書店では児童書のコーナーに置かれているが、この面白さ、緊張感には我々が魅入られてしまう。
4歳と3か月のマチルダは村の図書館で子どもの本をすべて読んでしまい、「大人の人が読む、本当にいい本、有名な本が読みたいのです」と女性の館員に相談する。チャールズ・ディケンズの「大いなる遺産」から始まる。1週間で411ページを終える。マチルダは次々と読んでゆく。半年の間に読んだリストに館員はあらためて仰天する。
シャーロット・ブロンテ「ジェーン・エア」、ジェーン・オースティン「自負と偏見」、H・G・ウェルズ「透明人間」、アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」、ジョン・スタインベック「怒りの葡萄」、グレアム・グリーン「ブライトン・ロック」。館員が少し手助けをする。「細かいことがわからなくても、気にしないことね。ゆっくりすわって、そういうことばが、自分の周りを音楽のように流れておくまましておくのよ」。やがて貸し出しをしてもらい自分の寝室で読むようになった。
父はインチキをして中古車を高く売りつけている。母はマチルダを置き去りにしビンゴにのめり込む。マチルダの才能を認めようともしない。罵倒する両親なのだ。小学校に入ってミス・ハニーという先生に巡り合う。先生はマチルダにただ驚きながらも、理解してくれる。女性校長はとんでもない教師だ。暴力をふるい、子供たちを虫けらのように扱い、恐怖を植え付ける。醜悪そのものだ。
さあ、天才少女の戦いが開始する。超能力も持っている彼女は校長の授業の時に、離れた椅子からチョークを自在に操り文字を書いてゆく。「アガサよ」。姪であるハニーから聞いた校長の小さいころの名前である。「この村から立ち去れ。さもないと、わしは出て行って、お前を始末する。お前がわしを始末したようにな。わしは見張っているぞ」。黒板には校長に殺されたハニーの父が書いているように誰も知らないはずの事実が連ねられる。校長はその場で気を失い、翌日からは姿を消した。とうとう大敵をやっつけた。続いてマチルダの両親も警察に追われて高飛びする。マチルダの選択は明快だ。ハニーとの暮らしを決意する。家族よりも深い愛を注いでくれる教師を選んだのだ。
物語のテンポは速い。荒唐無稽なのに、そうは思わせない。大事なことを語りかける。読んだことのある薬学部の学生は「読書することの大切さ、人と出会うことの素晴らしさを教えてくれた」という。こんな文章がある。「本はマチルダを新しい世界に連れていってくれた。わくわくするような生活をおくっているおどろくべき人たちと知り合いになれた」。イングランドのひなびた村の小さな部屋にちょこんと座って、世界中を旅できたのである。図書館や本は前半に登場するだけで、あとは父親や校長をこらしめるストーリーになるが、これだけの読書の量があるからこそマチルダの行動には説得力がある。
9歳になる私の孫娘も本が大好き、図書館で過ごす時間も大好きである。この大学の図書館に見学にきたときも懸命に考えていた。58万冊の蔵書を1日に10冊ずつ挑戦すればいつ終るかという子供らしい計算だ。あと80年間なら約30万冊、半分は読める。小さいころから本を読まないと間違いなく損をすると、マチルダも教えている。
イギリスの作家、ロアルド・ダールによる1988年の作品。半年間でペーパーバック版が50万部を超えた。宮下嶺夫さんの訳による新装本の帯には「子供も大人もハマってハマって大変」とある。96年に「マチルダ」のタイトルで映画化された。原題は『Matilda』。中央図書館で現在受入手続中。