センター長挨拶

武庫川女子大学発達支援学術研究センターは文部科学省所管の平成19年度私学助成オープン・リサーチ・センター整備事業に関わる構想であり、本学の発達臨床心理学研究所、大学院文学研究科心理臨床学専攻、文学部心理・社会福祉学科の教員11名(杉村省吾、白瀧貞昭、井上雅勝、井関良美、大西次郎、小花和W.尚子、萱村俊哉、齊藤文夫、佐方哲彦、西井克泰、本多 修)および外部研究員9名(大島 剛、沖田善光、小西行郎、十一元三、杉浦敏文、冨永良喜、宮口幸治、森田喜治、J.A.Sergeant)、合計プロジェクト参加研究者数20名で構成された整備事業である。本オープン・リサーチ・センター構想の母体の1つとなった武庫川女子大学発達臨床心理学研究所は、今から約30年前の昭和54年12月、附属幼稚園再開園に伴い、武庫川女子大学最初の附置研究所として「幼児教育研究所」(現「発達臨床心理学研究所」)が開設されたものである。本研究所の当初の研究目的は、幼児教育の理論と実際について具体的・実践的研究を行うとともに、心理教育相談についての研究を深め、これを学校教育に反映させることにあった。しかし本研究所創設20年後の平成11年大学院心理臨床学専攻が新設されるのにおよんで、研究活動・相談活動の他に、将来、心の専門家である臨床心理士を目指す院生の心理臨床実習施設としての教育的機能をも果たすことになった。その後、スタッフおよび研究内容も次第に充実し、また、発達障害、いじめ、自殺、不登校、虐待、家庭内暴力、スト−カ−行為、ドメスティック・バイオレンスなどの相談件数の増加に伴い、地域社会に開かれた研究・教育・相談機関として@発達心理学研究部門、A臨床心理学研究部門、B心理教育相談部門、C啓発的活動部門の4部門に分かれて活発な研究活動が展開されてきた。このように本構想が立ち上げられたのは、恣意的にテーマを着想したのではなく、発達臨床心理学研究所の約30年、文学部心理・社会福祉学科の約20年、大学院文学研究科心理臨床学専攻(現大学院臨床教育学研究科臨床心理学専攻)の約10年間にわたる研究と教育および地域連携の実績に基づき構想が構築されたものである。

本オープン・リサーチ・センター整備事業に関わる発達支援学術研究センター構想の正式な研究プロジェクト名は、「健康な心理・神経発達の阻害要因の解明および支援方法開発に関する前方視的研究」であり、人文・社会系の審査区分で、高度専門職業人養成、研究成果等公開型で審査を受けたところ幸いにも採択され、平成19年4月1日付けで学内にセンターが設置された。以下、オープン・リサーチ・センター構想調書に基づき本構想の概要の一端を記述する。

(1) 本研究プロジェクトの目的

現在、我が国では多くの子どもの発達における精神保健上の問題が社会的問題として表面化しており、これにどう対処すべきかが大きな議論の的になっている。この問題の背景として、少子化、核家族化、高齢化を中心とする社会環境の変化が関係しているのではないかと想定されている。また、近年、保護者および養育者による児童虐待件数も急増しており、都市化や核家族化の急激な進行による養育者の社会的孤立、あるいはそれにともなう養育者の育児不安が虐待の背後にあると思われる。このように、現代の子どもたちの心の諸問題は社会環境の変化とともに増加し、かつその態様も多様化しつつあるのが現状である。

このような社会的状況の中で、本プロジェクトの目的は、各市町村が担当する1歳半時健診の場を、心理・福祉や医療などの分野に属する、子どもの健康な発達を目標とする専門家が協力して作業を行う場として設定することによって、子どもの発達を継続的に観察し、健康な発達の歪みや発達障害にいたる過程とメカニズムを明確にしていこうとするところにある。また脳科学的な解明も含めて早期に子どもの発達上の障害を発見していく。さらには「障害のある子」を持つ養育者や学校教員への支援、あるいは反社会的行動に走る少年らの矯正的支援プログラムを開発することも目的としている。

(2) 研究課題

具体的な研究課題を列挙すれば次の通りである。即ち@一斉健診からスタ−トする子どもの前方視的発達フォローアップ体制の構築。A発達リスク児の早期発見と早期支援。B発達障害の脳科学的解明。C発達リスク要因とメカニズムの解明。D発達リスク児・障害児・養育者への支援などである。これらのプログラムは神戸市の賛同を得ており、同市をモデル地区として研究と実践活動が平成19年度からすでに開始されている。具体的には神戸市子育て支援課(保健所)における1歳半時健診に研究チ−ムが参加し、発達を阻害する可能性のある「発達リスク児」を判別するための指標の作成がすでに着手されている。

健診によって抽出されたハイリスク児には、保護者の要望とインフォ−ムドコンセントが得られたケ−スについては、研究所棟5階および6階に新設されたSSP(Strange Situation Procedure)室において母子愛着関係成立状況を客観的に評価し、身体的素因に問題がある場合には、必要に応じてEEG(脳波)室において精査が行われる。これらのデーターは中央図書館11階のオープンリサーチセンター本部にてデーター解析され、その結果に応じて後方視的フォローアップとしての心理療法や療育が発達臨床心理学研究所のプレイルームおよびカウンセリングルームで開始されることになる。研究と支援的実践活動の成果は、各種シンポジウムや市民向けの公開講座などを開催し、ホ−ムペ−ジでも公開していく。初年度のオ−プンリサーチセンタ−公開シンポジウムは発達臨床心理学研究所との共催により「こどもの発達困難性への科学的解明」を開催した。第1部(白瀧貞昭司会)J.A.Sergeantアムステルダム自由大学教授「発達障害の脳科学」、第2部(杉村省吾司会)白瀧貞昭本学文学部教授「発達障害の早期発見と支援」、大島 剛神戸親和女子大学教授「さまざまな環境で子どもが育っていくこと−児童発達心理臨床へのいざない−」(延べ聴衆171名)を開催した。平成20(2008)年よりオープン・リサーチ・センターセンタ−と発達臨床心理学研究所の共催で学術講演・公開シンポジウムを年5回開催することになった。

この度「武庫川女子大学発達支援学術研究センター」研究成果報告書第1号を上梓することになった。研究プロジェクトが始動して初年度のことでもあり、必ずしも充分な研究成果とは言い難いが、大方のご叱正を仰ぎ、今後、充実した研究成果となるように、研究員一同研鑽を積み重ねていきたいと考えている。

平成20年3月31日