「研究最前線 その1 — 副作用のない抗がん剤を目指して —」
中瀬朋夏
ヒトの体は60兆個もの細胞から成り立ちますが、そのすべての細胞は、とても薄い膜で覆われ、細胞の中と外を分けています。薄い膜なら何でも通しそうですが、限られた物質しか通過できず、物質の出入りは厳しく管理されています。つまり、薬を飲んだら、何でも細胞に到達し、細胞内に入るというわけにはいかないのです。ですから、薬の開発においては、この膜を効率よく通過できる薬を創ることが重要です。特にがんを治したい場合、抗がん剤をがん細胞にだけ通過させたいわけですが、細胞の膜の通過効率が良い抗がん剤は、がんをやっつける一方で、薬ががん細胞だけではなく正常な細胞をも通過してしまうために副作用が出てしまうということが起きてしまいます。
そこで、細胞の膜が持つ、トランスポーターという特定の物質だけを運ぶ輸送屋が注目されています。トランスポーターは、細胞の機能を調節するために、必要なもの(栄養素や微量元素)を選んで取り込む役目を担っています。この優れもののトランスポーターには、様々な種類があって、それぞれ輸送する物質が決まっていますが、最近、正常な細胞とがん細胞では、持っているトランスポーターの種類が異なることが分かってきました。がん細胞だけが持っているトランスポーターを見つけて、そのトランスポーターが運んでくれる薬あるいはトランスポーターを壊す薬を創れば、副作用のない抗がん剤ができます。
しかし、がん細胞は、抗がん剤のような異物は排出してしまう巧みなトランスポーターも持ち合わせており、この排出システムを回避できる技をも持つ抗がん剤を創る必要があります。
トランスポーターを指標としてがん細胞だけを通過し、かつ、排出トランスポーターに捕まらないようなトランスポーターをキーとする薬の開発は、がん治療に革新をもたらす可能性を秘めています。がん細胞ではどんなトランスポーターが働き、どのような薬が効くか、がんの仕組みを解明し、新たな治療法開発のために、日夜、研究は続きます。