このごろ、「図書館」や「図書室」という活字を見つけるセンサーが機能しているのかもわからない。その日も、朝刊の書籍広告が真っ先に飛び込んできた。『みんなの図書室』に焦点が合う。夕方、梅田の紀伊國屋で探す。PHP文芸文庫のコーナーに収まっているが、同じ日にあれだけ大きな広告が出ているのだから、もっと目立つように置くべきだ、などと言いながら、電車で読み始めた。
ラジオ番組でパーソナリティをつとめる作家、小川洋子さんの語りが、文庫本になったと前書きにある。どきどきするほど楽しい。面白い。人生を振り返ることすらできる。著者である小川さんの表情と、作品と思い浮かべながら読めば、一層惹きつけられる。
紹介される本は四季の棚に分かれている。放送された時期による。
「春の本棚」。
『あしながおじさん』(ウエブスター)『生まれ出づる悩み』(有島武郎)『桜の園』(チェ-ホフ)『旅人―ある物理学者の回想』(湯川秀樹)『海と毒薬』(遠藤周作)と続いてゆく。読んだことのある本が並んでいるのが嬉しい。
1つの作品に4ページ。ささやかな粗筋、解説、印象に残るその文章。作家の心、小川さんの言葉。まことにうまく詰め合されている。初めて読んだ時を思い出す。もう一度、読み直してみたくなる。学生たちに薦めてみようと思ってしまう。間違いなくハマる。「夏」「秋」と本棚は変わってゆく。どれを取り出そうか。思案するのも至福の時間である。
「冬の本棚」。
文章は「です、ます」で綴られる。優しく語りかける。
「そんな『山椒魚』をいち早く評価した人物がいます。それは当時まだ中学1年だった太宰治です。
彼はこの『山椒魚』を一読した際、とても座っていられないほどに興奮したと語っています。
そういえば『山椒魚』が「山椒魚は悲しんだ」という有名な一文で始まるのに対し、太宰治の『走れメロス』は 「メロスは激怒した」と書き出されています。リズムが似通ったふたつの文章は興味深い共通点を持っていると言えます。」
もう1つ。『放課後の音譜』。名フレーズが紹介される。
「(前略)最初に出会って、その女の内面を見抜ける程、男は利口じゃないのよ。外見って大切。綺麗な格好をしていると、とても便利なのよ」。
そんな、いくつになっても学ぶべきものがたくさん詰まっている『放課後の音譜』。
心に響いた文章に印をつけておいて、5年後、10年後に読み返してみるのも面白いと思います。同じ文章でも、まったく別の解釈が生まれたり、あるいは以前は気づかなかった違う文章に心惹かれるようになっているかもしれません。
小川さんは、そう話す。50冊。すべてに、思いがある。重松清さんの『ビタミンF』や野坂昭如の『火垂るの墓』、涙した記憶がよみがえる。旅にあこがれていた時代に触れた沢木耕太郎の『深夜特急』、アウシュビッツに取材に行くときに読み直した北杜夫の『夜と霧の隅で』、ジャーナリストである辺見庸さんの『もの食う人びと』を読んだときの衝撃。どうして、こんなにも懐かしい本が並ぶのか。これから読んでみたい本が待ってくれているのか。まさに『みんなの図書室』である。
PHP文芸文庫。590円。ラジオ番組『Panasonic Melodious Library』で、2008年7月から2009年6月にかけて放送されたものを文庫化された。
放送は「FM OSAKA」「KISS FM KOBE」で日曜日の午前10時から。
中央図書館で受入手続き中。