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第15話 「図書館の神様」(2011年8月)

 書名には「図書館」とあるが、出てくるのは田舎の高校の図書室だ。登場するのは国語の講師で、いやいやながら文芸部の顧問をする早川清、「きよ」という22歳の女性、たった1人の部員、3年生の垣内君、なんとなく不倫が続くケーキ教室の浅見さん、清の大学生の弟、拓実。この4人だ。みんな優しくていい人たちである。

 閑散とした図書室で垣内君はひたすら読む。川端康成の『抒情歌』、『骨拾い』。清も手に取るが、読む癖がついていないから図書室にも、本にもそそられない。垣内君に話しかける。「文系クラブって毎日同じようにだらだら過ごしているだけっていうか、メリハリがないのよねえ」

 彼が応える。「バレー部のほうが、毎日同じことの繰り返しじゃないですか。文芸部は何1つ同じことをしていない。僕は毎日違う言葉をはぐくんでいる」。こんなやり取りが続く。不倫も続く。物語は、波打つこともなく穏やかに紡がれる。思いもかけず教員採用試験に合格してしまう。

 詩を書いて売ればといわれ垣内君は試みる。それを読んで「垣内君を作っているどの部分がこんな言葉を生み出せるのだろうか」と思う。文学、言葉という新しい主人公がこのあたりから見え隠れしてくる。

 男の妻が妊娠する。そのことを知らされた翌朝、2年生40人に『方丈記』を教える気力はなかった。垣内君が『さぶ』について意見を聞いてくる。

 「『さぶ』って同性愛者専門の雑誌でしょ?筋肉質のホモが主役じゃないの?」

 「いえいえ。『さぶ』は山本周五郎の小説です」。その夜、何年ぶりかに読書した。なぜか泣いていた。深夜、垣内君に電話をしてしまった。「『さぶ』を読んだのね。うん、面白かった」「わかりました。よかったです」。電話のあと、もう1度『さぶ』を読む。

 3学期初め2年生の教材は夏目漱石の『こころ』だ。朗読用のCDを流す。「彼の血潮の大部分は、幸い彼の蒲団に吸収されて…」1人の女生徒が息苦しそうに肩を上下にさせている。保健室に行く。生徒は語る。「ばあちゃんそのままサナトリウムに入ったんだけど、その日の夜に死んじゃったんだ。自分で首切って。血が染みついた布団は残ってた。今日の話、それと似てるんだよね」。『こころ』の授業はそれで終えた。『夢十夜』を垣内君から教えてもらった。生徒みんなに自分の『夢十夜』を作らせた。好評だった。そして、「自分が面白いと感じていることは、わりと伝わりやすいんだな」と思う。

 浅見さんとの別れは簡単だった。文芸部の「朝練」が始まる。図書室の本の整理からだ。十進分類法による配置を教科別にしてみた。こちらも評判は上々だ。

 卒業式の1週間前に主張大会がある。垣内君が壇上に。「本気で川端康成について知りたい人は、図書室に来てください。たくさん本はあります。文学なんてみんなが好き勝手にやればいい。だけど、すごい面白いんだ。それは言っておきたい。だから、僕は1年間、ずっと夢中だった。毎日、図書室で僕はずっとどきどきしてた。ページを開くたび、文学について言葉を生み出すたび、僕はいつも幸せだった。冬にサイダーを飲んだり、夏に詩を書いたり。毎日、文学は僕の五感を刺激しまくった」。拍手があった。

 工業高校に勤務が決まる。手紙が3通、元の彼と垣内君から、もう1通は高校時代のバレー部で一緒だった友人の母親からだった。友人はミスを重ねて試合に負け、自殺した。ミーテイングで厳しく責めたから、とされた。毎月欠かさず墓前に花を供え続けていた。母からの文は勇気をくれた。

 夕焼けの海。神様のいる場所はきっとたくさんある。私を救ってくれるものもちゃんとそこにある。

 こんな物語である。その神様はどこにいる。図書館にいる、本にいる、人のこころにいる。先生っていいなとも思う。神様は学校にもいる。読みやすい。そして、温かくしてくれる。

 2003年マガジンハウス刊。著者の瀬尾まいこさんは1974年生まれ。2001年『卵の緒』で第7回坊ちゃん文学賞大賞を受賞した。本書はデビュー第2作。中学の国語講師の後、京都で中学の教諭になり、作家活動も続ける。本書は中央図書館の地階にある。

『図書館の神様』(マガジンハウス)【地階, 913.6||SE,2005759】