孫娘が息を弾ませて話す。阪急今津線の小林(おばやし)駅近くにある小学校の4年生だ。映画のロケーションに出会ったというのだ。中谷美紀、戸田恵梨香、天才子役といわれる芦田愛菜らを遠くから眺めたらしい。下校時だったので、児童や生徒たちが足を止め、小さな駅は溢れんばかりだったそうだ。
2年前に読んだが、もう一度文庫本で読み返してみた。作者の有川浩は『図書館戦争』などで知られる。『阪急電車』でも、まず宝塚中央図書館に通い、話題の新刊本を奪い合う正志とユキが現れる。宝塚駅から西宮北口駅までの9.5キロ、15分を各駅停車で進んでゆく。あずき色の電車のなかで、プラットフォームやその周辺で垣間見る小さな出来事が綴られる。目次に登場する「章」は宝塚、宝塚南口、逆瀬川(さかせがわ)、小林、仁川、甲東園、門戸厄神、終着の西宮北口とすべての駅名である。その駅に物語が生まれ、次の駅へとつながってゆく。そして、折り返し。描写は精緻だ。作者が沿線で暮らしていなければ気づかない、街の匂いや行き交う人々の表情、駅のたたずまいを丁寧に浮かび上がらせる。
図書館で本の背表紙を見つめているような気分になる。一冊が「一駅」である。その一駅には必ず、素敵な人がいる。図書館が出会いの場になった二人も結構格好いい。本が大好きなカップルだから言葉のやりとりに清潔感が溢れている。婚約中の恋人を奪われたOL翔子がその結婚式場にウェディングドレスと見まがう装いで乗り込み、途中で席を立って電車に乗る。孫娘を連れた時江が声をかける。「討ち入りは成功したの」。
小林駅近くのスーパーでは、ビニール傘を広げて逆さにつるして、その上にあるツバメの巣からの糞を受けている。警備員が話す。「ああ、ねえ、これ。ツバメの巣、取っちゃうわけにはいかないでしょ。はるばる渡ってきたんだし、縁起のいい鳥だしね」。社会人なのに「絹」という字を読めない五つ年上の男と付き合っている高校生が「早く年取ってくれーってせがまれているわ」と友だちを笑わせる。翔子は仲間外れにされている小学生の女の子を見かけて語る。「あなたみたいな女の子は、きっとこれからいっぱい損をするわ。だけど、見ている人も絶対いるから。あなたのことをカッコいいと思う人もいっぱいいるから。私みたいに」
登場人物の言葉が生きている。そして、そこにはささやかでも「正義」がある。すこし不器用だが愛すべき人たちがいる。
図書館で最初に巡り合ったあと、車中から二人で見た武庫川の中洲にある「生」の字。それが阪神淡路大震災からの再生を願って積み上げられたオブジェだったことを知る正志とユキ。自然に結ばれる。プロポーズの言葉は「二人で小林に部屋探さへん?」。やはり、駅の名前で小説は終わる。
今津線にはよく乗る。そこにある、見慣れたはずの風景が、愛おしくなってくる。なにもかもが優しく映る。物語の初めと終わりに出てくる図書館は、そのぬくもりをしっかりと届けてくれていて、嬉しい。
女流作家の有川さんはテレビドラマになった『フリーター、家を買う。』の作者でもある。映画は関西テレビの三宅喜重さんが監督を務める。公開は今年春の予定。中央図書館の地階学習図書閲覧室にあるが、現在は予約でいっぱい。