お知らせ

第20話 「耳をすませば」(2012年1月)

 あのころ、1冊の本には必ずポケットがついていて、そのなかに貸出カードが入っていた。カードにはそれまでに借りた人たちの名前が順に記載されていた。その空白の最後に自分の名前を書き込むときに、思う。次に誰が記入するのだろうかと。アニメ映画『耳をすませば』のヒロイン、月島雫(しずく)も、学校の図書室や町の図書館で借り出せば、いつも「天沢聖司」の名があるのに気づく。本がなによりも好きな少女の心に、その名は刻まれる。恋の物語はカードが紡いでゆく。 

 思いを寄せる人と同じ本を読む、高校生のころの記憶が私にも重なる。カードを見て、その人の名があれば、とにかく借りてしまったことが蘇る。記者になってからは新聞社の資料室をよく利用した。敬愛すべき記者の名があると、まだ言葉をも交わせない大先輩なのに、嬉しくて仕方なかった。小さな、少し変色した紙片に、本を読むことが凝縮していた時代であった。だからアニメのプロローグに魅了された。

 2人は中学3年生。高校受験を控えて落ち着かない日々を過ごしている。雫の父は市立図書館に勤めている。ある日、図書館に向かう途中で、猫に出会う。追いかける。お洒落な住宅街。その一角で「地球屋」という看板を掲げるアンテイックの店に入ってゆく。店の主は聖司の祖父。聖司はそこの工房でバイオリンを作っている。彼の夢はイタリアのクレモーナで修業してバイオリン職人になること。将来を見据えながら進んでゆく少年にひきかえ、雫には目標がはっきりしない。なにができる。なにをしたい。ようやく見つけた夢は「物語」を書くこと。主人公は「地球屋」で知ったネコの人形「バロン」だ。おじいさんも「最初の読者にしてくれ」と応援を約束し、エメラルドの原石をみせて励ました。

 雫はつかれたように図書館で調べ、書く。タイトルは『耳をすませばーバロンのくれた物語』。成績は落ち、家族も心配する。秋の夕暮に物語はできた。おじいさんは読んだ。まだ磨かれていないけど、荒々しくて素直な物語。まるで聖司のバイオリンみたいといい、あのエメラルドの原石をくれた。そう、私は原石、これから時間をかけてゆっくりと磨いていけばいい。雫の表情は一変して明るくなった。

 帰るとそのまま寝てしまう。夜明け。窓の下を見やる。クレモーナから帰国した聖司がいるではないか。2人を乗せた自転車は丘の上に駆けあがり、光に輝き始める東京を眺める。雫は高校に進んでもっと勉強すると話し、聖司は結婚を申し込み、互いに宝石になることを目指す。名曲『カントリー・ロード』が重なってゆく。雫の健気なほどのひたむきさ、聖司の意志の強さ。夢を追ってみよう。人を好きになってみよう。メッセージが心にしみ込んでゆく。

 学生たちとこの物語について話し合った。その1人は、セリフのほとんどを覚えていた。聖司が自転車に雫を乗せて坂を上がるとき、雫は降りて押し始める。「お荷物だけなんて嫌だ」「私だって役に立ちたいんだから」。その学生の友人はいまでも「俺は月島雫と結婚する」と叫んでいるそうだ。「耳すま」現象といわれたほど、若者たちが受け入れたのは清冽なまでに鮮やかな2人の生き方に、自らの憧憬をダブらせたからだろう。

その2人を支えているのは「本」であり「図書館」である。こんなにも「本」を愛する若者がきっと、どこかにいると思えてくる。「読む力」は「生きる力」、人生で一番大事な力。雫と聖司は、それを見事に伝えてくれている。

 1995年、スタジオジブリ制作。監督は近藤喜文、原作は柊あおい。主題歌の『カントリー・ロード』は雫役の本名陽子が歌っている。

 デジタル化され、図書カードが武庫川女子大の図書館からも消えて20年以上経つ。

 中央図書館にDVDが、薬学分館にVTRがある。
 『耳をすませば』(ブエナビスタホームエンターテイメント))【2階AV・薬学2階AV,778.77||MI,2011492 ・0532378 】