触れ本好きになったのである。
 彼女は決意をツイッターに託した。「今までほとんど本を手にしなかったのに、新聞コラムのゼミがきっかけで本が読みたくなった大学生の読書日記。自分磨きのために」

 すでに日記が始まっている。1冊の本を読めば、その思いを140字にしてみる。いいアイデアである。もちろん私もフォローしている。

 『本を守ろうとする猫の話』は小学館から。帯には「お金の話はやめて、今日読んだ本の話をしよう。」とある。配架場所は中央図書館1階入口の「書評キャンパス」展示コーナー。