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第32話 アジア図書館(2013年1月)

 阪急電車の京都線に「淡路」という駅がある。私が利用する茨木市駅は、京都寄りの一つ先にあるから、その看板はいつも目にしていた。「アジア図書館」。木造二階建て、ツタのからまる、その図書館が気になっていた。2012年10月29日の朝日新聞の「ひと」欄を読んで、行ってみようと思った。途中下車して線路に沿って3分、ドアを開けると、異空間が広がった。

 本の匂いが満ち満ちている。木の書架がぎっしり。縫うようにして進みながら見上げると、アジアのあらゆる国の名で分類された図書が合わせて5万冊並んでいる。二階への階段の両側も書架だ。ここには蔵書のざっと10分の1の本がある。タイトルを読んでいると、一生かけても決して足を踏み入れることのない国々が浮かんでくる。玉蘭や夜来香。芳香が漂っていると錯覚する。大学の図書館とは違う本の息遣いがあった。

 事務局長の坂口勝春さん。背景には、天井にまで届きそうな書架が良く似合う。私と同じ69歳だ。数人の若者たちが活動を始めて30年、ずっと自らの手で図書館を作り続けている。コレクションは市民や研究者たちから寄せられた本が中心になっている。近くの倉庫には45万冊。計50万冊なら武庫川女子大の図書館と変わらない。それも「アジア」を中心にしているのだから、有数の専門図書館であることは間違いない。その一部が築40年の家屋の70坪に収められている。奇観でもある。

 会費(3,000円以上)を払って会員になれば一回最大6冊を一か月借りられる。「本を書いた人」「読んだ人」。ここの本には、どちらの思いも凝縮されている。「本を愛し、アジアを愛する人たちに守られています。まさに開かれた図書館です。アジアを知り、学ぶだけでなく次の世代、次の次の世代に引き継ぐ百年の大仕事」という坂口さんはロマンチストでもある。

 本の壁に囲まれての語学講座も開かれる。ウイグル語やパシュトゥー語、アゼルバイジャン語など27言語70講座と、この数にも驚かされる。5,000人がすでに人が巣立っているという。民族音楽や舞踊などのライブも催されている。書架の隙間には、木や石の細工、人形、切り絵など手工芸品がところ狭しと並んでいる。「迷宮」をどこまでさまよってもアジアに突き当たる。

 利用する人たちもさまざまだ。退職した人々はもちろん、アジアに進出する企業で働くサラリーマンも多い。赴任の前に現地の歴史や文化に触れてゆく。絵本を勉強にくる大学生もいる。海外青年協力隊の小学校教師としてカンボジアに派遣される先生がクメール語を学びにやってくる。

 坂口さんたちは、50万冊のすべてを収蔵し、多くの人々にゆったりと過ごしてもらえる「図書館」の施設建設を進めている。閲覧、貸出ができるのは現在5万冊。大半が倉庫にある。それでは勿体ない。ボランティアによって、目録が電子データ化されている。すでに20万冊に達した。夢であった本格的な図書館づくりを目指す段階にきた。ゼロからのスタートで、ここまで作り上げてきた自信もある。なによりも支えてくれた多くの市民からの声援がある。寄付の受付も始まった。

 坂口さんは話し好きである。初めて会った人たちを仲間にしてしまう「熱さ」がある。「本」と一緒に暮らしているから「本」に優しい。学生たちにもぜひ「アジア図書館」を見せたいと思う。再訪する。

 「アジア図書館」は一般財団法人「アジアセンター21」が運営する。設立は1981年2月。所在地は大阪市東淀川区淡路5−2−17。電話06−6321−1839。ホームページはhttp://www.asian-library-osaka.org/。本の閲覧は午前10時半から午後6時半まで。