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第25話 「きっと忘れない」(2012年6月)

 映画『幸せの教室』を観た。学歴がないからとリストラされたトム・ハンクスが決意して大学に入学する。その授業を担当するのがジュリア・ロバーツだ。そして、二人は愛し合うようになる。青春ものではない。まさに中年ストーリーだ。大学が社会に広がる今の時代を映している。たしかにアメリカ映画には大学がよく登場する。図書館も役割を果たす。『きっと忘れない』もハーバード大学の図書館から始まる。こちらは間違いなく青春物語である。そういえば、『幸せの教室』の主人公は、飲んだくれの亭主を抱える大学教員と冴えない中年のおっさん、こちらはハーバードの学生とホームレス。そのバランスが軸になっている。それに、おっさんとホームレスがだんだん賢くなってゆく。

 優秀な学生、モンティは卒論の仕上げに懸命だ。その大切な下書きを地下のボイラー室に落とす。拾ったのは、そこをねぐらにしている男、サイモン。本だけはしっかりと読んでいる。卒論を返してくれない。警察が追い出す。二人で条件を話し合う。一夜、寝るところを提供すれば一枚返すというのだ。80枚もある。

 モンティはルームメイトである男二人、女一人の学生4人で暮らしている。だれもがエリートだ。庭の放置された車に住み始めたサイモンとの奇妙な交友が始まった。まず、モンティが変化する。一枚ずつしか返してもらえないことに苛立ちながらも、その存在が気になる。図書館に一緒に行く。アーチになった閲覧室。黒く光る机。静寂。サイモンも読書する。その姿に司書から「ご遠慮ください」といわれると、モンティは「卒論のパートナーです」と言いつくろう。生活保護を受けさせようと役所にいくが「出身地は」とたずねられ「子宮」と答えて、つぶしてしまう。

 階段教室での憲法の授業にも付いてゆく。モンティは教授の質問に答えられない。サイモンが指名される。サイモンは「ボロ教授」とうそぶきながら教室を出てゆこうとするが、ふと立ち止まって、教授の質問に答える。合衆国憲法の理念を見事に、とうとうと解説してしまう。分かりやすい。驚く教授と学生。大きな拍手が起きる。

 アスベストの影響で、サイモンは不治の病を抱えている。命は長くはない。サイモンは優等賞を目指すエリートに言葉をかける。「今に走り続けることが目的になってしまうぞ」「聞きかじりの知識は信じるな。自分のフィルターにかけろ」。モンティの心に響く。サイモンは小さな袋に小石を集めていた。忘れられない一瞬に出会えば、そこの石を拾ってきたというのだ。それがサイモンの宝物。学生たちは病が進むサイモンに、心を開く。モンティは教授の指導に背いて、卒論の書き直しを始める。サイモンの最後の願いは息子に再会すること。四人が付き添ってようやく会えたが、息子は父を許そうとしなかった。

 その夜、サイモンは4人にホイットマンの詩『草の葉』を読んでもらいながら息を引き取る。エリートたちは彼と過ごした日々が、それぞれの胸のうちで光芒を放っているのを確かめながら見送った。

 卒業式。優等生の名に、モンティがあった。式の終わり、ガウン姿の彼らは、あの帽子を青空に投げた。サイモンはなにも、ものは残さなかったが、生涯消えることのない小さな石を若者の心に置いて、逝った。

 図書館が出てくるのは三つのシーンだ。冬の凍てつく夜のワイドナー図書館。その内部。本を読む学生たち。次々と着ている物を脱いで座り、書籍を手にするサイモン。エリートとホームレスのミスマッチが面白い。われわれの図書館ならどうするだろう。現実にはあり得ないことだろうが、考えてみたくなる。社会に開かれた図書館とは。青春ドラマが、イメージを膨らませてくれた。

 1994年アメリカ映画。サイモンをジョー・ペシ、モンティをブレンダン・フレイザーが演じた。主題歌はマドンナで大ヒットした。原題は「With Honors」。

                  

ハーバード大学図書館

 ハーバード大学は、1636年に創設された米国最古の高等教育機関。図書館の蔵書数は1700万冊。米国議会図書館に次いで全米第2位の蔵書数を持ち、大学図書館として世界最大級の規模を誇る。メインライブラリーであるワイドナー記念図書館のほか、大小70の図書館を有する。