福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2016年12月19日(月) No.149
Philippen, P.B., Legler, A., Land, W.M., Schuets, C., & Schack, T. (2014) Diagnosing and measuring the yips in golf putting: A kinematic description of the involuntary movement component thai is the yips. Sport, Exercise, and Performance Psychology, 3, 149-162. doi: 10.1037/spy0000020
<コメント>久しぶりにゴルファーのパッティングイップスに関する実験研究論文を読みました。イップスを有する6名のゴルファーとイップスを有しない6名のゴルファーが実験室での1.5mのパッティング課題を行っています。その際に両手で打つ条件、利き手である右手のみで打つ条件、非利き手である左手のみで打つ3条件が設けられています。加えて、ボールを打たずにシミュレーション(≒素振り)のみをする条件と、実際にボールを打つ条件も設けられており、打つ手の条件が3つ、ボールの有無が2つの計6条件でそれぞれ15試行のパッティング(計90試行)を行っています。またイップスゴルファーに関しては事後的にイップス症状が出た試行と出なかった試行を分けて、症状が出た試行と出ない試行の動作(クラブや肘のローテーション運動)や筋活動(左右の前腕屈筋と前腕伸筋の筋放電量)が比較されています。主要な結果として、症状が出た試行では出なかった試行に比べて、右手のみでパッティングするときにパターヘッドのローテーション最大速度が大きくなることや、パターの開閉数が多くなることが示されています。筋活動に関しても、症状が出た試行では出なかった試行に比べて、右手のみでパッティングするときに筋放電量が大きくなる傾向が出ています。群(2)×打ち方(3)×ボールの有無(2)×イップス症状出現の有無(2)の詳細な実験設定がなされているにも関わらず、結果として記述されているのが右手のみで打った時のイップス症状の有無に限定されている点がとてももったいなく感じ、その他の条件ではどのような結果が得られているのか非常に気になりました。イップスを実験的に研究するときの問題点として、スポーツの実環境ではない実験環境ではイップス症状が出にくいという問題があるのですが、この問題点を、この研究のようにイップスの症状が出た試行と出なかった試行に事後的に分けて分析するという方法は、今後の研究に対してとても参考になりました。

2016年12月12日(月) No.148
Woodman, T., Barlow, M., & Gougulu, R. (2015) Don't miss, don't miss, d'oh! Perfromance when anxious suffers specifically where least desired. The Sport Psychologist, 29, 213-223. doi: 10.1123/tsp.2014-0114
<コメント>Wegner et al. (1987)の白熊実験に端を発している皮肉過程理論では、「〜するな」という教示を受けると、その後に想起してはいけないことを皮肉にも想起するようになってしまう現象を捉えています。前々回の紹介論文(No. 146)では、野球の投手の投球コントロールがプレッシャー下ではこの皮肉過程理論の則って、投げてはいけないところに投げてしまうことが示されていました。今回の紹介論文でも同様な現象が報告されており、実験1では、ホッケーのPK課題を用いて、課題成績の競争による賞金を懸けたプレッシャー条件では打ってはいけないと呈示されたエリアに打ってしまい、その結果、PKの成功率も落ちることが示されています。実験2では、ダーツを課題に用いて、課題成績の競争による賞金を懸け、課題成績が学内に掲示されるというプレッシャー条件で、実験1と同様に投げるとマイナス得点になってしまうと呈示を受けたエリアに投じてしまい、課題成績も低下することが示されています。考察では、なぜこのようなことが起こるのかという疑問に対して、視線行動を伴う注意による説明や、思考やセルフトークなどの認知面の影響が挙げられており、皮肉過程理論によるパフォーマンスの低下を防ぐための方法として認知行動療法の有効性が提言されています。また、神経質やナルシストのような性格特性を絡めた研究を今後していく将来の展望も述べられています。プレッシャーによるパフォーマンス低下の原因を認知的側面から探る研究では、注意機能に焦点を充てた研究が主流でしたが、この研究のように「〜してはいけない」という思考が原因であるというエビデンスが蓄積され始めています。

2016年12月5日(月) No.147
Naugle, K.M., Hass, C.J., Joyner, J., Coombes, S.A., & Janelle, C.M. (2011) Emotional state affects the initiation of forward gait. Emotion, 11, 267-277. doi: 10.10037/a0022577
<コメント>快感情や不快感情を誘発する写真刺激(IAPS: International Affective Picture System)を用いて、快感情や不快感情を誘発したなかで歩行課題を実施させ、歩行前の予測的姿勢調節(APA: anticipatory postural adjustment)、反応時間、1歩目の歩行速度に感情がどう影響するかが調べられています。結果として、反応時間は不快感情を誘発し、加えて高い覚醒を誘発する写真においてのみ速くなったのですが、予測的姿勢調節に関しては快感情(高覚醒写真と低覚醒写真の両方)写真を見たときに、後ろ方向へのCOPの移動距離や移動速度が増加し、それに連動して1歩目の歩行速度が速くなることが示されています。不快感情に伴う反応時間の短縮は高覚醒写真に限定的に現れていることから、この結果には情動反応ともいえる闘争-逃走反応(fight-flight responce)が関与していることや、快感情に伴う予測的姿勢調節や歩行速度の増加は、快感情による接近行動メカニズムが関与していることが、快感情や不快感情によって上記の変数に変化が出た理由として考察されています。予測的姿勢調節は運動前野や大脳基底核によって調整され、歩行運動は脊髄や脳幹による調整がなされることから、快感情条件では前者の脳機能が行動の変化に関与しているという考察も興味深かったです。

2016年11月28日(月) No.146
Gray, R., Orn, A., & Woodman, T. (in press) Ironic and reinvestment effects in baseball pithching: How if\nformation about an opponent can influence performance under pressure. Journal of Sport & Exercise Psychology. doi: 10.1123/jsep.2016-0035
<コメント>野球の投手のコントロールや投球フォームに心理的プレッシャーが及ぼす影響を調べている早期公開論文になります。24名の大学生野球投手が実験に参加していますが、ストラークゾーンを4分割し、あるグループ(12名)には4分割のどこか1か所がランダムに打者の苦手ゾーンと教示されてそこに対して投球することを求めます。もう一方のグループ(12名)には打者の苦手ゾーンに加えてもう一か所打者の得意ゾーンも呈示したなかで、苦手ゾーンに投球することを求めます。最初のグループは賞金50ドルやビデオ撮影された映像をコーチが評価するというプレッシャー条件で、苦手ゾーンに投げれなくなり、その他の3つのゾーンにボールが散らばります。その時のフォームを動作解析すると一球毎のフォームのばらつきも大きくなるという結果が得られています。また後半のグループも、プレッシャー条件では苦手ゾーンに投げれなくなるのですが、その分相手の得意ゾーンに投げてしまう確率が高まることが示されています。このグループのプレッシャー条件でのフォームに関しては、前半のグループのようなばらつきの増大はなく、動作のエラーよりも動作の前段階の運動プログラミングのエラーであることが考察されています。これらの結果から論文タイトルにもあるように、前半のグループのプレッシャー条件でのコントロールミスは再意識化(reinvestment)仮説で説明でき(意識的処理仮説や顕在モニタリング仮説も同義)、後半のグループのコントロールミスは皮肉(ironic)過程理論で説明できることがこの論文のオリジナリティーと言えます。序論では、スポーツの試合場面で相手の長所や短所などのビッグデータを活用しやすい時代背景も書かれており、相手の長所を知ってしまうことがプレッシャー下でのパフォーマンスには負の効果があることも書かれており、凄く面白い着眼点に感じました。

2016年11月7日(月) No.145
Devanathan, D., & Madhavan, S. (2016) Effects of anodal tDCS of the lower limb M1 on ankle reaction time in young adults. Experimantal Brain Research, 234, 377-385. doi: 10.1007/200221-015-4470-y
<コメント>頭皮上から微弱な電気刺激を与えることによって局所的に大脳皮質の活性を促通したり、抑制させることが可能な経頭蓋電気刺激(tDCS)をいう手法が2000年を皮切りに出て来ましたが、昨年、日本臨床神経生理学会に参加し、さまざまな発表を聴く中で、ここ数年でこの手法を用いて運動機能に及ぼす影響を調べる研究が爆発的に増えている印象を受けました。この論文もその1つと言え、一次運動野の下肢筋支配領域に1mAの電気刺激を15分間(パッドの大きさは5cm×2.5cm)与え、足関節の背側運動および底屈運動の単純反応時間と2選択反応時間、手関節伸展の単純反応時間と2選択反応時間、符号と数字のマッチングから認知能力を測るSymbol Digit Modality Test(SDMT)のプレポスト比較が行われています。反応刺激から筋活動のonsetまでを反応時間として分析していますが、結果もクリアで、sham(プラセボ)刺激ではプレからポストにかけて単純反応課題と選択反応課題ともに足関節運動反応が遅くなる中で、一次運動野の活性を促進させるanodal刺激を与えたときには選択反応課題に限定的に足関節運動の反応時間が早くなる結果が得られています。このような結果は、手関節運動や認知テストでは観察されず、刺激部位に特異的な反応であることが結論付けられています。単純反応課題と選択反応課題の違いは、運動前野を中心とした脳内での運動プログラミングの負荷量にあり、運動プログラミング機能の向上がanodal電気刺激によってもたらされたことが主に考察されています。

2016年10月31日(月) No.144
Nieuwenhuys, A., Salvelsbergh, G.J.P., & Oudejans, R.R.D. (2015) Persistence of threat-induced errors in police officers' shooting decisions. Applied Ergonomics, 263-272. doi: 10.1016/j.apergo.2014.12.006
<コメント>プレッシャー下でのパフォーマンス低下を防ぐ方法として、練習段階においてプレッシャーを負荷した練習に取り組むことの効果を示すエビデンスが蓄積されてきています。この研究では、57名の警察官を対象に、ビデオ映像に出現してくる相手に対して、銃を持っている場合には早く正確に発砲し、銃を持っていない場合には発砲してはいけない意思決定課題を行わせています。ミス発砲の際には足に強い痛み刺激が加えられるプレッシャー条件でのパフォーマンス低下を防ぐために、ビデオ映像による練習時にプレッシャーを負荷する群、プレッシャーを負荷しない群、ビデオ映像ではなく実際の人間を対象にしてプレッシャーの高い練習に取り組む群、練習に取り組まない統制群の4群比較が行われています。プレッシャーの大きい練習に取り組む群がプレッシャー下での意思決定や、それにともなう銃撃の早さや正確性が良くなるという結果が得られているのだろうなと予想しながら論文を読み進めていたのですが、意外にもそのような結果ではなく、全群において誤発砲誤発砲の割合が少なくなり、さらには発砲条件における反応(いかに早く発砲するか)が早くなることが示されています。

2016年10月17日(月) No.143
Kirsch, W., Konigstein, E., & Kunde, W. (2014) Hitting ability and perception of object's size: evidence for a negative relation. Attention, Perception, & Psychophysics, 76, 1752-1764. doi: 10.3758/s13414-014-0685-4
<コメント>行為やそれに伴う結果の良し悪しによって、空間や速度などの環境の知覚が変化することは、行為特異性知覚(action-specific perception)と呼ばれ、これまでに多くのエビデンスが蓄積されています。これらの殆どの研究では、行為や結果が良いと環境を自己の運動にとって有利に知覚し、反対に行為や結果が悪いと環境を不利に知覚することが示されています。しかしながら、この研究では珍しくも反対の結果が報告されています。3つの実験から論文が構成されていますが、3つの実験の全てにおいてタブレット端末上の円形ターゲットに対して、タブレット上のある地点から正確にポインティングをすることを求める課題を用いています。タブレット上の手の動きは見えないようにし、別のモニターにタブレット画面を複写し、スタート地点からターゲットまでの前半のペンのポインティング軌跡はフィードバックがあるのですが、後半の軌跡はフィードバックがなく、そのような状況で正確に円形ターゲット内にポインティングすることを求めています。実験1ではターゲット円の半径の大きさ(4種類)、ならびにターゲットまでの距離(4種類)が異なる条件が設けられ、課題に成功し、ポインティング動作終了点の変動性(ばらつき)が小さいほど、課題終了後のターゲット円の直径の評価が小さくなることが示されています。実験2ではターゲット円をエビングハウスの錯視図形に変えて同様な検討がなされていますが、実験1と同様な結果が得られるとともに、その傾向は錯視図形の周囲円が小さく、つまりターゲット円が大きく感じる簡単な課題条件で顕著であることも示されています。実験3ではターゲット円までの距離(2種類)によって課題の難易度を操作するとともに、ターゲット円の直径の事後判断とともに課題遂行前の事前判断も課しています。実験2と同様に簡単な課題において、事前と事後の両タイミングでターゲットを小さく知覚することが示されています。なぜ多くの先行研究と異なる結果が得られたのかについてどのようなことが書かれているのかなと思いながら考察を読みました。網膜上に映し出されるターゲットが小さく映し出されるために、簡単な課題においてターゲットを小さく評価するという眼の解剖学的な考察や、簡単な課題においては注意配分が少ないためにターゲットを小さく評価するという認知的な考察、さらには先行研究では複数試行を終えた後に知覚判断課題を行っているのに対して、この研究では毎試行毎に行っている実験手続きの違いによる影響が考察されています。

2016年10月11日(火) No.142
Kinrade, N.P., Jackson, R.C., & Ashford, K.J. (2015) Reinvestment, task complexity and decision making under pressure in basketball. Psychology of Sport and Exercise, 20, 11-19. doi: 10.1016/j.psychosport.2015.03.007
<コメント>38名の男性バスケットボール選手を対象にオフェンス映像を見て、味方の誰にパスを出すかの状況判断に対して、他者評価や賞金に基づく心理的プレッシャーが及ぼす影響が調べられています。3on3と5on5の2タイプの映像が作成されており、3on3は低難易度条件(パスを出す選手の数が2選択)、5on5は高難易度(パスを出す選手の数が4選択)と設定されています。まず回答の正確性や、回答の早さが分析されていますが、プレッシャー条件では高難易度課題に限定的に反応の早さが変わらない中で、回答の正確性の低下が生じるという結果が得られています。さらにこの研究では、スポーツにおける再意識化尺度(reinvestment scale)とスポーツでの状況判断に特化した再意識化尺度(decision-specific reinvestment scale)を事前に測定しており、これらの得点とプレッシャー下での状況判断の回答の正確性や早さの関係が分析されています。結果として、プレッシャーによる高難易度課題における回答の正確性の低下が、過去の状況判断の失敗を引きずって考え続けている反芻(dicision rumination)と相関が高いことが示されています。加えて、スポーツ時や状況判断時に自己に意識を向ける再意識得点(reinvestment)とプレッシャー下での状況判断には相関がないことも示されています。これらの結果を基に、考察では試合において良き状況判断をするためのメンタルトレーニングまで言及されている点が良き論文だなと感じさせられました。反芻的な思考を防ぐために、思考停止法やポジティブなセルフトークを利用することや、認知再構成法の有効性が提案されています。

2016年10月3日(月) No.141
Hordacre, B., Immink, M.A., Ridding, M.C., & Hillier, S. (2016) Perceptual-motor learning benefits from increased stress and anxiety. Human Movement Science, 49, 36.46. doi: 10.1016/j.humov.2016.06.002
<コメント>プレッシャー下でのパフォーマンス低下を防ぐ方法として、練習時にプレッシャーをかけることの効果を実証するエビデンスが近年多くでています。この論文は、その背景にあるメカニズムを証明している研究といえます。フォーストランスデューサ―を用いて光刺激による反応信号が呈示された直後に15、30、45%MVCのいずれかの力発揮を速く正確に行う課題を行わせます。初日には9試行×6ブロック=54試行の練習を行うのですが、その開始前にストレス群は15分間、3ケタの足し算や引き算の暗算課題を時間切迫やミスが増えるとうるさい音が鳴るという教示を受けながら行います。統制群は、15分間1ケタの足し算や引き算の暗算課題を時間切迫やうるさい音恐怖がないなかで行います。つまり練習前の心理的ストレスが早く正確に指を動かす精緻運動の学習にどのように影響するかを調べています。学習期における主な結果としては力発揮の正確性にストレス群と統制群の差はないのですが、反応時間や運動時間に群間差が出ており、ストレス群の方が高いパフォーマンスを示しています。また1日後に保持テストも実施しており、保持テストでは正確性において統制群の忘却が大きく、運動時間に関しても学習期と同様にストレス群の方が統制群に比べて短い運動時間で課題を遂行しています。つまり、運動学習前のストレスによって運動学習が促進することを示している研究になります。なぜこのようなことが起きるのかについて考察を読むのが興味深々で、考察では、ストレスによって体が早く反応するための準備(prime)ができることや、初耳であり詳細は分からないのですがmaximal adaptibility model(最大適応モデル?)を基にストレスによって運動学習の適応が拡大することが考察されていました。

2016年9月26日(月) No.140
徳永幹雄(2016)動きを直せば心は変わる:メンタルトレーニングの新しいアプローチ.大修館書店.
<コメント>本学では9月16日より後期授業が開始しています。この後期には学部2年生を対象に「スポーツ心理学T」という授業を担当しています。少し遅い気もしますが、受講生にとっては大学入学後に初めてスポーツ心理学を学ぶ場になり、スポーツ心理学の初学者といえます。いかにスポーツ心理学が、自己やスポーツ選手にとって重要であるかを感じることができ、さらにはスポーツ心理を学ぶことが面白いと感じられるかを大切に授業をしています。スポーツに取り組む学生が多いため、メンタルトレーニングに関する興味関心がとても高いのですが、今年の4月に発刊されたこの著書では、イラストや図も交えて、スポーツ選手に必要な心理的競技能力や、スポーツ選手が行うメンタルトレーニングが幅広く、分かりやすく解説されています。各章のタイトルを見ても、「心・技・体」「実力発揮」「やる気」「緊張感」「「集中力」「イメージ」「自信」「心理的準備」「反省」などのキーワードから構成されており、スポーツ選手ならびにスポーツ心理学やメンタルトレーニングを学ぶ方にお勧めの著書に感じました。

2016年9月16日(金) No.139
Hasegawa, Y., Fujii, K., Miura, A., & Yamamoto, Y. (in press) Resolution of low-velocity control in golf putting differentiates professionals from amateurs. Journal of Sports Sciences. doi: 10.1080/02640414.2016.1218037
<コメント>先日参加しました運動学習研究会で、同じく同研究会に参加されていた長谷川弓子氏(岩手大学)に紹介いただいた早期公開中の論文になります。ゴルフパッティング課題を用いてプロゴルファーの有する精緻な運動制御力が実証されています。平均ハンディキャップが6.3(ゴルフがかなり上手なシングルゴルファー)のアマチュアゴルファー10名に比べてプロゴルファー10名は、実験室の人工芝上での0.6mから3.3m(0.3m刻みの10条件の距離)のゴルフパッティングを行う際に、インパクト時のパターヘッドの速度が複数試行に渡って安定している(一貫性が高い)とともに、ダウンスイングのパターヘッドの加速度曲線も複数試行に渡って安定していることが示されています。さらに距離条件として設定している0.3m毎の距離の違いによるインパクト速度の違いを分析すると、アマチュアゴルファーよりもプロゴルファーも方が0.3m刻みの精密なインパクト速度の切り替えを行っていることが示されています。ボールをカップインさせるというパフォーマンスの違いはプロとアマでないのですが、パターヘッドの動きを細かに解析することで、プロとアマの精緻な運動制御力の差が見事に抽出されています。プロレベルとレベルの高いアマチュアを比較するという研究目的が、スキルの熟達を調べる運動学習研究において凄く大事な点を付いている気がしました。また、プロのこのような精緻な運動制御力がプレッシャーがかかった状況でどうなるのか、またプロが有する大きな問題であるイップスになったときにどのようになるのかなど、物凄く今後の発展性が高い研究に感じました。考察では距離知覚がこのようなプロの運動制御力に影響している可能性も言及されておられ、知覚と運動のリンクという点からも非常に面白い論文に感じました。

2016年9月6日(木) No.138
Morishita, T. (2016) Interhemispheric inhibition during voluntary movement. Advances in Exercise ans Sports Physiology, 22, 19-23.
<コメント>右手の運動は左脳の一次運動野からの指令、左の運動は右脳の運動野からの指令というように基本的には運動肢は対側(contralateral)の運動野から制御されていますが、同側(ipsilateral)(右手運動の場合は右脳、左手運動の場合は左脳)の運動野の機能が関与しないわけではありません。右脳と左脳の間にある脳梁を介した神経連絡によって、対側運動野の興奮を促通したり抑制したりする調節が行われています。この脳梁を介しての抑制機能がこの論文のタイトルにある半球間抑制(Interhemispheric Inhibition: IHI)と呼ばれるものになります。この論文では、片手の随意運動を用いた研究を中心にこのIHI研究がとても分かりやすく総説されています。主に、運動する手の同側から対側にかけてのIHIは運動時には脱抑制が生じることと、TMS(経頭蓋磁気刺激)の刺激方法の違いによって異なる結果は得られているものの、運動する手の反対の安静にしている手の同側から対側にかけてのIHIは概して抑制が増強することを示す研究が多いことがまとめられています。以前からこのIHI機能に興味関心を抱いており勉強していきたいなと感じていましたが、なかなか手につけられずにいました。このテーマの研究に手を付けていくにあたって、とても参考になる総説論文に感じました。

2016年8月24日(水) No.137
内藤栄一(2016)イメージトレーニングで動作定着と向上を図ろう.コーチング・クリニック,30(9),18-21.
<コメント>定期購読している月刊誌で、今月号の特集は「競技動作&パフォーマンス向上プロジェクト」でした。そのなかでイメージトレーニングに関する解説がありました。はじめにサッカーのネイマール選手とスペインリーグ2部選手とのサッカーのオフェンスイメージをする際の脳活動の違いとして補足運動野や運動前野の活性がネイマール選手のほうが強いことが図も交えて解説されており、体操選手が技のイメージを行うときにも同様な脳活動があることが紹介されています。さらにイメージトレーニングがスポーツのスキル向上に有効となるメカニズムとして、1995年以降における指の系列運動を用いた基礎的な運動学習実験が紹介されています。そのなかでイメージトレーニング後にイメージの内容と関係のない難しい本を読むことや、磁気刺激を用いて手の動きを支配する運動野の活動を抑えることで、イメージトレーニングによる学習効果が低減することも説明されています。「イメージを運動野に書き込むプロセス」と書かれており、ここを抑制することで、うまく習得できないスキルや、よくない動作の書き込みを防ぐことができるという提言がなされており、新たな視点からイメージトレーニングを考えることができました。

2016年8月13日(土) No.136
Ogawa, A., & Sekiya, H. (2016) Effects of practice and psychological pressure on interpersonal coordination failures. Perceptual and Motor Skills, 122, 956-970. doi: 10.1177/0031512516647692
<コメント>私が学部・大学院生時代に所属していた研究室(現広島大学大学院総合科学研究科身体運動心理学研究室(関矢寛史先生))の後輩である小川茜氏を筆頭著者とした論文になります。ペア競技やチームスポーツにおいてこの論文のタイトルにあります個人間協応(interpersopnal coordination)はとても大切であり、近年を中心に国内外でスポーツにおける個人間協応を明らかにする研究が急増しています。この論文ではペアでの系列反応ボタン押しを実験課題に用いて、個人間協応課題における譲歩場面(hesitation)や衝突場面(collision)を抽出し、まずは学習を重ねることによって譲歩や衝突の回数が減少することを示し、譲歩や衝突という観点から個人間協応の学習の進捗が生じることを明らかにしています。さらには、観衆や賞金没収(偽教示)のプレッシャーを負荷した条件では、学習された個人間協応のパフォーマンスが低下し、譲歩および衝突の回数が増えることが示されています。非常にクリアな結果が示されており、スポーツにおける個人間協応の研究のなかで1つの有益な知見を提供する論文に感じました。

2016年8月1日(月) No.135
小笠希将・中本浩揮・幾留沙智・森 司郎(2016)プレッシャーが知覚と運動プランニングに及ぼす影響.体育学研究,61,133-147.
<コメント>当研究室が今年度より取り組み始めているプレッシャー下における力動的知覚をテーマとしたの研究に以前より先行して取り組んでおられる小笠希将氏を筆頭著者とした鹿屋体育大学体育・スポーツ心理学研究室チームの論文になります。前回の紹介論文(No.134)と同様にミュラーリヤー錯視図形を用いて、図形消失後に描かれていた図形の先端を目標にボールを打ち返すゴルフパッティング課題を行わせています。課題遂行前に図形の先端までの距離を25選択肢のなかから選ぶ知覚課題を行わせると、距離を短く見せる短縮錯視図形条件では短く距離を知覚し、距離を長く見せる伸張錯視図形条件では長く距離を知覚しています(非プレッシャー条件)。加えて、10000円を相手に与えないための競争や、対戦相手の成績と比較して点数が低いという偽教示を用いたプレッシャー条件でも、非プレッシャー条件と同様な錯視が短縮錯視図形条件と伸張錯視図形条件の両方において生じていますが、非プレッシャー条件との差までは検出されませんでした。距離知覚の歪曲量においてはプレッシャーによる変化が見られなかった結果と捉えられます。またこの論文では、錯視が運動プランニングや運動パフォーマンスに及ぼす影響を調べるためにバックスイング時のパターの最大速度やボールの停止位置も測定されています。これらの指標に関しては、非プレッシャー条件とプレッシャー条件の差はないのですが、両条件においてターゲットが遠くに感じる伸張錯視条件では知覚の歪曲に連動してパターの最大速度が速くなり、ボールの停止位置も遠くになっていますが、短く感じる短縮錯視条件ではパターの最大速度が遅くならずに、ボールの停止位置も手前にならないという知覚の歪曲に連動しない結果が得られています。遠くに見えることや近くに見えることに伴う自信の違いや、伸張錯視条件では背側経路優位の運動が腹側経路優位の運動にシフトしている可能性が考察では言及されており、今後のこのテーマの研究に対して有益な多くの情報を提案している論文になります。

2016年7月20日(水) No.134
Caljouw, S.R., van der Kamp, J., & Savelsbergh, G.J.P. (2010) Visual illusions and the control of ball placement in goal-directed hitting. Research Quarterly for Exercise and Sport, 81, 410-415. doi: 10.1080/02701367.2010.10599701
<コメント>錯視図形を用いて錯視によって身体動作や運動パフォーマンスがどのような影響を受けるのかを調べる研究は多々行われていますが、錯視が生じた中でも動作やパフォーマンスが影響を受けないことを示す研究や、影響を受けることを示す研究の両方の結果が存在します。この違いが何にあるかについて、錯視図形の視覚情報があるなかでフィードバックを利用するオンライン制御の場合は動作やパフォーマンスが影響を受けにくく、錯視図形の視覚情報が消失し、事前に作られた運動プログラミングに基づくオフライン制御の場合は動作やパフォーマンスが影響を受けやすいことを示したエビデンスも複数存在します。そのようななかこの論文では、ミュラーリヤー錯視図形を用いて、図形消失後に描かれていた図形の先端を目標にボールを打ち返すバッティングシミュレーション課題を行わせ、ボールを打つインパクト時の手の速度を分析することで錯視が動作に及ぼす影響が調べられています。この研究では結果の知識に関するフィードバックを受けながら1650試行の練習が設けられた後に、15試行のテストが行われており、錯視図形の視覚情報がない中でも、インパクト時の手の動作速度は錯視図形の違いに伴う有意差がないという先行研究とは異なる結果が得られています。オフライン制御でも動作が錯視の影響を受けかなかった理由として、1650試行という多くの練習によってオフライン制御を司る腹側経路優位の動作が背側経路優位の動作にシフトしている可能性が考察において言及されています。スポーツスキルの熟練や学習にも関連する重要な結果を示している論文に感じました。

2016年7月11日(月) No.133
Kee, Y.H., Chatzisarantis, N.N.L.D., Kong, P.W., Chow, J.Y., & Chen, L.H. (2012) Mindfulness, movement control, and attentional control focus strategies: Effects of mindfulness on a postural balance task. Journal of Sport & Exercise Psychology, 34, 561-579.
<コメント>ストレスマネジメントに対してマインドフルネスという受動的注意を活用したプログラムが普及していますが、ストレスマネジメントのみならず運動学習や運動制御に対してもマインドフルネスが有効であるというエビデンスが出てきています。この論文では、動かす手に受動的注意を向けることや水の流れをイメージするマインドフルネストレーニングを6分間実施した後に重心動揺計上で30秒間の開眼片足立ちを行い、後半20秒の重心動揺を計測することで、マインドフルネスが姿勢制御の及ぼす影響が検討されています。重心動揺の時系列データからエントロピー値を算出し、重心動揺の円滑性や規則性を調べた結果、MAAS(Mindfulness Attention Awareness Scale)という心理検査を用いて日常的なマインドフルネス傾向が高い群に限定的に、マインドフルネストレーニングによってエントロピー値が大きくなり、重心動揺の規則性がなく円滑な動きになることが示されています。もう一点この論文の興味深い点は、片足立ち後に、動作中の内的注意や外的注意を質問紙も用いて調べており、マインドフルネストレーニングの実施によって外的注意が高まるという結果が得られています。外的注意(external focus)が運動パフォーマンスや姿勢制御機能に有効なエビデンスは多々得られていますが、マインドフルネスが運動制御機能に有効なことに対しても外的注意焦点が貢献していることが考察されています。

2016年7月4日(月) No.132
Nieuwenhuys, A., Canal-Bruland, R., & Oudejans, R.R.D. (2012) Efects of threat on police officers' shooting behavior: Anxiety, action, specificity, and affective influences on perception. Applied Cognitive Psychology, 26, 608-615.doi: 10.1002/acp.2838
<コメント>ナイフを持って走ってくる相手に対して警官がどのタイミングで発砲をするかの距離知覚を実験的に調べた研究になります。プレッシャー状況での距離知覚を検討するためにプラスチックのナイフを持った相手が走ってくる条件を非プレッシャー条件とし、実際のナイフを持つ条件をプレッシャー条件として条件間比較が行われています。また警官は銃をもって向かってくる相手を撃つ実運動群と銃は持たずに向かってくる相手に対して発砲するタイミングを口で言う口頭群を設け、実運動を伴う場合と伴わない場合の距離知覚や、それに伴う銃を撃つという運動選択が比較検討されています。主な結果としては、口頭群ではプレッシャーの有無による発砲タイミングの違いはみられなかった一方、実運動群では非プレッシャー下に比べてプレッシャー下では発砲するタイミングが早くなる(相手との距離が遠い)という結果が得られています。遠くにいるにも関わらず相手との距離が近く見えるためにこのような運動選択をした可能性を検討するために、発砲後に相手との距離知覚を調べていますが、非プレッシャー条件に比べてプレッシャー条件では距離知覚を遠くに知覚している結果が得られており、プレッシャー条件における早期の発砲には距離知覚が影響していないことが書かれています。