お知らせ

「ニムロッド」(2019年2月6日号)

 

 『ニムロッド』を読み終えた。第160回の芥川賞を受賞した上田岳弘さんの作品である。果たして読み切れるかという思いは杞憂だった。慣れていない言葉と場面に満ちてはいたが、登場人物がめっぽう面白く、生々しい。ビットコインの実相を覗けたから微かな「採掘」感も味わった。IT企業の役員でなければ書けない小説である。

 「サーバーの音がする。CPUを冷やすファンの音が幾重にも合わさって、虫の音のように高く低く
  響く。サーバーたちが突き刺さった、僕の背丈よりもはるかに高いラックの間をノートPC片手に
  進んでいく。」

 書き出しである。何度もページをめくる手を止めていると不思議な感覚に惹きこまれる。知らない世界なのにリアリティが浮かんでくる。主人公とその恋人、もう一人、「ニムロッド」こと「荷室」さんという会社の先輩。3人が強い個性で物語を展開するが、一息入れないと前に進めない。それでも止められない不思議な作品なのである。時代を知りたいと思うから、また読み始めるのか、この物語が持つ異次元に心地良さを感じてしまって手離せないのか。深読みしても始まらない。とにかく前に進む。とうとう二度目を読み始めている自分がいる。

 「独特の世界観ですよ」。そう声を掛けてきたのは図書課長の川崎安子さんである。上田さんの姉さんが親友だ。武庫川女子大学で学んでいたころ、授業も隣同士で受けていたという。これまでも賞の候補に挙がるたびに、一喜一憂を繰り返している。『ニムロッド』も候補の時から力が入っていた。受賞の知らせに思わず友への祝意に涙が滲んだそうだ。

 川崎さんにはもう一人の親友がいる。フリーのアナウンサー、塩田えみさんである。今、武庫川女子大学が提供している「FM OH!」の「MUKOJOラジオ」でDJをしてくれている。同じキャンパスで過ごした大の仲良し。飲み友だちでもある。グリコ・森永事件を追った『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞した塩田武士さんの姉だ。吉川英治文学新人賞の候補にもなる気鋭の作家である。

 二人の親友の弟が揃って作家で、しかも相次いで受賞する。これも不思議なことである。