先輩記者たちは、「なぜ、この仕事を選んだのか」と訊ねられると、その問いかけを待っていたように「『ローマの休日』を見たからだよ」と照れながら話したものだった。王女がローマを去る時の記者会見で、王女の恋というスクープ写真を、そっとプリンセスに手渡し、特ダネとはかない恋を捨てる記者。もう何度見たことだろう。そのたびに胸が熱くなる。
オードリー・ヘプバーンの凛とした美しさに、ただ惹かれ『ティファニーで朝食を』のDVDを幾度も手にしている。テーマ曲の「ムーン・リバー」が響くと、雨の中、ずぶぬれになった2人がキスをするラストが浮かんでくる。
ニューヨーク市立図書館のシーンが2度ある。オードリー演じる娼婦、ホリーと無名の作家、ポール(ジョージ・ペパード)が朝のNYを歩く。まず「ティファニー」だ。謹厳そのものの老店員に10ドルで買えるプレゼントはないか、と相談をする。あるはずがない。ポールはポケットからリングを取り出し、「これに字を刻んでもらえないか」と持ちかける。もちろん「ティファニー」の商品ではない。お菓子の「おまけ」である。店員は動じず「味わいがありますな」などといいながら引き受けてくれた。
2人が次に向かったのが図書館だ。ポールには馴染みの空間だが、ホリーには縁のない場所だ。ボザール様式の傑作として名高い1911年の建物である。重厚な内装、黒く光る机、灯りのスタンドが見事にマッチしている。ポールはケースから自らの作品のカードを取り出し、これも実直という感じの女性司書に手渡す。やがて、呼び出されて本を受け取る。ホリーは司書に、「この本を読んだの」、「ぜひ読むように」と声高に話しかける。宣伝のつもりだ。そしてポールに促し、本にサインをさせる。「本は公共の財産ですよ」という司書の厳しい声を背に2人は楽しげに出てゆく。
次の場面。ホリーを探しに出たポールは、真っ先に図書館に行ってみる。果たして彼女はいた。机に本をいっぱいに広げている。南米関係の書籍ばかりだ。ブラジルの男、ホセと結婚するという。ポールは思わず、声を大きくして「君を愛している」と言ってしまう。まわりからシーの声。怪訝な視線も集まる。でもポールは初めての告白を、愛する図書館でする。
肉親の死を知らされたり事件に巻き込まれたりホリーの周辺には不幸な出来事が続く。ポールの愛に変わりはないが、ホリーはホセとの結婚を夢見るようになり、旅立とうとする。雨のNY。タクシーのなかでポールは、ホセからの手紙を読む。破局の知らせだ。それでも飼っていた猫を道端に降ろし、空港に向かおうとする彼女。ポールは「君には勇気がない。自分でつくった檻のなかにいるのだ」といい、「おまけ」のリングを放り投げて、雨に消える。包みを開けながらホリーの瞳から涙が溢れる。あのときのリングだ。左手の薬指にはめて、ポールを追う。会う。猫が見つからない。雨中を探し回るホリー。鳴き声がした。走り寄って抱き上げ、ポールのもとへ駆け寄る。やはり、オードリーはいい。
ニューヨーク市立図書館は04年『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』94年『クイズ・ショー』87年『誰かがあなたを愛してる』86年『ハンナとその姉妹』など数多くの映画に登場している。蔵書数460万冊。
映画『ティファニーで朝食を』は1961年のアメリカ映画。主題歌「ムーン・リバー」はヘンリー・マンシーニの作品。この曲のヒットに加え、「ティファニー」の知名度があがったという。原作は『冷血』などで知られるトルーマン・カポーティ。
映画版は中央図書館・薬学分館・LLライブラリーに、原作本は中央図書館、薬学分館にある。