自然の猛威にさらされた日々が過ぎ、秋になる。今年はとりわけ澄んだ空が心にしみる。書名がいい。主人公の茅野しおりちゃんも叫んでいる。
「読みたい本は、たくさんある。その上、わたしが1冊の本を読んでいる間にも、世果中でたくさんの人が、わたしたちのために新しい本を書いてくれているのだ。雨の日だけじゃ、とても読みきれない。だから、わたしは声を大にしていいたい。晴れた日は、図書館へいこう!」
本が好きで、だから図書館も大好きな、しおりちゃんが出会う心優しいミステリー。いとこの美人司書、美弥子さんやクラスメートも加わって、それを解く。謎は、本と市立図書館のなかで、生まれては消えてゆく。
第1話「わたしの本」。3つぐらいの女の子、カナちゃんが1人で図書館にいる。しおりちゃんが借りようとしていた『魔女たちの静かな夜』を「わたしの本」と持っていってしまった。「小学上級から」とある本だ。やがておばあちゃんが現れて、表情を硬くしたまま本を置いてカナちゃんの手を引き足早に立去った。謎解きが始まる。
少女が「館野カナ」であることは、いつも一緒にきている母の名からわかる。『魔女たちの静かな夜』を手にしていた、しおりちゃんの母親が奇妙な符号に気付く。書名から漢字をのぞくと「たちの かな」だ。翌日、おばあちゃんがお詫びにきて、事情が明らかになる。カナちゃんの母親は、やはり児童小説の作家だった。書名は、平仮名しか読めないカナちゃんへのプレゼントだった。その母が入院した。知らないカナちゃんは寂しくて毎日、母を探して、2人で通った図書館にもきたのだという。
第2話「長い旅」。同級生の安川君がしおりちゃんに相談する。「本を返すのが期限に遅れたら、なにかあるのかな?」。なんと60年間返していないというのだ。美弥子さんと調査開始だ。市立図書館の歴史は昭和の初めにさかのぼる。それにしても。休んでいた安川君が顔を見せた。おじいちゃんが亡くなったそうだ。2人で図書館に行く。返す本を出す。昭和3年発行の『初恋』である。おじいちゃんは昭和19年に借りたといっていた。好きな女の子が返すのを待って借りたが、空襲を避け疎開することになり本は大切に家財道具のなかにしまった。戦争が終わっても生活に精一杯で『初恋』のことなど忘れてしまった。それが去年、蔵のなかを整理していたら、本が出てきたのだ。まもなく体調を崩し、入院した。
見舞いに通っていた安川君におじいちゃんは本を図書館に返してほしいと頼んだのだ。長い歳月を旅して戻ってきた本。しおりちゃんは安川君に『初恋』を読んでいた子、おじいさんとは結局どうなったの」とたずねた。安川君は頭をかきながら「うまくいってなかったら、母さんは生まれてないよ」といった。
最終章の第5話「エピローグはプロローグ」。しおりちゃん自身のことである。図書館祭りの日に、講演があった。関根さんという昔この町に住んでいた作家が登壇した。終了の直前に関根さんが自らのことを話し始めた。
「いつか言葉を尽くして、わたしたちがなぜ離婚するにいたったのかを娘に話したいと思っています。小説を書くということは、もちろん仕事でもありますが、いつか娘と話す時のための、訓練でもあるんです。言葉は、便利で、不便なものです。なんでも伝えることができるし、何も伝えられないこともあります。理解も、誤解も、言葉から生まれるのです。」と自らのデビュー作の一節を語った。
「そして、いつかあなたが新しい世界に旅立つなら、
言葉の川を言葉の橋で渡り、
言葉でつくられた扉を、言葉の鍵で開けるだろう。」
十年前に母と離婚した父からの言葉であった。しおりちゃんは椅子に座ったまましばらく動けなかった。
秋晴れの日、『晴れた日は図書館へいこう』を近くの公園で、子供たちの歓声を耳にしながら読んだ。さわやかな風が吹き抜けた。
著者は緑川聖司、絵は宮嶋康子。03年、小峰書店刊。プロフィールによると緑川さんは大阪生まれの大阪育ち。第1回日本児童文学者協会長編児童文学新人賞を受賞。宮嶋さんは、やなせたかしさんのアシスタントを経て新聞小説、雑誌の挿絵などで活躍。
中央図書館の地階にある。