福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2017年6月26日(月) No.165
Sulloway, F.J., & Zwiegenhaft, R.L. (2010) Additional commentary on birth order and attempted base stealing among major league brothers in Baseball. http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/summary?doi=10.1.1.704.4807
<コメント>今年度の卒論で出生順と運動能力や心理的スキルをテーマに進めている学生がおり、先行研究を調べるなかでこの論文にヒットしました。兄弟でアメリカのメジャーリーグ・ベースボールに所属した選手を対象に、長男と次男以降の盗塁チャレンジ率が回帰分析やクロス集計に対するカイ二乗検定により調べられています。長男よりも次男以降の方がチャレンジ率が高く、この結果には野球能力を反映する1つの指標であるメジャーリーグにスカウトされた年齢(早いほうが能力が高い)や、打撃力、メジャーリーガーとしてのキャリア年数の影響は受けないことが紹介されています。長子よりも二児以降の人の方が有能なスポーツ選手が多い理由は複数考えられていますが、危険を恐れないチャレンジングな性格特性もその1つの理由になることを提言しているデータといえます。

2017年6月19日(月) No.164
Correll, J., Urland, G.R., & Ito, T.A. (2006) Event-related potentials and the decision to shoot: The role of threat perception and cognitive control. Journal of Experimental Social Psychology, 42, 120-128. doi: 10.1016/j.jesp.2005.02.006
<コメント>銃社会のアメリカでは警官が黒人や中東の人に対して誤発砲をしてしまうことが問題になっています。黒人や中東の人がバイオレンスであると認識している人種に対するステレオタイプが原因とされており、そのようなステレオタイプによって撃つ・撃たないという運動選択や、打つ際の反応時間などの運動実行が影響を受けます。この問題に対して多くの研究が行われているのですが、この研究では脳波の事象関連電位を測定することで、刺激(銃を持っているもしくは持っていない相手)に対する注意と行動抑制の客観的評価が行われいます。銃を持っている相手には撃つという選択をし、持っていない相手には撃たないという選択をするのですが、その意思決定までの時間は、銃を持った相手の場合には相手が黒人のほうが白人に比べて早く、銃を持たない持たない相手では相手が白人のほうが黒人よりも早いという違いが得られています。脳波の事象関連電位に関しては、刺激に対する脅威を反映するP200振幅が相手が黒人の方が白人に比べて大きく、行動抑制を反映するN200の振幅は相手が白人の方が黒人よりも大きくなっています。事象関連電位からも黒人に対しては脅威によって行動抑制ができなくなり発砲してしまうことが裏付けられたといえます。またこの研究では、質問紙により黒人個人に対する脅威のステレオタイプや、黒人文化に対するステレオタイプも測定し、それらの値と上述の行動や脳波指標との相関分析も行われており、黒人文化に対する脅威のステレオタイプが大きい人ほど、P200振幅が大きくなり、N200振幅は小さくなることも示されています。

2017年5月29日(月) No.163
増澤拓也(2017)トレーニングによるバランスの向上.体育の科学,67(5),353-356.
<コメント>スポーツにおいてバランスは極めて重要な役割を果たし、当研究室でもバランスをテーマとしたスポーツ心理学研究に取り組んでいます。『体育の科学』にて今年の3月号から『バランスを高める多角的アプローチ』のいう連載解説が行なわれており、その第3回目の解説になります。静的バランスと動的バランスの定義や、COP(Center of Pressure)による静的バランスと動的バランスの測定法に始まり、その後はバランスの制御機構について、感覚系(平衡感覚、固有感覚、皮膚感覚)、フィードバック制御とフィードフォワード制御、身体内部情報のノイズの補償、自由度の凍結と開放の視点から解説がなされています。続けて、バランスの学習に対する、足首・膝・股関節、ならびに体幹の貢献が自転車のウィリー技能の学習研究を例に紹介されています。最後に、バランストレーニングに対するポイントとして、転倒リスクの考慮、重心位置の感覚の内部基準化、注意焦点、不安定性の増大などが提案されています。

2017年5月22日(月) No.162
Witt, J.K., Schunk, D.M., & Taylor, J.E.T. (2011) Action-specific effects underwater. Perception, 40, 530-537. doi: 10.1068/p6910
<コメント>身体能力に連動して外的環境の知覚が変化するaction-specific perceptionが水中での泳力に関しても起こることを実証している論文になります。57名のスイマーを対象にまず泳力評価を行い1〜5のレベル分けを行っています。その後に水中に沈んでいる物体を泳いで拾うことを想定し、スタート台から物体までの距離の評価を行わせています。泳力評価が2や3の初級スイマーに比べて、評価が4や5の競技スイマーは距離を近くに知覚し、さらには2mの近い距離よりも4m以上の遠い距離の方ほど近くに感じることが示されています。また足にフィンを付けて知覚判断を行う場合と、フィンを付けずに判断を行う実験も行われており、泳力評価の点数に関わらず、フィンをつけて泳ぎやすいと感じるほど物体までの距離を近く感じることも合わせて示されています。

2017年5月8日(月) No.161
Clarke, P., Sheffield, D., & Akehurst, S. (2015) The yips in sports: A systematic review. International Journal of Sport and Exercise Psychology, 8, 156-184. doi: 10.1080/1750984X.2015.1052088
<コメント>当研究室の卒業論文や修士論文で、スポーツ選手のイップスのテーマとした研究に取り組みたい学生がおり、スポーツのイップスに関する国内外の論文を収集しております。この総説論文では、スポーツに限定したイップスに関する国際誌25編がまとめられています。種目に関しては、ゴルフに関する研究が多いのですが、テニス、ペタンク、射撃、ランニング、クリケット、卓球、ダーツなど多岐に渡っています。イどれくらいの選手がイップスを患い、それがパフォーマンスにどれほど悪影響を及ぼすのかという基本データとともに、心理面に関しては、イップス選手と非イップス選手を対象に種々の心理検査を用いた研究では、多くの心理指標にイップス選手と非イップス選手の差がないことや、インタビュー調査の言語データによる質的研究からイップス選手の心理的特徴がまとめられています。生理面に関しては、筋電図、動作解析、MRI、X線、脳波、心拍数、グリップ把持力を測定している研究の結果が解説されています。対処法に関しては、パーキンソン病やてんかんなどを治療するため薬物をイップス選手が服用しその効果を報告する研究や、針治療の効果を報告する事例研究が紹介されています。心理的対処として、emotional freedom techniueという技法の効果を調べる研究もあるようです。また最後に、イップスの定義として、タイプT(神経的問題)とタイプU(心理的問題)、タイプV(その両方)の連続体で考えられることが提案されており、今後の研究の指針として、イップ選手をこれらのタイプに分類する研究や、心理面や生理面などを複合的に調べる研究の必要性が提案されています。

2017年4月19日(水) No.160
Clerkin, E.M., Cody, M.W., Stefanucci, J.K., Proffitt, D.R., & Teachman, B.A. (2009) Imagery and fear influence height perception. Journal of Anxiety Disorders, 23, 381-386. doi: 10.1016/j.janxdis.2008.12.002
<コメント>高所恐怖症と転落イメージの相互作用によって、バルコニーから地面を見たときの高さ知覚が延長する(地面が遠くに見える)ことを示している論文になります。7.92mと10.06mの高さの2つのバルコニーから下の地面を見た後に、地面までの垂直距離がどれほどであったかを、水平距離で回答する(実験者を移動させて頭の中に記憶されている垂直距離と実験者までの水平距離を一致させる)方法で、高さ知覚の測定を行っています。高所恐怖症の度合をAcrophobia Questionnaireという検査を用いて調べており、その検査の得点の高群と低群に分けて分析が行われています。転落イメージは、転落イメージを高める台本を実験者が読み、それを聞いた後にバルコニーで高さ知覚判断を行わせています。結果として、高所恐怖症高得点群に限定的に転落イメージなし条件から転落イメージあり条件にかけて地面までの距離を高く知覚するようになり、低得点群は条件間の差はありませんでした。スポーツに置き換えて考えると、相手や環境に対する恐怖、失敗不安、失敗イメージなどが相互作用して環境の知覚がパフォーマンスに対してマイナスな方向に歪むことを提言できる内容に感じました。

2017年4月5日(水) No.159
Wesp, R., & Gasper, J. (2012) Is size misperception of targets simply justification for poor performance. Perception, 41, 994-996. doi: 10.1068/p7281
<コメント>椅子に座り台上に肘を肘関節や手関節の動きを中心にダーツのバレルを投じ、地面に置かれている17.27mmの的にバレルを指す、通常のダーツとは少し異なるダーツ課題を行わせています。何試行で的にバレルを刺すことができるかをパフォーマンスに指標として用いており(少ないほどパフォーマンスが高い、多いほど低い)、刺さった試行の後に的の直径を24選択肢のなかから回答させています。ダーツ課題を行う前に何も教示を受けないControl群はヒットするまでの数とサイズ知覚に負の相関が得られており、つまりパフォーマンスが良い人ほど的を大きいと知覚し、パフォーマンスが低い人ほど的を小さく知覚するaction-specific perceptionが得られています。しかし、ダーツ課題を行う前に「バレルの質が悪くて申し訳ない。このバレルを使用している他のメンバーは的にヒットするまでに多くの練習を要している」という教示を受けたExcuse群はControl群に比べて的のサイズ知覚が大きいとともに、Control群に見られているパフォーマンスとサイズ知覚の相関が消失しています。パフォーマンス指標であるヒットするまでの試行数にはControl群との有意差は得られていません。Control群は的にヒットする前段階でのエラーを的の大きさに原因帰属することで事後的に的を小さく知覚するが、Excuse群は的の大きさではなくバレルの質の悪さに帰属するためにaction-specific perceptionが消失することや、Excuse群はパフォーマンスを良くしようと多くの努力をし、的に注意をより向けるために、Control群に比べて的を大きく知覚することが考察されています。

2017年3月21日(火) No.158
Vuillerme, N., Danion, F., Marin, L., boyadjian, A., Prieur, JM., Weise, I., & Nougier, V. (2001) The effect of expertise in gymnastic on postural control. Neuroscience Letters, 303, 83-86. doi: 10.1016/S0304-3940(01)01722-0
<コメント>心理的要素と姿勢制御の関係について総説する機会をいただいており、関連論文を読み返しています。心理的要素の話に入る前段階として、スポーツ熟練者の優れた姿勢制御について触れており、それを裏付ける多くの論文があります。この論文はその一つになり、10〜13年の競技経験を有する6名の男子体操選手と、サッカー、ハンドボール、テニスに取り組む6名のスポーツ選手が、開眼もしくは閉眼で10秒を目標に固い床面で両足立ち固い、床面で片足立ち、不安定な床面で片足立ちをするときの足圧中心(COP)が測定されています。結果として、閉眼に限定的に固い床面と不安定な床面で片足立ちをするときに体操選手のCOPの移動距離や移動速度が小さくなることが示されています。数あるスポーツ種目のなかで、体操選手が有する優れたバランス能力を提示している研究になります。

2017年3月14日(火) No.157
Paterson, G., van der Kamp, J., Bressan, E., & Salvesbergh, G. (2016) Action-specific effects on perception are grounded in affordance perception: An examination of soccer players' action choice in a free-kick task. International Journal of Sport Psychology, 47, 318-334. doi: 10.7352/IJSP2016.47.318
<コメント>サッカーのFK課題でキーパーまでの距離を変えて、どの距離までならシュートを放ち、どの距離以降はパスを選択するかの行為の可能性やそれに伴う運動選択を実験的に調べている研究になります。15名の実験参加者に対して、キーパーに近い距離では自分がシュートを打つ方が得点の確率が高いため、まずシュートを選択しているエリアにおいて3本中2本のシュート成功率が得られる距離を1つめの指標として算出しています。キーパーからの距離が遠くなると自分がシュートするよりも、ゴール付近にいる味方にパスを出す方が得点の確率が高くなるためパスを選択しやすくなるのですが、2つ目の指標としては3本中2本はシュートを選択し1本はパスを選択する距離を求めています。結果として1つ目の距離と2つ目の距離の差(決めれない確率が高いのにシュートを選択するエリア)、そのエリアでのシュート成功率が低いという結果が得られています。また、シュート後に後ろを振り向いてカラーコーンの距離を調節して、キーパーまでの距離知覚を測定しているのですが、シュート成功率が高いキーパー知覚のエリアや、パス選択が増えるエリアでは、シュートの成功率と距離知覚に相関は見られないのですが、上記の決めれない確率が高いのにシュートを選択するエリアではシュート成功率が低い選手ほど距離知覚が短く感じており、成功率の高い選手ほど距離知覚が長く感じていることも示されています。

2017年3月1日(水) No.156
Witt, J.K., & Sugovic, M. (2013) Spiders appear to move faster than non-threathing objects regardless of one's ability to block them. Acta Psychologica, 143, 284-291. doi: 10.1060/j.actapsy.2013.04.011
<コメント>机の上に不規則に動く蜘蛛、ボール、女性用バックを映し出し、同じく机に映し出された大、中、小の3つのパドルでそれらの物体をキャッチするシミュレーション課題を行わせています。その際のキャッチの成功率や物体の動く速さ知覚が調べられており、実験1と実験2ではボールに比べて蜘蛛の方が速さを速く知覚しすることが示されています。パドルの大から小にかけてキャッチの成功率も落ちるのですが、どのパドルでも蜘蛛とボールの速さ知覚の差は同程度で、この結果から行為能力と蜘蛛を速く知覚する機能は独立的であり、インタラクションがないことが提案されています。実験3では、ボールを女性用バックに変えても同様の結果が得られており、実験4では蜘蛛を×印に変えることで、×とボールの比較を行い、速さ知覚が同程度であることを示し、単にデザインの違いによる知覚の歪みではないことを確認しています。考察では、知覚の変化に対する運動領域での運動プログラミングや、皮質下の扁桃体の影響、行為能力と知覚の変化が独立していることに対する背側経路と腹側経路の関与、蜘蛛を速く知覚する理由として生物がサバイバル目的に必要な機能であることなど、多岐に渡る説明や提案がなされています。

2017年2月20日(月) No.155
Gray, R. (2013) Embodied perception in sport. International Review of Sport and Exercise Psychology, 7, 72-86. doi: 10.1080/1750984X.2013.871572
<コメント>スポーツに特化して行為特異性知覚(action-specific perception)の研究がまとめられている総説論文になります。まずは、@競技レベルの違いやその時々の調子、A課題の難易度、B課題目標に応じて環境の知覚が変わることがスポーツ課題を用いてる複数の先行研究をベースに解説されています。そのうえで行為特異性知覚がなぜ起こるのかというメカニズムについて、記憶、注意、身体能力、課題の重要性などの観点から説明されています。後半に書かれている、行為特異性知覚の意義についてがとても印象に残りました。パフォーマンスに対して弊害になる単純な環境知覚の判断ミス(misperceptios)ではなく、最適な行為を生み出すための機能的役割(functional roles)として働いている可能性が言及されています。またスポーツの実践場面でどのようにこの分野の研究を活かすかも最後に述べられており、スポーツの熟達を身体のみではなく知覚と行為のインタラクションから評価する重要性や、ある能力を必要とするタレント発掘においてこの手の研究を活かすこと、環境や道具を操作することでスポーツパフォーマンスを向上させていくことが提案されています。

2017年2月13日(月) No.154
Freedman, J.L., & Perlick, D. (1979) Crowding, contagion, and laughter. Journak of Experimental Social Psychology, 15, 295-303.
<コメント>チームスポーツのようにグループや集団における個々のパフォーマンス発揮を考える際に、社会的促進と社会的手抜きという相反する2つの現象が古くから社会心理学分野で研究されています。この論文では、笑うという行為やユーモアを感じるという知覚に対する同調の社会的促進をテーマとしています。4人(3人が実験参加者で、1名がサクラ)が狭い部屋もしくは広い部屋のどちらかに入り、コメディーテープを聴きます。そのテープを聴く際に、1名のサクラが決められたタイミングで5回笑う行為を行います。1名のサクラが笑う行為を行わない条件もあります。他の3名の実験参加者の様子をビデオ撮影し、どれくらい笑う行為をしたかを一人当たり180点満点で評価します。また事後的に各実験参加者にコメディテープの面白さを7件法で答えてもらいます。結果は、笑う行為に関しては、狭い部屋でサクラが笑うときにおいてのみ有意に得点が高く、7件法による評価に関してはこの条件に限定的な有意差は得られていません。考察では、この研究の問題点として、実験参加者が女性のみであることや、笑うというポジティブな心理や行為だけではなく、ネガティブな心理や行為に対する研究が必要なことが提言されています。古い論文ですがまたまた読む機会を得てよんでみると、分かりやすいクリアな結果が示されており、知覚研究、授業運営、スポーツチームや様々な集団の雰囲気づくりなどなど、色んな場面に応用できる結果に感じました。

2017年2月7日(火) No.153
Peterson, T.H., Rosenberg, K., Peterson, N.C., & Neilsen, J.B. (2009) Cortical involvement in anticipatory postural reactions in man. Experimental Brain Research, 193, 161-171. doi: 10.1007/s00221-008-1603-6
<コメント>踵を上げることでヒラメ筋(SOL)を随意的に収縮させる課題、ドアノブを引くように手でハンドルを引くことでその前段階に体重が前方に移動しSOLが活動することを狙った予測的姿勢制御課題、不意に手に持っているハンドルが前方に引っ張られてSOLが活動することを狙った外乱課題の3つのSOLの筋活動が生じる目的が異なる課題において、SOLの筋活動が生じる前段階での運動誘発電位(MEP: Motor Evoked Potential)と脊髄反射(Hreflex)を記録することで、これらの課題のSOL筋活動に関わる皮質(cortical)と脊髄反射(spinal reflex)のメカニズムが詳細に調べられています。結果を要約すると、随意運動課題や予測的姿勢制御課題においてはEMG活動が始まる75ms前からMEPの増大が出現するものの、外乱課題に置いてはEMG活動と同時にMEPの増加が始まります。つまり随意運動や予測的姿勢制御においては運動開始する前段階からの皮質からの投射が行われているものの、外乱課題ではこの時間帯での投射がありません。Hreflexの大きさと比べても、随意運動や予測的姿勢制御においてはこの時間帯に関してMEPの方がHreflexの大きさよりも大きいものの、外乱課題ではMEPとHreflexの大きさに差がなく、運動開始直前の25ms前でHreflexがMEPよりも大きくなっています。外乱に対する姿勢調整に対しては脊髄反射が大きく貢献していることを反映しています。予測的姿勢制御課題では、皮質へのTMS刺激とHreflexを記録するためのダブル刺激法を用いて、皮質レベルと脊髄レベルの関与に踏み込んだ実験も行われています。EMGonsetの125ms前にはダブル刺激時のMEPの増大がないものの、75ms前になると増大が見られ、この結果も予測的姿勢制御には皮質からの投射の貢献が大きいことを反映しています。考察では、補足運動野での運動プランニングが皮質からの投射に関与していることや、この実験結果から大脳基底核などの皮質下からの投射の影響は分析できないことなどが書かれています。

2017年1月24日(火) No.152
Ducrocq, E., Wilson, M., Vine, S., & Derakshan, N. (2016) Training attentional control improves cognitive and motor task perfromance. Journal of Sport & Exercise Psychology, 38, 521-533. doi: 10.1123/jsep.2016-0052
<コメント>プレッシャー状況でパフォーマンスが低下する理由として、古くから、運動課題以外の外乱や内部変動に注意が向いてしまうことが原因であるという注意散漫仮説や処理資源不足仮説が提唱されてきました。その詳細を詳しく解説するために処理効率性理論や注意制御理論が利用されています。この論文では、外乱のあるなかでも注意を適切に保つための注意制御トレーニングを積むことで、プレッシャー下でも適切な注意(視線行動)を発揮することができ、パフォーマンスの低下も防げるという作業仮説を検証する実験が行われています。プレッシャーの予防法として注意コントロールのトレーニングを積むことを検証する介入研究に位置づけられます。注意制御トレーニングはパソコンのディスプレイ上で行います。ディスプレイ上に円状に8つのイラスト(たとえばテニスボールやゴルフボール)が呈示されて、黄色で示されるターゲットイラストを出来る限り早く見つけるというトレーニングです。そして外乱として、他の1個のターゲットが異なる色で提示され、そのような妨害刺激があるなかでも早くターゲット刺激に対して反応することをトレーニングします。分かりやすく考えると、妨害があるなかでも早くターゲットを探し出す脳トレのようなものです。実験1では、トレーニングを行わない統制群に比べて、このようなトレーニングを1日320試行×6日連続で行うことで、ターゲット刺激に対して早く反応できるようになることが実証されています。実験2以降がテニスを題材に、このような注意制御トレーニングのスポーツパフォーマンスへの効果が検証されています。実験2では、16試行のテニスにサービスリターン課題を行う際のレシーバーの視点からの視野映像をビデオ撮影し、その映像を4名のコーチが5段階で、レシーバーの注意(視線行動)が適切かを評価します。注意制御トレーニングに取り組むことで、良い視線行動ができるようになる結果が得られています。実験3では、他者評価や他者比較のあるプレッシャー条件で、4.6m先の直径120cmの円を狙って、フォアやバックでのボレーを打つ課題を実施し、注意制御トレーニングに取り組んだほうが、ターゲットに対して早く視線を向けれるようになり、そして円の中にボレーしたボールを入れる確率が高くなることが示されています。古くからビジョントレーニングと呼ばれる、スポーツ課題を直接用いずに眼の機能を強化するトレーニングソフトやトレーニング機器がありますが、このような研究結果から考えると、そのトレーニング内容次第では、スポーツのパフォーマンスや適切な視線行動を生み出し、プレッシャー下でのパフォーマンス発揮(「あがり」の予防)に貢献することを考えさせられました。

2017年1月16日(月) No.151
Stefanucci, J.K., & Proffitt, D.R. (2009) The roles of altitude and fear in the perception of height. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Perfromance, 35, 424-438. doi: 10.1037/a0013894
<コメント>物体の大きさや物体までの距離知覚が、低所から高所にあるものを見るときに比べて、高所から低所にあるものを見るときに変化することが示されています。3つの実験から論文が構成されており、実験1と実験2では、高所(8m)から見るときのほうが低所から見るときに比べて物体までの距離を遠くに知覚し、さらには物体の大きさも大きく知覚することが示されています。また実験参加者の個々の状態不安と大きさ知覚の相関を調べると、状態不安の大きい参加者ほど高所では物を大きく知覚することも示されています。実験3の内容も興味深く、実験3では低所と高所で物体までの鉛直距離を知覚した後に、その鉛直距離の長さをイメージして水平方向にその分の距離を歩く課題を実施させています。高所では低所に比べて歩く距離が長くなることから、知覚の歪みが歩行行為の距離知覚に干渉することが示されています。考察では、高所で距離知覚が歪む理由については多くの考察がなされていましたが、大きさ知覚が歪むことに対する考察がなかった点が残念でした。

2017年1月10日(火) No.150
Higashiyama, A., & Adachi, K. (2006) Perceived size and perceived distance of taegets viewd from between the legs: Evidence for proprioceptive theory. Vision Research, 46, 3961-3976. doi: 10.1016/j.visres.2006.04.002
<コメント>2016年のイグノーベル賞知覚賞(http://www.improbable.com/ig/winners/#ig2016)が空間知覚の歪みをテーマとした研究であったことを最近知りました。日本人研究者による研究であり、「股のぞきの世界」と命され、頭を逆さにして股から風景を覗くと風景が平面的に見えることや、遠くのものが小さく接近して見えることがテレビで紹介されているのを見て知りました。受賞を受けたオリジナル論文を読んでみると、その原因が視覚情報の上下左右反転に依存するか(視覚-網膜説)、身体の上下逆転に依存するか(自己受容覚説)を実験的に明らかにすることを目的とした非常に興味深い研究でした。様々な距離条件を設けて頭を下げて股の間から対象物を視ると、遠くの大きいものが小さく見えるものの、逆さ眼鏡を用いて身体をいつも通りに上向きにし、視覚情報のみを上下左右反転にした場合にはその知覚の歪みが消滅することが示されています。また股のぞきをしたうえで、逆さ眼鏡を利用する(身体の上下は逆転しているが、視覚情報はいつも通りに立っている時と変わらない)ときにも遠くの大きいものが小さく見えることが明快に示されています。これらの結果から、論文タイトルにもある通り自己受容覚説(proprioceptive theory)によってこの現象が説明できることが提言されています。私も昨年からの科研費研究でスポーツにおける空間知覚の歪みを検証する実験に取り組んでいます。その研究を進めるうえでの実験設定や実験結果の考察において、身体位置と空間知覚の関係を十分に考慮する重要性を感じさせられました。