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第39話 デイ・アフター・トゥモロー(2013年8月)

 パニック映画が好きである。新聞記者時代の記憶をたどると、1975年の夏、「タワーリング・インフェルノ」を見た。大きな被害を出した水害の報道で、本社からヘリコプターで高知に降り、泥と汗にまみれて取材を続けた。約1週間でようやく撤収の指示がきたが、飛行機の便まで時間があって、この映画をみた。「インデペンデンス・デイ」は96年、宇都宮市の映画館だった。これも取材を終えた夜のことである。なぜか出張先で見る映画は、パニックものが多かった。目の前に広がるスケールの大きい出来事を見つめながら、もしそのとき自分がその現場にいれば、どうするのか、どこから取材を始めるのか。想像をする。そして、手に負えないと言い聞かせてあきらめる。記者の性(さが)である。それでもいつでも見ている。しかし、図書館が登場するのは、この「デイ・アフター・トゥモロー」だけかもわからない。

 ニューヨーク公共図書館である。「New York Public Library」。「Public」は「公に開かれた」という意味だから、「私立」といえる。映画の舞台にもよくなる。このコラムの第11話で取り上げた「テイファニーで朝食を」や「ゴースト・バスターズ」「セックス・アンド・ザ・シティ」といくつもの名が挙がる。観光名所の一つでもある。

 ストーリーは明快だ。異常気象。温暖化への対策を怠ったからだ。洪水や竜巻。世界の街が襲われる。このことを予見した古代気象学者、ジャックの警告は生かされないまま、地球は壊滅の危機に瀕した。

 その息子の高校生、サムは、高校生クイズ大会に出場するために仲間とともにNYにいた。巨大な高波から逃れて駆け上がったのが公共図書館だ。正面階段、シンボルのライオン像。必死に避難する人々。広大な閲覧室が埋まる。さまざまな人々がいる。NYの縮図でもある。ようやくジャックはサムと連絡が取れた。父は「絶対にそこから出るな。そして火を燃やして暖を取れ」。一秒で10度気温が低下するという嵐が吹き荒れる。地球に氷河期がやってくる。そしてNYも凍りつく。エンパイア・ステートビルも自由の女神も瞬時にカチンカチンになってゆく。これでもかといわんばかりのスペクタルシーンである。

 サムたちの周りには燃やすものは本しかない。古い暖炉に投げ込む。司書が「本を燃やす?」「それだけは許せない」と抗議するが「それなら凍死する?」といわれて、彼らも本を運び始める。次々と本が運ばれるなか、司書は一冊の本を愛おしそうに抱いている。稀覯本の書庫にあった「グーテンベルク聖書」だ。彼はいう。「人類が最初に印刷した本だ」「書物は人類最高の発明である」。結局は「税法」関係の本から燃やすことにした。クラスメートのローラが発熱して意識を失った。そのときにも女性司書が医学書を手に教えてくれる。「本は燃やす以外にも役に立つものよ」という。どうやら敗血症らしい。本には大量のペニシリン投与が必要とある。サムたちは高波に押し流されて目の前にある大型船からペニシリンを見つけ出し、ローラの命の危機は去った。

 燃やせ、燃やせ。赤々と炎となる膨大な書籍。命を守るのは本しかない。やがて大気の状態は変化した。寒波は去りつつある。父、ジャックがようやく図書館にたどり着いた。彼らは生き延びた。救助のヘリから父と息子が見たのは、ビルの屋上で手を振り、助けを求める数多くの人々だ。まだ地球には未来があるというメッセージでもある。

 公共図書館はパニック映画の中でも大きな役割を果たしている。命か本かの選択を迫られた時、人類の知恵が凝縮している書物から何を学んできたのかを問いかけられる。司書の「書籍が生まれてわれわれは理性の時代を迎えたのだ」という言葉が響く。環境を守ること、他者を愛すること。その意味はすべて書物にある。壮大な映像にはやはり図書館が舞台として必要だった。そう思った。新聞社時代に、この映画を見たときには考えもしなかったことである。

            

 2004年アメリカ映画。監督は「インデペンデンス・デイ」のローランド・エメリッヒ。ジャックにデニス・クエイド、サムにジェイク・ジレンホール。VFX技術を駆使した映像は迫力がある。凍結したビルが倒れ氷の破片になる場面は息をのむ。

                         
               『The day after tomorrow』【薬学分館2階AV, 778‖DA, 1017513】