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第37話 ぼくらのバス(2013年6月)

 愛読者はありがたい。その一人がマイカーのお世話になっているヤナセのTさんである。毎回のように感想を寄せてくれる。5月も定期便は届いた。
「今月のコラム拝見致しました。『ショーシャンクの空に』は見た事がございませんでした。題名はよく聞いてはおりましたが不勉強で申し訳ございません。舞台が刑務所の図書室(館)とは驚きでした。話の展開が面白そうな気がしましたので一度見てみたいと思います。題材を探されるのも大変なのではないでしょうか?先日、子供の参考図書を買いに書店に行きましたら図書館を題材にした本がありましたので以下にご紹介させて頂きます。小学校高学年向けの図書ですのでコラムには不向きかとは存じますが執筆の一助となりましたら幸いです」。

 こちらの難渋を見抜いたようなメール。今回はその「ぼくらのバス」で発車である。

 夏休み。暇を持て余していた小学5年の加納圭太は、3年前の風景を思い起こしていた。お屋敷の片隅に動かないバスがあった。それが図書館だった。母が連れて行ってくれた。庭の木陰にあったバス。低い本棚に本がいっぱい並んでいた。寝転がって読んでいる子、歩きながら読んでいる子、寝ている子。野良猫と遊んでいる子。運転手の帽子をかぶった白いひげのおじいさんがハンドルにもたれて本を読んでいた。圭太の図書館通いが始まった。いつもバスは満員だった。だが2年生の終わりの2月、おじいさんが突然亡くなり、バスには「お休み」の紙が貼られていた。バスのことは記憶から消えていたのだった。

 圭太は急に思い立った。借りていた本を返しに行こう。3つ違いの弟と一緒に木戸を潜り抜け屋敷に忍び込むと、哀れな姿のバスがあった。ペンキははげ、さびだらけ。サイドミラーが折れて揺れている。幽霊バスだ。ドアを開けると、ぷんと本の匂いがしてくる。床に置きっぱなしの本が何冊かある。埃で真っ白だ。窓を全部開けた。むっとしていたバスに風と光が入ってきた。バスは少しだけ元気を取り戻したようだった。圭太は持ってきた本を返し、2人で暗くなるまで本を読んだ。2人で2冊ずつ、本を借りて引き揚げた。兄弟の図書館通いが再開された。

 埃をとり、雑巾をかけた。水をくむのが大変だ。近くの公園をいったりきたり。つぎには本棚の整頓。1冊ずつ丁寧に取り出し、から拭きをした。クッションを家から持ちだし、座布団も手に入れた。お菓子もオセロも、ポケットラジオも手に入った。ふたりの秘密基地。汗まみれになりながら完成させた。

 広太はすっかり気に入っている。「ぼく、このバス大好きだ。動かなくても、大好きだ」。ハンドルを回しながらつぶやいている。タオルケット、毛布、枕、温度計、コップや皿、かけたドンブリ、バケツ、やかん、サンダル。基地の備品は増えてゆく。広太はとうとう学校から理科の実験道具であるアルコールランプを持ち出してきた。お湯を沸かして食べたカップラーメン。本棚を動かしてベッドルームまでこしらえた。

 夏休みも半ばに入り、予想もしなかった「敵」が侵入してきた。メガネをかけた色白の中学生、富士田順平と名乗った。かれもまたこの図書館が大好きな一人だった。圭太が書いた読書感想文を勝手に読んで「だったら、面白かったとかけばいいのに。それ、あらすじじゃん」と結構、鋭い。バスの思い出話をしていると昔からの友達のような気になってきた。だが、順平は家出少年。塾の合宿に行くという、その足でバスにやってきたのだ。それを知って驚く兄弟。理科室から持ってきたアルコールランプを見つけて「学校に知らせる」と、ここに居つくことを迫る順平。兄弟は負けた。

 順平は一つの提案をした。バスにある本の目録を作ることだ。厚紙を切ってカードにして本の名前や著者名を書き込んでいく。これが面白い。本にシールを貼る。その番号はカードと一緒だ。

 順平が熱をだした。兄弟は彼を置いて帰れない。夜になってもバスは暑い。不安が襲う。とうとう約束を破ってバスの電気をつけた。夜が更けていく。だれかがバスのドアを押している。屋敷のおばあさんだ。かつて図書館にきていた3人の名前を覚えていた。おばあさんは「ずいぶん長いこと、バスをお休みしてしまいましたからねえ」といいながら「ごめんなさいね」と謝る。そしてバスの図書館を再開することを約束し、発熱の順平を母屋で看病してくれた。

 夏休みの終わり、3人はバスを緑色に塗りあげた。長かったバスの「お休み」も終わる。「大きなお屋敷の、庭のすみっこ。そこには、もう動かなくなったみどり色のバスが、本をいっぱいつんで、みんなが来るのを待っています」。そう結ぶ。

 だれの心にも残る移動図書館。こどもの頃の風景が浮かんでくる。もう見かけることの少なくなったバスの図書館。今、本を積んで被災地を走り子供たちに物語を届けている。


            


 『ぼくらのバス』の底本は1997年3月の偕成社刊。2010年2月、ポプラ社から「ポプラ文庫ピュアフル」として新装された。大島真寿美さんは1962年愛知県生まれ。『やがて目覚めない朝がくる』『ちなつのハワイ』『チョコリエッタ』などの作品がある。