お知らせ

「レディーファースト」(2020年2月18日号)

 

 ワルシャワ大学に留学している英語文化学科3年中安瞳さんからのレポートが届いた。
今回はポーランドの人々の優しさに触れている。とくに「レディーファースト」には驚いたようだ。

 初めて訪問した海外の国も留学に選んだ国も、ポーランド。紛れもなく、この国が好きだからである。2018年3月に大学のアウシュビッツ研修ツアーで訪ねてから、特別な存在になった。ワルシャワを歩きながら、ずっと昔から住んでいるような感覚になる。半年が過ぎた今もその気持ちは変わらない。

 日々利用する公共交通機関。なんと居心地が良いのだろうか。例えば、バス。運転が少々荒い上に、周辺国から来た人々によるスリの被害も起きるが、それを勘定に入れても日本よりはるかに快適である。混みあっているとき急ブレーキで人にぶつかることも多い。でも、睨まれたことはない。Przepraszam(すみません)と言えば微笑みをもらって済む話である。席が空いていれば座るが、年配の方が乗車してきた瞬間に誰かが気づいて必ず譲る。もし譲らなければ周りの人に注意されるかもしれないといった雰囲気である。長距離列車では、ポーランド人の温かさを実感する。セカンドクラスの安い席は、ハリーポッターのホグワーツ急行のような8人のボックス席になっている。入ったらまずDzień dobry(こんにちは)と言う。寝ている人を除けば誰かが反応してくれる。もちろん出るときはDo widzenia(さようなら)と言って去る。スーツケースなど大きな荷物を持っているときは、男性が上の棚に上げてくれる。女性が手伝ってくれたこともあった。そしてポーランドの美しい田舎を眺めながら、気持ちよく旅が始まるのだ。

 そんなポーランドで、ポーランド人になった日本人と言われている方がいる。ワルシャワ大学日本学科で1973年から教鞭をとられている、岡崎恒夫先生だ。先日エジプト料理をご馳走になった。夕食後はカフェに連れて行って頂いたのだが、席までコーヒーを持ってくる時も、片づける時も、先生が動いてくださる。日本の感覚でいる私は少し焦る。しかし「持ちます」と言っても、さっと運んでしまうのだ。
 ポーランドではレディーファーストが当たり前であり、先生にとっても当然の感覚になっているようだ。話している間も日本で目上の方といる時ほど気を遣わない、と言っては失礼かもしれないが、親しみやすかった。先生のお話の中で最も心惹かれたのが、夏の休暇の過ごし方である。ワルシャワから90㎞程離れた場所に別荘があり、そこで本を読み、ベリーを摘みながら過ごすそうだ。これは先生に限った話ではなく、ポーランド人にとって別荘を持つことはそれほど珍しくはない。

 実際、私の友人も別荘を持っている。休暇となれば観光地や海水浴へ行くことを想像しがちだが、ポーランド人にとってのそれは真逆だ。日々の仕事や忙しさは街に置いて、静かな森の中で家族や友と、ゆっくりと過ごす。ポーランド人の心の豊かさはこういう時間から生まれるのだろうと感じる。岡崎先生との語らいで、この国の魅力を再確認した。私も留学中にポーランドの人々と過ごす中で、その暮らしの豊かさを際限なく吸収したい。
 そして、ワルシャワ大学で驚愕したのが、日本について学ぶ学生たちのレベルの高さだ。
「満州鉄道」「関東軍」「北一輝」「親鸞」といったテーマを日本語で学び、論文にする。

 先生は昨年秋、『ワルシャワ便り』を出版された。NHKの「ラジオ深夜便」で2008年から2019年までの10年間に放送されたレポートをまとめたものである。先生が初めてポーランドを訪れたのは1969年。軍事政権下、戒厳令が敷かれ、銃を持つ兵士たちが目立つ国だったと仰っていた。

 「レディーファースト」の項ではこのようなエピソードが。
 「毎年、学生たちに自己紹介、家族紹介をさせますが、親の話になると誰一人例外なく、先ず母親のことから話し始めます。それが家庭の主婦であるか、何か仕事をしているかに限らないのです。(中略)私は大学に就任して以来、学生で父親から話題にした人を一人も知りません。これはクリスマスのプレゼントに何を贈るかという質問のときも同様です。必ず母親には・・・と始まります。」
 先生によれば騎士道精神に由来するという。女の子を優先させる躾は幼稚園から徹底されている。大きな買い物を抱えて奥さんの後をついて行く男性を見るのもごく自然な光景であるという。

                
           『ワルシャワ便り』未知谷(2019)(現在受入手続き中)