その男は長身、痩躯。笑みを絶やさない。しかし発する言葉は鋭い。長いキャリアに培われた眼差しはいつもポイントを外さない。それが的確だから、私たちは、元気と勇気をもらう。励まされる。
坂口雅樹さんが3月19日午後、ふらりと私たちの図書館に顔を見せた。明治大学を退職されるという。その挨拶に、関西にも足を伸ばし、「ここだけは外せませんから」と訪問してくれた。嬉しいことに坂口さんは、わが図書館のファンの一人なのだ。
初めてお目にかかったのは明治大学和泉キャンパスの図書館だった。坂口さんは計画から関わり、12年5月、屈指の大学図書館を開館させた。キャンパスに学ぶ学生は約1万人。いつもは6,000人、テストの時期となれば8,000人の学生が入館するという。もちろん1日の数である。席数が1,259だから、学生たちも席の確保が大変である。「行列のできる図書館」とも言われた。訪れたその日も、ほとんどの席が埋まっていた。信じられない。それも滞在時間が長い。学生たちは、屈託がない。書籍を手に、書架を背に、図書館という空気に溶け込んでいる。学習支援のプログラムも組みたて、スタッフが授業を展開しているという。まさに「挑戦する図書館」だと実感した。
改装の準備を始めていた我々には格好のお手本でもあった。坂口さんがなんども口にしたのは「学生目線」という言葉だった。案内をしてもらいながらも、そのコンセプトがあちこちに生かされていることに気づいた。スタッフの動きがいい。それは学生たちをしっかりと見つめているからこそ生まれてくる俊敏さだ。ポップや展示方法も、考えた側の気持ちが表れている。ああ、こういう図書館にしたい。同行した川崎安子図書課長の思いも同じだった。
リニューアルを終えた、私たちの図書館を真っ先に見に来てくれた。審査を受けるかのように緊張しながら彼の感想を待った。いつものように笑みを浮かべながら「今、日本で一番学生の目線を大切にしている大学図書館ではないでしょうか」と話してくれた。その坂口さんが数多くのライブラリアンに、見学を勧めてくれた。13年秋の改装後、見学にきてくださったのは北海道の天使大、北海学園大から沖縄県名護市の名桜大学まで180大学に及んでいる。
作家、あさのあつこさんを迎えた学生たちとのトークセッションを和泉図書館とつないで、明治の学生たちの声も聞いた。SD研修として、学生たちの力をいかに運営に反映させるかというテーマで議論をしたこともあった。すべてが新鮮だった。
この日、坂口さんは小さな冊子をくれた。「図書館巡礼:図書館が図書館でなくなる日」(「図書の譜―明治大学図書館紀要」第19号)である。
少し引用する。
「図書館巡礼の旅で強く感じたことは、図書館は資料・情報を受動的に扱うだけではなく、自ら表現者となって社会性をもって活動する機関になっているという現実。紙に記された文字や絵、楽譜、地図などの資料を図書館が表現者となってデジタル、あるいはパフォーマンスという様式で表現してみせる姿。それがいまや図書館の役割になりつつある。図書を収め、情報をナビゲートし、発信するだけの館(やかた)が図書館であるとは言えなくなっている。
肝心な点は図書館員がまずこのことに気づくことである。そして現実から逃げないこと。図書館はもはや司書だけの館ではないのである。図書館という定義の見直しの時代。良い図書館って何ですか?」
図書館巡礼。論文のタイトルは数えきれないほどの図書館に足を運んだ彼にふさわしい。その中で、われわれの図書館にも触れている。「少なくとも筆者が経験してきた図書館生活ではありえない図書館運営を行っている。学生が4年間学んだことが社会に通用するために図書館として何ができるかを河内図書館長は常に考え、「すべては学生のために」という言葉を胸に図書館改革を推し進めてきた。当然旧来型の図書館員には居心地が悪かろうと思う。目の前に佇む学生に、我々図書館員は今まさに心から共鳴しているであろうか?」。彼の言葉に照れながらも勇気をもらう。すべてのスタッフが元気をもらう。まさにエールである。
坂口さんは大学を辞めても大学や公共の図書館と関わっていくという。65歳。巡礼はこれからも続く。武庫女の図書館が、その巡礼の一つの場でありたいと願って、つぎの大学図書館に向かう坂口さんを見送った。
明治大学和泉図書館
(明治大学HPより)http://www.meiji.ac.jp/koho/blog/004/20120501.html