図書館は本の置き場ではありません。本の世界に浸っているだけでは務まりません。「本が好きです」。それだけでは立ち向かえません。まず本と同じように「人が好き」であること、社会の動きに俊敏に反応すること、そして誇りに思うこと。
「司書課程」で学ぶ学生たちに、呪文のようにいつも語りかけている。そういう機会が増えたのには訳がある。昨年度から「司書課程」をすべて図書館で仕切っているからだ。全国の大学でもユニークな挑戦として注目されている。2013年夏に大きな改装をした。その新たな空間を「司書課程」の学生545人の実践の場として目いっぱい活用してみたいという思いから、その課程のすべてを教職支援課から引き取った。「人が好き」。そういう司書を数多く育てて、大学や自治体などの図書館へ送り出したい。「あの人は武庫女の司書課程出身だから」と言われるライブラリアンを輩出したい。「挑戦する司書」。それはスタッフの共通の思いでもあった。そのためには図書館自体が変わらなくてはならない。
今年8月、私たちの図書館に4匹のワンちゃんが現れた。ジャック・ラッセル・テリア、柴系ミックス、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー。「絵本読み聞かせ会−ドクタードッグといっしょに−」の主役たちだ。附属幼稚園の園児10人が、ワンちゃんに読み聞かせたい1冊の本を手に、お母さんとともに周りを囲む。司書課程の「図書館サービス特論」という授業である。大学・短大生8人が輪に加わる。園児たちが真剣な表情で読み始める。じっと、顔を見つめるワンちゃん。決して、上手とか下手とかを言うわけではない。ただ聞いてくれる。だから子どもたちはためらうことなく読むことができる。
このコラムの49話で『読書介助犬オリビア』という本を紹介した。アメリカでは英語を母国語としない子どもたちや言葉にハンディを持つ児童らが特別に訓練を受けた犬に読み聞かせる運動が、どこの図書館でも見られる光景だ。1999年、ユタ州のソルトレークシティ中央図書館で始まり、その第1号が「オリビア」というワンちゃんだった。「R.E.A.D.」(Reading Education Assistance Dog)プログラムと名付けられ、いまでは全米に、ヨーロッパにと広がっている。小さな子とワンちゃんが読書。識字率は格段に上がり、本好きの子どもたちが増えたという実例がたくさん生まれている。
この取り組みを私たちの図書館でできないか。それを司書課程の授業に取り込めないか。でも肝心のワンちゃんはどこにいる。難問は思いがけず解決した。ご近所の病院や老人ホームなどでセラピー活動をしているドクタードッグがいるというのだ。NPO法人ペッツ・フォー・ライフ・ジャパンの前田瞳さんが、ジャック・ラッセル・テリアの「ハル」とともに打ち合わせに来た。優しい顔、穏やかな眼差し。この犬なら子どもたちの声に耳を傾けてくれそうだ。附属幼稚園の大江園長も「子どもたち、きっと喜びますよ」と言ってくれた。
その日、4匹のワンちゃんが図書館を歩くと、学生たちが歓声を上げて近寄ってきた。特論の受講学生もいっしょに座り込んで、見守っている。授業で、ワンちゃんに触れるとは思ってもいなかっただろう。新しい司書を育てるプロジェクトはこうして始まっている。
文部科学省が「大学図書館における先進的な取り組みの実践例」(Web版、平成27年9月1日)で取り上げてくれた。少し紹介したい。
「司書課程に関わる業務のすべてを図書館が主管し、一部の授業科目を図書館員が担当することで、より直接的な教育活動への関与が実現しました。それは専門職としての司書養成のロールモデルにもなり、例年130名前後で推移していた履修登録者数が、新カリキュラム施行後に220名と激増していることから、大学図書館に対する満足度と、図書館司書への関心の高さの表れと見ています。(中略)
非常に高い達成感を得ながら学修に臨む姿勢がうかがえます。また、自律的に取り組むことができていなかった他の学生に対しても、強い動機づけの機会を生み出し、私もやってみようという主体的な学修へとつながっています。
たとえ司書として身を立てることがなかったとしても、司書課程で学ぶ情報検索技術や課題解決支援策は、転移可能な一般的能力に通じ、決して無駄にはなりません。学生目線を貫いた図書館サービスを積極的に実践する館員の姿を見せることで、私たち図書館員の意欲もまた向上しています。」
われわれの決意でもある。次々と新しく展開する企画を通して、学生たちは図書館に課せられた使命をしっかりと学んでくれるはずである。「人が好き」でなければ、本当の「司書」ではないことを。
文部科学省HP「大学図書館における先進的な取り組みの実践例(Web版)」平成27年9月1日