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第24話 「夜明けの図書館」(2012年5月)

 マンガを取り上げるのは初めてだと思う。なぜか2冊あった。きっと、ネット購入でミスをしたのだろう。そんな話に、「レファレンスサービス演習」を授業で教えている司書が、驚いた表情で語る。教材に使ったばかりで、学生たちは、主人公である新米司書、「葵ひなこ」のひたむきさに、少し涙を浮かべて聞いていたという。司書がヒロインで、その主題が「レファレンス」というマンガはきっと、珍しいのではないか。帯には、『「調べもの」を通して、本と、人と、心を繋ぐ。ほんのりあったか、図書館マンガの誕生です!』とあって、これにも惹かれる。コミックに手を出すのは何年振りだろうと思いながら、瞬く間に、「ひなこ」の世界に引き込まれた。

 ひなこ。25歳。就職浪人3年を経て、ようやく「暁月市立図書館」に採用された。あこがれの司書デビューである。

 第1話「記憶の町・わたしの町」

 老人が尋ねてきた。いきなりの難問だ。80年前に住んでいたこの町の郵便局の写真を探しているという。郷土史のコーナーでは見つからない。老人は語る。

 ――事情があって、幼い頃、この町の叔母の家に預けられた。母からの手紙をひたすら待ち続けた。少年の様子を察した郵便配達のおじさんが、遊んでくれた。局舎まであとを追ったこともある。今も、その時の甘いような、ほろ苦いような夢をみるという。「何とぞよろしく願います」というおじいさんに、ひなこは応えてあげたいと心に決め、書庫に走った。

 そこには大野という男性がいた。市役所の本庁からきている庶務経理担当。「そもそもそのレファレンスってどうなの?予算萎んでいく一方でいくら行政とはいえサービス過剰と思うけど」と冷ややかだ。

 ひなこは本を探す。明治から大正にかけての図絵があった。「暁月」の由来が記されている。―東が大きく開けている地形により古代から夜明け空が最も美しい国と言い伝えられたことによる―。
 本はいつだって“知る歓び”を教えてくれる。想像する愉しみや、そこから生まれる豊かな感情をも。人と本を繋げていきたい。広く、深く。
 「そう思って 私はこの場所にいるんだ そう簡単に挫けてられない」。ひなこはすくっと立ち上がる。

 スタッフに協力をお願いする。大野も加わってくれる。郵政の歴史からアプローチしてみよう。たしか老人は郵便局を撮影したカメラマンが大きな写真賞をとった、と話していた。戦前からあった写真コンテストもチェックしてみよう。その1つのコンテストから、ある写真家の名前が浮かぶ。スタッフの1人が「この人の写真集ならうち(館内)にあるよ」と叫ぶ。あった。「山の郵便屋さん 暁月市 山間部にて 1935」。老人は局舎と、そこに向かう配達の男を撮った写真を「懐かしい… ああ… 懐かしいなぁ」と食い入るように見つめ、「当時の音や匂いまで思い出しましたわ」という。そして、「あなたに頼めてよかった」と言ってくれた。「やった」という思いに、涙がにじむ。これが、ひなこのレファレンスデビューである。

 ひなこは可愛い。少女のような眼差しだ。この仕事が大好きで、誇りにもしている。レファレンスとは、図書館の仕事とは。その細部も具体的に描かれている。

 作者の埜納タオさんは、国立国会図書館のサイトでのインタビューにこう答えている。図書館を取材しての印象だ。「冷静そうに見えて実は熱い人たちだなと。図書館員魂を感じました」。

 その魂をしっかりと抱く、ひなこは、第2話「父の恋文」 第3話「虹色のひかり」 第4話「今も昔も」と、精一杯、人と本を結びつけてゆく。

 受講した学生たちの声がある。

 「漫画ながら非常に感動させられました。あれだけ喜んでもらえるならがんばってみたいという気持ちになります」

 「レファレンスの大切さというのが、わかりました。利用者に『ありがとう』や『あなたに相談してよかった』などと言ってもらえると、とてもうれしいだろうなと思います」

 「司書の仕事は思っていた以上に、事務的なばかりでなく人の気持ちを大切にするものだと感じました」

 「1人1人のために図書、資料を探す司書さんが素敵だと思いました」

 「マンガ、感動しましたよ!おじいさんが本を見ているシーン、司書のお仕事のやりがいってこういうことなんだなと感じました」

 1冊のコミックが若者たちの、夢への道を照らしてくれることに、驚きもし、嬉しくもあった。

 『夜明けの図書館』は双葉社刊。ホームページ(「埜納タオ Official Web Site」)によると、埜納(ののう)タオさんは広島県福山市出身で兵庫県在住。1994年、講談社mimi&kiss新人漫画賞入選でデビュー。『華物語』『百花日和』(いずれも講談社コミックKiss)などの作品がある。