福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2018年6月16日(月) No.200
Allsop, J., Lawrence, G., Gray, R., and Khan, M.A. (2017) The intraction between practice and performance pressure on the planning and control of fast target directed movement. Psychological Research, 81, 1004-1019. doi: 10.1007/s00426-016-0791-0
<コメント>タブレット上で400msの時間でスタート時点から目標点まで正確にカーソルを移動させるポインティング課題を用いて、プレッシャーがその課題における運動プランニング(フィードフォワード制御)とオンライン制御(フィードバック制御)に及ぼす影響が調べられています。24名の実験参加者を12名の統制群とプレッシャー群に分け、まず非プレッシャー下で30試行1ブロックの課題を行わせます。その後に学習初期プレッシャーテストとして次のブロックではプレッシャー群は、賞金50ポンド、他者との共同作業、ビデオ撮影のプレッシャー条件で30試行の課題を行います。さらに30試行×11ブロックの練習を重ねた後に、再度練習後期プレッシャーテストとして、同じプレッシャー条件で30試行の課題を行うという手続きで実験が行われています。学習初期のプレッシャーテストでは統制群と同様のパフォーマンスの向上がプレッシャー群でも見られましたが、学習後期のプレッシャーテストでは統制群がパフォーマンスを維持したなかで、プレッシャー群はパフォーマンスを向上させました。フィードフォワード制御とフィードバック制御は各試行において、カーソル運動の時系列解析を行い、最大加速度時点、最大速度時点、最大負の加速度時点、運動終了時点のカーソル位置を抽出し、各ブロックにおけるこれら4地点の30試行の変動性を算出しています。運動初期の最大加速度時点や最大速度時点はフィードフォワード制御を主に反映し、運動後期の最大負の加速度時点や運動終了時点はフィードバック制御を主に反映します。学習初期のプレッシャーテストでは、プレッシャー群は統制群と同様の変動性の安定が示されていますが、学習後期にかけては統制群が最大負の加速度時点から運動終了時点にかけて変動性が小さくなっている反面、プレッシャー群は変動性に変化がありませんでした。つまり、学習後期ではプレッシャーの影響でフィードバック制御が損なわれたことが示されています。著者らは、フィードフォワード制御には注意制御仮説が関連し、フィードバック制御には意識的処理仮説が関連するという前提から、学習初期のプレッシャー下でのパフォーマンス向上は注意制御に基づいたフィードフォワード制御の向上に支えられ、学習後期には意識的処理によってフィードバック制御が負の影響を受けることを提案しています。フィードフォワード制御とフィードバック制御は補完的な関係にあるため、学習後期のフィードバック制御の低下はフィードフォワード制御に重きをおいた運動制御による可能性も推察しています。注意制御とパフォーマンスの関係に対する自我消耗や自己制御の影響を調べている研究も話題に出し、この実験では自我消耗や自己制御が影響を受けなかったためにフィードフォワード制御も影響を受けなかったことも考察しています。またスポーツにおけるチョーキングの対処への提案として、ルーティンやクアイエットアイトレーニングがフィードフォワード制御の最適利用に役立ち、今後の研究への提案としてプレッシャー下でのクアイエットアイの利用がフィードフォワード制御やフィードバック制御にどのように影響するかを検討することを挙げています。今後の研究への提案として、パワー分析を行い適切なサンプル数を確保することや、特性不安や情動知能などの性格特性との関連を調べる必要性も最後に述べられています。

2018年6月3日(月) No.199
Liu, S., Eklund, R.C., and Tenenbaum, G. (2015) Time pressure and attention allocation effect on upper limb motion steadiness. Journal of Motor Behavior, 47, 271-281. doi: 10.1080/00222895.2014.977764
<コメント>手腕を使用しての基礎的な運動課題を用いて、「〜してはいけない」の否定的な思考によって「〜してはいけない」と考えている内容の運動エラーが起こることを実証した論文になります。直径1.5mmの金属のペン先を幅10mmの隙間から幅2mmまで徐々に細くなる隙間の中を淵に当てずに進めていく、昔テレビ番組であったイライラ棒のような課題を使用しています。事前テストを行い、その後に「着実に進む」と「揺れるな」のセルフトークをしながらその課題を行う事後テストの成績を比較すると、「着実に進む」の教示では成績が変わらなかった反面、「揺れるな」の教示では有意に成績が低下しています。タイトルにある通り、時間切迫の影響も見ています。この課題を9秒以内に終点までたどり着くようにと教示を与えることで時間圧をかけていますが、時間切迫による成績のさらなる低下は見られませんでした。白熊実験に端を発する皮肉過程理論が基礎的な運動スキルにも転用できることを示す1つのエビデンスになります。

2018年5月21日(月) No.198
Riener, C.R., Stefanucci, J.K., Proffitt, D.R., & Clore, G. (2011) An effect of mood on the perception of geographical slant. Cognition and Emotion, 25, 174-182. doi: 10.1080/02699931003738026
<コメント>ポジティブおよびネガティブな感情によって傾斜知覚(傾斜の下から傾斜の強さを判断)が影響を受けるのかについて調べた研究になります。2つの実験から構成されている論文で、実験1ではポジティブな感情(喜び)を誘発する音楽とネガティブな感情(悲しみ)を誘発する音楽をそれぞれ5分間聴く群が設けられ、その後に傾斜知覚を調べています。傾斜知覚の測定方法は口頭、視覚判断、身体表現判断の3条件が設けられており、口頭と視覚判断条件ではネガティブ感情はポジティブ感情群よりも傾斜を大きく知覚したことが示されています。実験2では、感情操作を音楽ではなく過去の自己のポジティブもしくはネガティブな出来事の回想5分間に変えて、実験1と同様に口頭と視覚判断条件におけるネガティブ感情による傾斜知覚の増大が示されています。なぜネガティブな感情を持つと傾斜を大きく知覚するのかに関しては、視線配置の違い(ネガティブだと傾斜の上の方を見る)、ネガティブな方が傾斜を上る際に多くの心的努力を要するという将来の行為予測に対する知覚補償などの観点から考察がなされています。

2018年5月7日(月) No.197
田中ゆふ(2018)スポーツにおける予測と注意.体育の科学,68(4),289-294.
<コメント>体育の科学(杏林書院)の連載企画「アテンションフォーカスと身体運動」の第3弾になります。オープンスキル系のスポーツ競技における予測スキルに関して「視覚システム」「注意(意識・無意識)」の観点から解説が行われています。野球のバッティングやテニスのサービスリターンにおける予測スキルの重要性の話題を皮切りに、実験的に予測スキルを評価する方法として時間的遮蔽法(時間的に「いつ」の情報が重要かを探る研究)と空間的遮蔽法(空間的に「どこ」の情報が重要かを探る研究)について、テニスやサッカーを対象とした実験から説明が行われています。これらの研究結果によるエビデンスを基に、スポーツの熟練者が有する視覚情報処理や予測スキルを「エキスパートシステム」として考察がされています。さらには、予測スキルを高めるためのトレーニングとして相手選手の映像を繰り返し観察・反応し、予測の早さや正確性を高める知覚トレーニングの紹介があり、予測手掛かりを教示する顕在的(意識的)トレーニングと教示しない潜在的(無意識的)トレーニングの予測スキルに対する学習効果について、野球打者の予測スキルを調べる実験結果からの解説がなされています。最後には、スポーツの実践指導レベルでの予測スキル強化についてや、技術指導における意識と無意識の利用に関する提案が行われています。

2018年4月23日(月) No.196
Payne, B.K. (2001) Prejudice and perception: The role of automatic and controlled processes in misperceiving a weapon. Journal of Personality and Social Psychology, 81, 181-192. doi: 10.1037//0022-3514.81.2.181
<コメント>最近アメリカにて警官が銃を持っていない黒人を銃射殺した事件が話題になりました。1999年にも同様の事件が起こっており、携帯電話やスマートフォンを銃に見間違えることがこのような事件の原因にあるようです。レースバイアスや黒人に対するステレオタイプ認知が知覚や運動選択を誤らせていることを意味します。この問題に対し、多くのエビデンスがある中、この論文ではディスプレイ上に銃や工具(ペンチや電気ドリルなど)を呈示し、早く正確に銃か工具かの2選択反応課題を実施させる実験を行っています。銃や工具を呈示する直前の200msの時間、黒人か白人の顔をプライム刺激として呈示します。このプライム刺激が選択反応課題のRTや正答率にどのように影響するかが調べられています。実験1ではどちらのプライム刺激にも関わらず工具よりも銃のほうがRTが早く、脅威刺激に対するネガティビティバイアスが機能していることを反映しています。また黒人プライムがあるときは白人プライムよりも銃に関するRTが早く、反対に工具に対するRTは遅くなることも示されています。正答率に差はありませんでした。そこで実験2では、同様の選択反応課題を500ms内に行う時間圧をかけたなかで検討が行われています。そうすると正答率にも影響が表れ、黒人プライムは白人プライムよりも工具を銃と誤判断する割合が高くなることが示されています。

2018年4月16日(月) No.195
賀川昌明・深江 守(2013)投・送球障がい兆候を示す中学野球部員の心理的特性.鳴門教育大学研究紀要,28,440-453.
<コメント>中学生野球選手410名を対象に、投・送球障がい(イップス)に関する心理的な特性を調べるアンケート調査を実施しています。そして、因子分析を基に投・送球障がい兆候尺度の作成が試みられています。5因子が抽出され「暴投イメージによる緊張感」「自分に対する評価への意識」「上下関係への意識」「劣等感」「重要な場面での意識」の5因子×3質問項目の15項目で尺度は構成されています。尺度の妥当性を検討するために119名の中学野選手を対象に追加調査が行われていますが、合わせて529名のうち、「これまで野球をしてきた中で、ある日突然自分の思い通りに投げられなくなり、(投げるたびにではないが)相手が完全に捕球できないような暴投(上下左右といった方向)が続いたことがありますか」という質問に対し、42%があると経験し、10%が調査時点でもその症状が続いているという結果も示されています。いかに多くの中学野球選手が投・送球障がいで悩んでいるかが分かる数字とも言えます。

2018年4月9日(月) No.194
Jarbo, K., Flemming, R., & Verstynen, T.D. (2018) Sensory uncertainty impacts avoidance during spatial decisions. Experimental Brain Research, 236, 529-537. doi: 10.1007/s00221-017-5145-7
<コメント>ディスプレイに対するポインティング課題を用いて、ディスク上に報酬(加点)が得られる位置とペナルティー(減点)となる位置を呈示し、最適運動行動、リスク志向行動、リスク回避行動を調べる一連の研究では、行為者自身の運動結果の変動(ノイズ)や、報酬やペナルティーの位置や度合いを対象とした研究が主流といえます。しかしこの研究では、報酬の分散を操作し、報酬が得られる結果の分散が小さいときと大きいときに運動行動がどのようになるのかを調べています。また運動結果はノイズの影響でばらつきが多くなるため、実際にポインティング運動をさせるのではなく、どこに運動したいかをマウスでカーソルを移動させて決定する運動時の意思決定に重きをおいた実験となっています。20名の実験参加者を対象に、ペナルティーの有無2条件×分散の大小2条件の4条件をそれぞれ82試行(キャッチトライアルは除く)行わせる実験によって、報酬の分散が大きいと意思決定の分散も大きくなる、意思決定するまでのリアクションタイムが遅くなる、意思決定した位置もリスク回避になるというクリアな結果が得られています。

2018年4月2日(月) No.193
佐々木丈予(2018)注意と運動制御.体育の科学,68(3),219-223.
<コメント>体育の科学(杏林書院)の連載企画「アテンションフォーカスと身体運動」の第2弾になります。身体運動を行うときに注意を向けるポイントとして、パフォーマンスに対する内的焦点(インターナルフォーカス)の弊害や、外的焦点(エクスターナルフォーカス)の利点について多くの研究からエビデンスが得られていますが、このテーマの研究のスタート論文ともいえるWulf et al. (1998) のバランス運動を用いた研究の紹介が初めになされています。その他にもゴルフのアプローチショットやバスケットボールのフリースロー、垂直跳びなど様々なスポーツ課題や基礎運動課題のパフォーマンスに対する外的焦点のメリットが解説されています。パフォーマンスに対する外的焦点のメリットや内的焦点のデメリットがなぜ生じるのかというメカニズムについて、運動制約仮説により説明が続けて行われています。最後には、初心者には内定焦点の方がパフォーマンスに対して有効なことを示している研究や、熟練者も内的焦点を利用している研究を解説することで、内的焦点が常にパフォーマンスに対して弊害となるような理解に対する問題提起を行い、内的焦点と外的焦点をうまく使い分けながら運動学習を行うことが提案されています。

2018年3月23日(金) No.192
Cole, S., Balcetis, E., & Dunning, D. (2013) Affective signals of threat increase perceived proximity. Psychological Science, 24, 34-40. doi: 10.1177/0956797612446953
<コメント>恐怖感や嫌悪感とそれを出させる対象までの距離知覚を調べている研究になります。2つの実験から構成されており実験1では部屋の中にいる生きている毒グモ(タランチュラ)を観察し、観察者からタランチュラまでの距離知覚と質問項目により7件法で回答する恐怖感と嫌悪感の関係が調べられています。嫌悪と距離知覚に相関は見られませんでしたが、恐怖と距離知覚には有意な相関が認められており、恐怖心が強い人ほど毒グモを近くに知覚していました。実験2では、部屋内にいる男性を女性が観察するときの男性までの距離知覚が調べられています。女性は部屋に入る前にその男性に関する紹介映像を視聴します。ハンティングや銃好きな趣味を有し、怒り易い性格であることを紹介している映像を事前に見た群は、ファストフード店で不敬なことをする嫌悪感を抱かせる映像やクラスメイトと勉強の会話をしている中性映像をみた群に比べて男性までの距離知覚を近くに知覚することが示されています。女性の心拍数を計測し、距離知覚に対する心拍数の影響を統計的に除外しても知覚は変わらないことも示されています。これら2つの実験結果から、嫌悪感や覚醒水準ではなく、恐怖感やそれに伴う注意の変化が距離知覚を変化させる恐怖刺激仮説(threat-signal hypothesis)が支持されることを提案しています。

2018年3月16日(金) No.191
高山智史・高橋 史(2017)認知行動理論によるスポーツメンタルトレーニング技法の展開.スポーツ心理学研究,44,93-103.
<コメント>認知行動理論(療法)をベースにスポーツメンタルトレーニング(SMT)を実施していくにあたっての概説がなされている展望論文(review)になります。臨床心理学や教育学の分野で構築され応用されてきた認知行動療法に関する諸理論を歴史の順を追う形でまとめられレビューが展開されています。先ず認知行動理論の第1世代として、パブロフのレスポンデント条件づけ、スキナーのオペラント条件付け、系統的脱感作を中心とした行動理論を解説し、その第1世代の問題点として認知の軽視を提言し、第2世代として思考停止、認知の再構成、ABC理論、セルフトークなどを話題に認知理論の普及が開設されています。そして第1世代と第2世代の問題点として認知や行動の変容を求めることで望まないことに思考を向けなければならない弊害をWegnerの皮肉過程理論を話題に指摘し、第3世代の認知行動理論としてマインドフルネス、メタ認知、アクセプタンス・コミットメントセラピー等をまとめたマインドフルネス・アクセプタンス・コミットメント(MAC)アプローチの紹介がなされています。そして総合考察として、これらの認知行動理論をスポーツ選手のパフォーマンス発揮に応用した諸研究をまとめ、スポーツ心理学分野の認知行動理論に関する今後の研究やSMTでの実践応用にあたっての多くの提案が行われています。

2018年3月5日(月) No.190
関矢寛史(2018)注意・集中力と身体運動.体育の科学,68(2),141-145.
<コメント>『体育の科学』(杏林書院)にて「アテンションフォーカスと身体運動」という6か月間(計6回)の連載が始まりました。私の出身研究室である広島大学総合科学研究科の関矢寛史先生がこの連載の企画代表者で、関矢先生の執筆を皮切りに、関矢先生の研究室出身のOB・OGが続けて執筆を行っていきます。2月号では連載初回として、上記の表題をテーマに、スポーツ心理学や運動学習における注意の基本的な考え方、さらには進化心理学の視点からの注意機能の意味、マインドワンダリングの利用提案などが、本連載の趣旨や流れとともに解説されています。

2018年2月19日(月) No.189
小笠希将・森 司朗・中本浩揮(2017)投球課題時の行為能力の変化が標的までの距離および大きさの知覚に与える影響.鹿屋体育大学学術研究紀要,55,97-104.
<コメント>行為特定性知覚(action-specific perception)に関する研究では、行為能力が高いほど外的環境を課題難度が低い方向に知覚し、行為能力が低いほど課題難度が高い方向に知覚することが多くの先行研究で示されていますが、この研究ではこれらの研究が個人間比較であることに問題提起をしています。スポーツ選手は調子の良し悪し、怪我、心理状態の違いなど個人内で行為能力が変動するものであり、個人内の行為能力の違いが知覚に影響するかを調べるために、床のターゲットに対して下手投げでボールを正確に投じる課題を利き手(行為能力高条件)と非利き手(行為能力低条件)で実施させ、ターゲットのサイズ知覚とターゲットまでの距離知覚を調べています。結果として、予想に反して利き手の方が非利き手に比べてターゲットのサイズを小さく知覚することが示されています。距離知覚に関しては利き手の方が非利き手よりもターゲットを近くに知覚する傾向が得られています。各実験参加者毎にサイズ知覚や距離知覚とパフォーマンス(投球の正確性)の関係も相関係数を算出し調べていますが、有意な相関がない実験参加者が多く、知覚とパフォーマンスの関連が見られないことも報告されています。

2018年2月13日(火) No.188
Correll, J., Park, B., Judd, C.M., and Wittenbrink, B. (2002) The police officer's dilemma: Using ethnicity to disambiguate potentially threatening individuals. Journal of Personality and Social Psychology, 83, 1314-1329. doi: 10.1037//0022-3514.83.6.1314
<コメント>銃やその他の物を持つ白人と黒人の映像に対して、銃ならばできる限り早くボタン押しをし(Go課題)、銃以外の物ならばボタン押しをしないNogo課題の射撃シミュレーション課題に関する研究になります。アメリカの警官が銃を持っていない黒人を銃殺してしまった事件の実話から序論が始まっており、この研究ではこのようなミス銃撃が起きるのかという仮説検証と、黒人はバイオレンスというステレオタイプがミス銃撃に関するかについて検討されています。論文は4つの実験から構成されており、先ず実験1ではGo課題において呈示された写真が黒人のほうが白人より反応時間が早くなることが示されています。実験3でも同様の結果が得られており、実験3ではさらに質問紙を用いて黒人のバイオレンスという認知のステレオタイプを測定し、Go課題の黒人写真に対する尚早反応との相関が調べられています。結果として、黒人文化のバイオレンスさに対するステレオタイプと、日常での黒人への接触頻度と尚早反応間に正の相関があることが示されています。実験2では、反応に対して時間切迫を加えると実験1・3のような黒人写真に対する尚早反応は起きないのですが、Nogo課題において黒人写真の場合にボタン押し(銃撃)してしまうミス射撃が増えることが示されています。実験4では、実験参加者を黒人群と白人群の2群を設け、打つ方の人種と写真呈示の人種の交互作用が検討されていますが、どちらの群でも実験1・3と同様の黒人写真に対する尚早反応が生じることも示されています。考察では、黒人がバイオレンスと想起されるステレオタイプにはメディアなどの社会的影響が関与していることや、色文字に対して早く正確に回答するストループ課題を例に、この研究におけるGo課題は普段から慣れている早い処理、Nogo課題は不慣れな遅い処理であり、この両処理にステレオタイプが関与することが解説されています。さらに、写真刺激について黒人と銃をセットに考えるスキーマを脳内に有しているが故に尚早反応が起きることも考察されています。

2018年2月5日(月) No.187
Barlow, M., Woodman, T., Gorgulu, R., & Voyzey, R. (2016) Ironic effects of performance are worse for neurotics. Psychology of Sport and Exercise, 24, 27-37. doi: 10.1016/j.psychsport.2015.12.005
<コメント>運動課題において「〜していはいけない」と教示を受けたり、考えたり、イメージしたりすると、意に反してそのエラーが生じてしまう皮肉効果(ironic effect)が、プレッシャー下で神経質傾向が強い人ほど生じやすいことを報告する論文になります。実験1ではサッカーのPK課題、実験2ではダーツ投げ課題を用いて、「外してはいけない」などの教示を受けた中で各課題を行います。加えて、成績によって報酬が出ない非プレッシャー条件と、100ポンドや80ポンドの賞金が獲得できるプレッシャー条件で各課題を実施させています。神経質傾向を測定する質問紙のスコアと各条件におけるパフォーマンスとの回帰分析を基に、両実験において非プレッシャー条件では神経質傾向と意に反するエラー(ironic error)の関係がないのですが、プレッシャー条件になると神経質傾向が強いほどironic errorが多く出現することが示されています。

2018年1月29日(月) No.186
Holmes, P., & Calmels, C. (2008) A neuroscientific review of imagery and observation use in sport. Journal of Motor Behavior, 40, 433-445. doi: 10.3200/JMBR.40.5.433-445
<コメント>スポーツ心理学においてイメージと観察は大事な研究テーマであり、古くから多くの研究が行われてきています。タイトルを見るとスポーツに特化したレビュー論文にも感じますが、中身を見るとイメージと観察に関する基礎的な話題や、神経生理学的知見も含めた基礎研究から得られてる知見が多く解説されており、そのうえでスポーツでイメージや観察を取り扱う際の提案が行われています。イメージと観察の定義から始まり、初めにイメージに関して、一人称イメージと三人称イメージの視点の違い、視覚、筋運動感覚、聴覚といったイメージする際のモダリティーの違いについて解説がなされています。また神経生理学の研究をベースに、イメージ時の運動領域の活性に関しては活性増加や活性低下の相異なる結果が得られていることや、小脳の貢献などが説明されています。そして、イメージの鮮明性や、視覚イメージや筋運動感覚イメージの度合いを測定するための質問紙についての紹介が行われています。観察に関してはミラーニューロンシステムの解説に始まり、皮質脊髄路の興奮性増大を示している研究紹介、モデルが一人称か三人称か、モデルの行為に自己の行為意図があるかないかによる脳活動の違いが説明されています。これらの知見を基に、最後にスポーツ選手に対して、スキルレベルの近いモデリングを行うことや、対人競技やチームスポーツでは他者観察を行うことで予測スキルの向上につながること、受傷後の競技復帰に向けたリハビリテーション時に利用することの有効性が提案されています。

2018年1月22日(月) No.185
Betsch, C. (2004) Praferenz fur Intuition und Deliberation (PID): Inventar zur Erfassung von affekt- und kognitionsbasiertem Entscheiden. Zeitschrift fur Differentielle und Diagnostische Psychologie, 25, 179-197. doi: 10.1024/0170-1789.25.4.179
<コメント>今年度の当ゼミの卒業論文作成も佳境に入っておりますが、個々が有する直感志向と熟慮志向の性格特性に興味を持ち、それらの志向と主要5因子性格や、これまでのスポーツ経験の関係を調査により調べる研究を阪出さんという学生が行いました。直感志向と熟慮志向を測定するために、この論文で開発されているPreference for Deliberation and Intuition (PID) という質問紙を翻訳し、利用しました。熟慮志向 (preference for deliberation)を測定するための質問項目が9項目、直感志向 (preference for intuition) を測定するための質問項目が9項目、計18項目の質問に5件法で回答することでそれぞれの志向度を定量化できる質問紙になります。論文はドイツ語で書かれていますが、資料として英語の質問紙が添付されており、それを日本語訳し、卒業論文にて活用しました。

2018年1月16日(火) No.184
Roberts, R., & Turnbull, O.L. (2010) Putts that get missed on the right: Investigating lateralized attentional biases and the nature of putting error in golf. Journal of Sports Sciences, 28, 369-374. doi: 10.1080/02640410903536467
<コメント>1本の直線の真ん中と思う箇所にフリーハンドで線を引く線分二等分課題という視覚・認知課題があります。きれいに中央に線を引き直線を二分することは難しく、線を引いた位置は中央から左もしくは右に偏ります。右脳損傷患者は視界の左側の視空間を無視するため線が右に寄りやすいため、健常者でも右に線を引く場合は右脳の活動低下が関与するといわれています。反対に、左に線を引く場合は左脳の活動低下が関与しています。この研究では、ゴルフの初心者を対象にこのような線分二等分課題を右手と左手のぞれぞれ50試行(計100試行)実施させ、実験室内での2.26mのゴルフパッティング課題90試行のパフォーマンスと線分二等分課題の結果の関係を調べています。線分二等分課題は、上記のようなフリーハンドで書く課題だけではなく、Bisection tool taskという手でレバーを操作し、左右両端のある線分の中央に目盛りを移動させる課題も48試行行わせています。大きな手の運動を伴う線分二等分課題と言い換えられます。主な結果としては、フリーハンドでの線分二等分課題とパッティングパフォーマンスに関係は見られなかったのですが、左手でBisection tool taskを行わせた際に、右寄りに目盛りを止めた実験参加者(右脳の活動低下が関与している)はボールの停止位置も右によってしまい、カップインの数も減少する傾向が示されています。この結果を基に、スポーツのような視空間スキルでは、脳の右半球の役割が重要であることが考察で提案されています。