2010年度海外研修
1.目的・仮説
本校のSSH研究課題の柱に,「国際性を高める取り組み」がある。生徒たちの研究内容を海外にも発信し,海外の人たちとの交流を含めて,国際的な視野を広げる。そして,国際的に活躍することができる,感性豊かな女性研究者・技術者の育成を目指している。この目標を実現する上で,海外研修は絶大な教育効果があると考えている。
そこで,早い時期から国際感覚 を身につけるため,これまで高校1年時に海外研修を実施してきた。世界的な課題に先進的な 取り組みを行っている国々を選定し,人類が直面している様々な諸問題を理解し,私たちにできる取り組みを考えさせる。これにより,より強く国際的な諸問題や科学技術に興味を抱かせることができると考えた。さらに,研修には必ず現地の高校生や科学者の方々と英語で交流するプログラムを取り入れ,様々な取り組みや考え方の交流とともに,英語によるコミュニケーションを積極的に行わせることも心がけた。
これまでの4年間は,国際的に最先端の科学技術を駆使し,また環境問題にも先進的に取り組んでいる国・企業を訪問し研修を行ってきた。1期生は,デンマーク・ドイツを訪れ,ヨーロッパ最古級の科学教育の場と最先端の環境対策に感動して帰ってきた。2,3期生は,環境対策の先進地で,大規模な先端産業の拠点であるアメリカ西海岸を訪れ,名門スタンフォード大学で実習し,研究者との交流や最先端の教育に強く感化された。4期生は,北欧フィンランドで研修を行い,国を挙げての環境対策とともに,本校でも一部導入しているフィンランド教育を目の当たりにした。これらの研修の成果・評価は,生徒たちが作成した海外研修報告書や,アンケート結果などからも分かるように,当初の目的を十分に達成できていたと自負している。 これに伴い,今年度の研修地は,個々の訪問先に違いはあるものの,昨年と同じフィンラン ドを選定した。このフィンランド研修では以下の3点に主眼を置いた。
(1)急成長を遂げた国の政策と,人々に根づいた環境対策を調査する。
(2)自然環境と調和しつつ,最先端の高度な科学技術を実現した取り組みを調べる。
(3)現地の高校生との交流や科学者・技術者との交流を通して,フィンランド教育がもたらした成果を理解する。
フィンランドは,過去4年間に得られたような研修成果が十分に期待できる研修地である。加えて今年度は,現地の大学の日本人留学生との交流や建築視察,水質検査を行うなどの,新たな試みも取り入れ,これまでの成果にプラスして,自分たちの考え方と国際的な考え方の違 いを考察したり,今後の取り組みに具体的に応用できる研修を行うことを目的とした。そして この研修により,国際的なものの見方・考え方を理解し,現在の日本と比較したり,あてはめ ることができるかということも,考えられるようになることを期待した。また,先進的な取り 組みをしている国々に興味を持たせ,自らが国際的に活躍できる人材になるよう,高い意識を 持つことも期待した。
2.研修日時 平成22年8月22日(日)〜8月27日(金)
3.研修場所 フィンランド共和国 ヘルシンキ エスポー
4.対象生徒 高校1年10組 SSコース 43名 ,1年3組 Iコース 1名
5.実施内容
(1)エスポー市立オラリ中学校・高等学校訪問
学校の概要説明を受けた後,6つのグループに分かれてオラリ中高の生徒に学校内を案内してもらった。いろいろな授業や施設を見学しながら,個々に案内の生徒に英語で質問をしながら交流することができた。フィンランド教育の実情を知ることができ,少人数制やIT機器を駆使した授業,その他優れた教育システムに感銘を受けた。ただし,個々の生徒の自己管理が徹底されていなければ教育効果が上がらないことも実感できた。
あらかじめ,日本で用意しておいた日本に関するプレゼンテーションを,オラリ中高の生徒に英語で披露した。プレゼンテーマは,「日本と武庫川と私たち」「日本の環境問題と対策」「日本の科学技術」の3テーマ。時間の関係で,質疑応答の時間はとれなかったが,カイサ ティッカ校長先生には大変立派なプレゼンでしたと言っていただいた。
(2)ヘルシンキ大学訪問
4つあるキャンパスのうち,理系の学部が集まった2つのキャンパスを訪問した。
カンプラキャンパスでは,日本人留学生の方と交流することができた。フィンランドでの学生生活や大学の教育システム,研究や論文の書き方で日本と大きく違うところなどを,楽しくお話しいただいた。ただし,このお話しの中でも自己管理の徹底が強調されていたことが生徒たちの印象に強く残った。また,図書館や研究室の見学もさせていただき,国と
大学が中心になって,子どもたちに実験体験をさせるシステムを説明していただいた。フィンランドの科学教育の力強さを感じた。
ヴィッキキャンパスでは,食物研究所のハンヌ サロヴァーラ教授に,ご自身が研究されている新しい機能性食品について講義していただいた。あわせて,ご自身の経験から,一つの研究を進めるためには多種多様な知識がなければ研究を進めることはできない。研究とはそういうもので,一つのものから広い視野を持って学習・研究することが必要であるとお話しいただいた。

(3)フィンランド建築視察
フィンランドで活躍する女性建築家のナガヤ トモコ氏に説明していただきながら,ヘルシンキ市内の建築物を見学した。北欧ならではの建築物や,フィンランドを代表する世界的な建築家アルバ アアルトの建築物の特徴などを説明していただいた。
(4)フィンランドエネルギー会社 Fortum社訪問
ヨーロッパ有数の環境配慮型エネルギー会社であるFortum社を訪問した。北欧で最大の発電量を誇る電力会社でありながら,環境に徹底的に配慮した発電方式を,多方面の国や企業と共同で研究している。また,子どもたちにエネルギーの大切さを理解してもらうために,楽しみながらエネルギーに関する学習ができるゲームを学校に無料配付するなどの取り組みを紹介していただいた。発電所の施設見学もさせていただいた。

(5)フィンランド国立技術研究センター VTT
産官学が一体となって運営する研究施設であるVTTを訪れた。広範な技術を扱う国立の受託研究組織でるあるが,運営費の3分の2は顧客である企業から出されている。各分野のトップクラスの研究者が集まり,多くの企業の様々なニーズに研究力で応えている。アアルト大学内に施設があり,大学とも連携した研究がなされている。厳重なセキュリティー体制が取られており,施設見学はできなかったが,VTTの取り組みを丁寧に説明していただいた。

(6)フィンランド科学センター ヘウレカヘウレカは,いわゆる科学館である。しかし,子どもたちに科学の楽しさを体験させながら教えるだけではなく,国と学校とも連携し,子どもたちに科学を教える立場の教師に対する研修プログラムを多く持つ。フィンランドの科学技術力を支える教育力の力強さを感じた。
(7)ヌークシオ国立公園 フィールドワーク
フィンランド森林協会元会員のユリ マッコネン氏に説明していただきながら,フィンランドの森林環境をフィールドワークで学んだ。北欧の森の植生から,森の利用方法や保全方法など,北欧に暮らす人々の森とのつきあい方,森に対する考え方を教えていただいた。日本から持参したパックテストを用いて,森の中にある湖の水質検査を試みたが,一カ所でしか検査することができず,考察するに値しなかった。
6.まとめ・効果・評価
各研修地での成果や評価は次の通りである。
(1)エスポー市立オラリ中学校・高等学校訪問
フィンランド教育に感銘を受けながらも,このまま日本に導入することができるか,また,日本の教育の良さも再認識することができた。プレゼンに関しては,日本で事前にプレゼンを考え,作り上げていく過程から,発表に至るまで,大変苦労の連続であったが,日本や世界の科学技術や環境問題を再認識し,現地での発表を無事に終えることで,大きな達成感を味わうことができた。
(2)ヘルシンキ大学訪問
カンプラキャンパスでは,自分たちと年の近い先輩が,一人で海外で学んでいる姿を見て,尊敬のまなざしで見ると同時に,自分たちも海外で学ぶことができるかもしれないと考え,具体的な留学の方法やその他の海外の大学ことも,積極的に質問していた。そんな中で,日本の高校のレベルはかなり高いものであることを言われ,自信にもなったようである。
ヴィッキキャンパスでは,大変難しい講義であったが,生徒たちは真剣に聴き,メモを取りながら何とか理解しようとつとめていた。講義後,講師の先生を取り囲み,必死で英語で質問していた。快く質問に応じる姿に,生徒たちは科学者の考え方・業績のみならず,様々なことに対する姿勢にも感動していた。
(3)フィンランド建築視察
普段の学習ではなかなか馴染みのない建築学というものを意識するきっかけとなった。地域や気候に適した建築物や,建築家のこだわりなどを見聞きし,建築学の奥深さを知った。建築学に興味を持った生徒も少なくない。
(4)フィンランドエネルギー会社
Fortum社訪問
大手の企業でも,常に環境に配慮した取り組みを行っており,人々に根づいた環境保護意識に気づかされた。また,将来を担う子どもたちに楽しみながら教育を施す企業としての責任の果たし方も知ることができた。自分たちが将来科学者になったとき,環境や地域の方々に対する取り組みも考える良い機会となった。
(5)フィンランド国立技術研究センター VTT
トップクラスの研究者が集まる研究施設を訪問することができ,感激した生徒も多かった。 国立の研究所でありながら,大学とも連携し,企業が出資するなど,まさに産官学が一体となった研究施設を目の当たりにした。そして,ここでも日本ではどうか,このシステムを日本に あてはめることはできないか,また,研究とは?ビジネスとは?という疑問に,研修後のディ スカッションも白熱した。高校1年生の生徒たちにはかなり背伸びをした研修であったが,非常に刺激的な経験をさせていただいた。
(6)フィンランド科学センター ヘウレカ
単なる体験型の科学館ではなく,教師を教育するプログラムを多数持ち,フィンランドの科 学教育の力強さを感じた。ここでも,日本との違いをしっかり意識し,先進的な取り組みをどのようにすれば我々に反映させることができるか,ということを考えるきっかけとなった。
(7)ヌークシオ国立公園 フィールドワーク
日本の森林との比較もでき,自然とふれあえる体験ができたことは,非常に有意義であった。 生徒たちの印象にも強く残る研修であった。水質検査に関しては,日本でも実施することができ,フィンランドのものとの比較が楽しみであったが,現地ガイドとの打ち合わせが不十分であったこともあり,課題が残った。今後は,研修プログラムの中に大きな位置づけとして取り入れ,来年度以降につなげて実施して欲しいと思う。
以上のように,今年度の海外研修も生徒たちにとって非常によい刺激を与える形で終えることができた。各研修地で感銘を受けただけではなく,明らかに「世界では?」「日本では?」「今の自分たちは?」「将来の自分たちでは?」ということを考えられるようになり,国際的な諸問題を常に意識し,その対処方法を自然に考察するようになってきていると感じる。また,そのために必要な英語をはじめとする語学の習得に関しても,その必要性を強く感じるようになり,以降の学習で積極的な姿勢を見せ始めている。研修内容を周囲の人たちに発表する機会も多く設け,生徒たちもモチベーション高くそれに臨んでいる。このことは今年度のみのことではなく,これまでも同じような傾向が見られた。明らかに研修前後では,世界に対する意識の持ち方,英語力の習得にかける力の使い方,そして,問題を解決しそれを周囲に広げようとする姿勢に違いが見られる。加えて,先進的な取り組みをする国々やその取り組み自体にも興味を示すようになってきている。目の前にある小さなことにも興味を持ち,それを論理的に考えられるようになり,科学的な目線で物事を見ることもできるようになりつつある。他者との意見や考え方の違いなどは,意識してディスカッションさせるようにし,他者を抑えるのではなく,その考え方を取り入れ,そして,新たな見解を導き出す練習も積めるようになっている。 これらの成果は,どんな研修よりもこの海外研修が大きく関与しているであろう。
今後も,研修地の選定や,研修内容の再考は当然必要であるが,これまでの研修を概ね踏襲していけば,まだまだ効果は期待できるであろう。
|