記者になって10年ほどたっていた。映画「大統領の陰謀」を見た。ニクソン大統領を追い詰めてゆくワシントン・ポストの若き記者二人。戦慄にも似た心の高ぶりを覚えた。そのころ、私のヘアスタイルもダステイン・ホフマンが演じるカール・バーンスタイン記者のように耳を覆うほど長かった。映画館を出た後、しばらく茫然とし、そして、勇気が湧いてくるのを確かめながら、この仕事を選んで良かったと思った。のちに出会った記者を目指す学生たちの多くがこの映画をみて志望したと語っていたと記憶している。その記者たちが現在、第一線にいる。
図書館が登場する。国会(議会)図書館である。ボブ・ウッドワード記者(ロバート・レッドフォード)と二人が大閲覧室で膨大な貸出カードを調べている。大統領選をめぐって、再選を目指す現職のニクソンの陣営が対立する民主党の本部に盗聴器を仕掛けたのがウォーターゲート事件の発端だ。記者は政権がどのような資料を求めていたのか。貸出カードを繰れば判明するかもわからないと考えたのだ。1800年に創設された図書館。その佇まいは権威のシンボルでもある。高いドームの天井。そこには絵画が描かれている。スタッフは公開できないという。やっと協力者を見つけてカードと格闘する二人。映像は彼らの表情から次第に俯瞰の構図になり、重厚な空間の全体を捉えてゆく。多くの人たちが調べものをしている。結局は徒労に終わる。原作でも5行しか触れていない。
しかし、この図書館は権力の象徴のように映る。小さくしか見えない記者の姿が印象的だ。果てしない戦いの一歩を図書館から刻んでゆくのだ。
取材は困難を極める。ようやく手に入れた名簿から関係者に当たって行く。車のナンバーまで調べてゆく。事実、事実、事実。気が遠くなるような取材である。電話も使う。疑惑の人物ともインタビューする。その手法は生々しい。取材拒否も続出する。編集幹部の指示は難しい。「ダブルチェックはできているのか」「実名で証言する人物はいないのか」と繰り返す。ようやく政権NO.2の関与を一面トップで報じる。だが、ホワイトハウスをはじめあらゆる機関が全面否定する。「嘘」とまで決めつけてくる。
編集局は攻撃に耐え、二人はさらに裏付けに走る。編集主幹の言葉がいい。「二人を見捨てるな」「報道の自由のために、国のために」とひるみはしない。事実はつぎつぎと明るみにされ、再選されたニクソンは抗しきれず1974年、任期半ばで辞任する。二人の記者が世界の最高権力者に挑んだ戦いだった。
ネット時代でも同じだと思う。巨悪をあばくのは、事実に肉薄する記者たちのエネルギーである。自らが地を這いながら探し当ててこそ事実なのである。私はいま、報道現場で働きたいと願う学生たちと「マスコミ塾」で向き合っている。彼女たちにも見せたい。
アメリカ映画。1976年日本公開。原作は両記者の共著で「All the President's Men」。文春文庫。訳は常盤新平。国会(議会)図書館はワシントンにあり蔵書2800万。資料は1億点と世界最大級。日本の国会図書館は戦後、これをモデルにつくられたという。中央図書館で現在受入手続中。