福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2018年12月17日(月) No.221
Marchant, D.C., Carnegie, E., Wood, G., and Ellison, P. (ahead of print) Influence of visual illusion and attentional focusing instruction in motor performace. International Journal of Sport and Exercise Psychology. doi: 10.1080/1612197X.2018.1441165
<コメント>エビングハウス錯視図を用いて、小さく見えるターゲットよりも大きく見えるターゲットの方が、ゴルフパッティングの成功率が高まり、カップからの誤差も小さくなることを示す先行研究や、それにはターゲットに対するクアイエットアイ時間の長さが関連していることが報告されていますが、この研究ではこのような効果を外的注意を加えることでさらに促進できるかどうかについて検討されています。26名の初心者ゴルファーに対して1.75mの距離のゴルフパッティング課題を、カップの錯視2条件(大きく見えるカップと小さく見えるカップ)×教示3条件(外的注意、内的注意、統制教示)=6条件の各6試行ずつ行わせています。結果として、教示の主効果(外的注意がエラーが小さい)や錯視の主効果(大きく見えるほうがエラーが小さい)は得られていますが、教示と錯視の交互作用はなく、仮説は支持されておりません。

2018年12月10日(月) No.220
Iwatsuki, T., van Raalte, J., Brewer, B.W., Petitpas, A., and Takahashi, M. (ahead of print) Relations among reinvestment, self-regulation, and perception of choking under pressure. Journal of Human Kinetics. doi: 10.2478/hukin-2018-0042
<コメント>アメリカのNCAA DivisionTに所属するアメリカ人大学生テニス選手58名と日本の大学1部リーグに所属する102名の日本人大学生テニス選手を対象に、質問紙を用いて、再意識化(reinvestment)、自己調整力(self-regulation)を調べ、さらには10件法で試合でのチョーキング度合を尋ね、これらの指標間の関連性が調べられています。加えて、アメリカ人大学生テニス選手と日本人大学生テニス選手を分けて分析することで、これらの関係の文化間比較も行われています。アメリカ人と日本人を混合した分析では、計画、モニタリング、努力、自己効力の自己調整の4下位尺度とチョーキングの間に負の相関があり、これらの4尺度の得点が高いほど、試合でチョーキングを感じにくいことが示されています。アメリカ人と日本人を分けた分析では、アメリカ人は動作の意識的処理が高いとチョーキングを感じやすく、自己効力が高いとチョーキングを感じにくいが、日本人は努力や自己効力が高いとチョーキングを感じやすいという文化間の違いが示されています。動作の意識的処理や自己調整の諸尺度においてアメリカ人は日本人よりも点数が高いことも報告されています。

2018年12月3日(月) No.219
Weller, M., Takahashi, K., Watanabe, K., Bulthoff, H.H., and Meilinger, T. (2018) The object orientation effect in exocentric distances. Frontiers in Psychology, 9, Article1374. doi: 10.3389/fpsyg.2018.01374
<コメント>自分の方に顔を向けている他者までの一人称視点(egocentric)での距離知覚と、背中を向けている他者までの距離知覚は、顔を向けている他者の方が近くに知覚されることを示す先行研究があるようです。この研究ではまず第1実験として、20名の実験参加者に対して三人称視点(exocentric)でもこのような知覚が生じるかについて調べています。顔を向かい合わせている2者と、背中を向けあっている2者のCGを3秒間呈示し、その後にジョイスティックで2つのバーの距離を操作し、距離知覚の測定を行っており、概して顔を向かい合わせている2者の方が近くに知覚されることが示されてます。興味深いのが第2実験で、第1実験のCGの2者の足元に橋のCGを追加し、歩いて移動することができるという環境と行為の操作を行っています。仮説としては、このようなCGを加えることで他者ではあるものの行為の予期が生まれ、さらに距離を近くに知覚すると予想しましたが、結果は第1実験と変わりませんでした。この結果から、三人称視点の2者間の距離知覚に関しては、行為の予期は影響しないことが考察されており、過去の経験の蓄積のような確率統計的な情報によって2者間の距離知覚を錯覚する可能性が言及されています。

2018年11月26日(月) No.218
Gamble, T. and Walker, I. (2016) Wearing a bicycle helmet can increase risk taking and sensation seeking in adults. Psychological Science, 27, 289-294. doi: 10.1177/0956797615620784
<コメント>リスク志向・回避の意思決定に関する論文になります。80名の実験参加者に対して、風船膨らましシミュレーションアプリ(BART)を実施させ、さらにはセンセーション・シーキング尺度にも回答させています。BARTを実施する前後にはSTAIを用いて状態不安の測定も行われています。80名をヘルメットを被りながらBART課題や質問紙回答を行う群と、帽子を被りながらBART課題や質問紙回答を行う群に分け、ヘルメットを被ることによる安全性が高まりがリスク志向・回避行動、センセーション・シーキング度、状態不安に影響するかについて検討されています。両群ともにヘルメットや帽子を着用するのは、ヘルメットや帽子に取り付けられたアイマークレコーダーで視線行動を記録するためと教示しています。つまり、ヘルメットや帽子の着用は安全性の実験操作であることに気づかれないよう配慮し、無意識的な安全性の高まりとリスク志向・回避の関係を調べています。状態不安に群間差は見られませんでしたが、BART課題においてはヘルメット群の方が割れるリスクを恐れずより風船を多く膨らまし、センセーション・シーキング得点もヘルメット群の方が高い結果が得られています。

2018年11月19日(月) No.217
Dumitru, M.L. and Pasqualotto, A. (2018) Helmets improve estimations of depth and visual angle to safe targets. Attention, Perception, & Psychophysics, 80, 1879-1884. doi: 10.3758/s13414-018-1605-9
<コメント>外的環境の知覚の役割の1つとして危険から身を守るための機能が挙げられます。この機能を支持する実験結果がこの論文でも得られています。48名の実験参加者をヘルメットを被る群と帽子を被る群の2つに分け、恐怖感情を誘発する動物の写真(虎、コウモリ、サメなど)と誘発しない動物の写真(馬、犬、うさぎなど)までの距離知覚を測定しています。呈示する写真の奥行き位置(手前か奥か)、視野位置(中心視野か周辺視野か)などの条件操作も行われていますが、概してヘルメットを被る方が写真までの距離を遠くに知覚し、特に恐怖感情を誘発しない写真までの距離を遠くに知覚し、距離知覚の精度も高まることが示されています。

2018年11月13日(火) No.216
Den Hartigh, R.J.R., Van der Sluis, J.K., and Zaal, F.T.J.M. (2018) Perceiving affordance in sports through a momentum lens. Human Movement Science, 62, 124-133. doi:10.1016/j.humov.2018.10.009
<コメント>リードされている状況から追い上げて勝てそうと思う心理状態(positive momentum: PM)とリードしている状況から追い上げられて負けそうと思う心理状態(negative momentum: NM)について複数の研究が行われているようです。この論文では、ゴルフ経験者を対象としたゴルフパッティング課題を用いて、他者との対戦をする際にPM群10名とNM群10名を設け、対戦前後に入れることが出来ると思う距離のアフォーダンス知覚とカップの大きさのサイズ知覚を測定し群間比較が行われています。アフォーダンス知覚に関しては、事前テストよりも事後テストではPM群は遠くの距離まで入れることが可能と判断し、NM群は近くの距離しか入れることができないと判断し、有意な群間差が得られています。しかしながら、カップのサイズ知覚に関しては、群間差は見られていません。アフォーダンス知覚に関して、プリテストからの変化量について実験参加者間の95%信頼区間の結果をもとに、PM群のアフォーダンス距離知覚の増大よりもNM群のアフォーダンス距離知覚の減少度合いが大きいことも提言されています。サイズ知覚に影響が見られなかった理由として、課題遂行直後に遮蔽ゴーグルでKRを見れないような操作をしているため、カップに対して視注視を働かせられず、行為特定性知覚(action-specific perception)が機能しなかったことが考察されています。シンプルな実験から分かりやすい結果が得られていますが、実験設定の理由でPMとNMによるパフォーマンス結果の違いまで評価できていない点が残念に感じました。

2018年11月6日(火) No.215
Kokubu, M., Ando, S., and Oda, S. (2018) Fixating at far distance shorterns reaction time to peripheral visual stimuli at specific locations. Neuroscience Letters, 664, 15-19. doi: 10.1016/j.neulet.2017.11.006
<コメント>周辺視野(上下左右)の光刺激に対してボタン離しによる単純反応課題を行う際の反応時間に対して、近くの点を注視するか、遠くの点を注視するかのどちらが反応が早くなるかについて検討された実験になります。注視点までの距離と光刺激の呈示位置(上下左右)の交互作用も調べられています。14名の実験参加者が、注視点までの距離4条件(30cm、45cm、90cm、300cm)×光刺激の呈示位置4条件の16条件の課題を2日間に渡って計384試行実施し、先ず注視点までの距離に関わらず上視野の刺激に対しては反応時間が遅れ、光刺激の呈示位置に関わらず注視点までの距離が遠くなると反応時間が早くなることが示されています。交互作用も認められており、注視点までの距離が遠くなると反応時間が早くなることがとくに上、左、右の位置に呈示されたときに生じることも示されています。なぜこのような結果が得られたかに関しては、視空間注意の強さ、外的注意焦点の効果、交差視差と非交差視差の関与、以上の3点から考察が行われています。

2018年10月30日(火) No.214
Gonzalez, C.L.R., Ganel, T., and Goodale, M.A. (2006) Hemispheric specialization for the visual control of action is independent of handedness. Journal of Neurophysiology, 95, 3496-3501. doi: 10.1152/jn.01187.2005
<コメント>ポンゾとエビングハウスの錯視図形を用いて視知覚の歪み(実際には同じサイズ)に対してそれらの図形を把持する行為が騙されるか騙されないかを調べる一連の研究に対して、左脳と右脳の脳半球の優位性(laterality)の関連が調べられています。各図形の把持に対して、左手(右脳の活動優位)で実施する条件と、右手(左脳の活動優位)で実施する条件を設け、利き手が左手・右手問わずに、左手(右脳優位)で実施するときのみ知覚の歪みに対して行為も騙されやすいことが示されています。そして第2実験では、左利きと右利きの者がパズルとロゴをする際に、右利きの人は右手でパズルやロゴを把持する割合が多いのですが、左利きの人は左手だけに頼らず、右手でパズルやロゴを把持することも多くなり、右手で把持する際には行為が知覚に影響されにくいため、左利きであるにも関わらず右手を有効に利用することを推測しています。なぜ右手(左脳)は知覚と行為の結合が起こりにくく、左手(右脳)は起こりやすいかというメカニズムに関しては十分な考察がされていませんでしたが、左脳を利用した認知的な知覚と運動の制御が貢献している可能性が提案されています。

2018年10月24日(水) No.213
Kotani, S., and Furuya, S. (2018) Atate anxiety disorganizes finger movements during musical performance. Journal of Neurophysiology, 120, 439-451. doi: 10.1152/jn.00813.2017
<コメント>他者観察と他者評価によるプレッシャーがピアノ演奏時のキー押しのタイミングの正確性や、片手5本指の動作に及ぼす影響が調べられています。17名のピアニストを対象に上記のプレッシャー条件と非プレッシャー条件の実験参加者内比較が行われています。初めにタイミングに関しては、プレッシャー条件でタイミングが早くなり、演奏のテンポが早くなることが示されています。プレッシャー下でのテンポの早さと心拍数の増加の相関分析も行われていますが、相関は見られず、テンポアップに覚醒は関与しないと言えます。5本指の動作に関しては、全身運動や肘関節運動の先行研究で見られているようなプレッシャーによる運動変位の縮小は見られませんでした。しかしながら、指運動間の共動に関しては、プレッシャー下で高まり、このような運動がテンポの早さに繋がることも重回帰分析を基に示されています。プレッシャーによるテンポの早さに年齢やピアノ歴も関係ないことも示されており、性格特性、注意、ワーキング目盛り機能の個人差がテンポの仲介変数となる可能性について考察されています。

2018年10月18日(木) No.212
Furuya, S., Uehara, K., Sakamoto, T., and Hanakawa, T. (2018) Aberrant cortical excitability reflects the loss of hand dexterity in musician's dystonia. Journal of Physiology, 596, 2397-2411. doi: 10.1113/JP275813
<コメント>局所性ジストニアを有するピアニストにおける一次運動野(M1)内の経シナプス性短時・長時抑制性回路、促通性回路の機能変化を二連発での経頭蓋磁器刺激(TMS)を用いて運動誘発電位(MEP)を記録することで調べられています。加えて、ジストニアを発症している手指での系列タッピング運動(ピアノ演奏)課題も別時に行わせ、タッピングされたキーの運動解析も行うことで、ジストニアを有するピアニストのキー運動の特性も明らかにし、さらにはMEPと運動の関係性にまで踏み込んだ解析が行われています。MEPに関してはジストニアを有するピアニスト20名、有しないピアニスト20名、ピアノ未経験者20名の3群比較が行われており、指屈曲運動を促すFDS(flexor digitorum superficialis)と伸展運動を促すEDC(extensor digitorum communis)からMEPを導出し、FDSにおいてジストニア群のみSICI(short interval intoracortical inhibition)(脱抑制)やICF(intracortical facilitation)が生じていることが示されています。タッピングのキー運動に関しては、ノーマルと高速の2テンポの課題条件が設けられ、主な結果として、キー押しの時間がジストニア群は長くなり、変動性も大きく、加えてキー押しの速度から推定される音の大きさもジストニア群は小さく、変動性が大きいことが明らかにされています。そして、重回帰分析(N=40(ジストニア群と非ジストニア群))を基に、キー押し時間の増加はICFで予測でき、キー押し時間の変動性の増加はSICIで予測できることも示されています。考察では、キー運動の変動性の増加はsigna-dependent noiseの増加や、手指間独立制御の欠如が関連している可能性や、SICIには不随意運動や手指間独立制御の欠如が関わること、ICFは急速運動や屈曲伸展の切り替えと関連することなどが書かれています。SICIとICFのバランスで皮質内でのノイズ調整が推定できることも言及されています。

2018年9月29日(土) No.211
Navarro, M., Miyamoto, N., van der Kamp, J., Morya, E., Savelsbergh, G.J.P., and Ranvaud, R. (2013) Differential effects of task-specific practice on performance in a simulated penalty kick under high-pressure. Psychology of Sport and Exercise, 14, 612-621. doi: 10.1016/j.psychsport.2013.03.004
<コメント>前回紹介した以下の論文について、非プレッシャー下での意思決定のトレーニング効果を調べている学習実験になります。サッカーのPKシミュレーション課題で、キッカーが左に蹴るか右に蹴るかの意思決定をレバーを倒すことでできる限り正確なタイミングで行います。15名の大学生を対象に、非プレッシャー条件と80名以上の観衆の前で課題を行うプレッシャー条件を用い、トレーニング前後での事前事後比較が行われています。トレーニングは1週間につき2〜3セッション(1セッション100試行)を3週間で8セッション実施しています。キーパーが動くタイミングをキッカーがボールにコンタクトする450〜51msの9条件で可変させていますが、プリテストでのこの時間ごとの正答率について、ロジスティックな曲線関係になる群と線形関係群になる群に分けて分析が行われています。ロジスティック群はプレッシャー下での意思決定についてトレーニング効果が認められましたが、線形関係群においては学習効果が見られませんでした。心拍や唾液中コルチゾールも測定していますが両群間の差がなかったことから、プレッシャー下での意思決定に対するこの学習効果の差異は生理状態が原因ではなく、注意容量が原因であるという視点から考察が行われています。ロジスティック群は練習によって注意容量に空きができたためにプレシャー下でも非プレッシャー下と同様の意思決定ができるようになりましたが、線形群は主課題(キーパー)への過剰注意によってプレッシャー下では適切な意思決定ができなくなることが書かれています。

2018年9月21日(金) No.210
Navarro, M., Miyamoto, N., van der Kamp, J., Morya, E., Ranvaud, R., and Savelsbergh, G.J.P. (2012) The effects of high pressure on the point of no return in simulated penalty kicks. Journal of Sport & Exercise Psychology, 34, 83-101. doi: 10.1123/jsep.34.1.83
<コメント>ディスプレイ上でのサッカーのPKシミュレーション課題を用いて、キッカーが左に蹴るか右に蹴るかの意思決定の早さや正確性にプレッシャーが及ぼす影響を調べている実験になります。大学生41名を対象にPKのシミュレーション課題を行わせており、各試行においてボールを蹴る直前にキーパーが左か右に動くため、キッカーにはキーパーの動いた方向とは反対に蹴る(実際には手でレバーを倒す)ことを求めています。キーパーが動くタイミングをキッカーがボールにコンタクトする450〜51msの9条件で可変させています。主な結果として、全実験参加者全般において70名以上の観衆の前で課題を行うプレッシャー条件では、非プレッシャー条件に比べて正確な判断を行うときの意思決定の時間が遅れることが示されています。また非プレッシャー条件と同様な正確で早い意思決定を行えている参加者と、遅れる参加者に分けて分析を行うと、遅れた参加者はプレッシャー下での心拍数やコルチゾールの生理指標の増加も大きいことも報告されています。

2018年9月13日(木) No.209
Gotardi, G.C., Polastri, P.F., Schor, P., Oudejans, R.R.D., van der Kamp, J., Savelsbergh, G.J.P., Navarro, M., and Rodrigues, S.T. (2019) Adverse effects of anxiety on attentional control differ as a function of experience: A simulated driving study. Applied Ergonomics, 74, 41-47. doi: 10.1016/j.apergo.2018.08.009
<コメント>競争、他者比較、ビデオ撮影、音ノイズの様々なプレッシャーがある中で、ドライビングシミュレーター課題を行う際の運転パフォーマンス(100-120km/hの基準速度以外で運転した割合と衝突回数)や視線行動(道、スピードメーター、他の車、リアミラーへの視線配置)が調べられています。事故防止は大事な研究テーマであり、不安や注意散漫(携帯電話やスマホ操作)が運転に及ぼ影響を調べている研究が複数あることが序論を読みながら分かりました。この研究では、年間での運転走行距離が30000km以上を経験者、5000km未満を未経験者として、経験者20名と未経験者20名が実験に参加し、非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけて不安の増加が見られた経験者16名と未経験者11名を分析対象としています。運転パフォーマンスに関しては経験者と未経験者の両群においてプレッシャー下では基準速度以外の割合が増え、衝突回数も増える結果が得られています。しかしながら、プレッシャー下での視線行動に関しては群間の違いが見られ、経験者はスピードメーターに対する注視が増える一方、未熟練者は他の車に対する注視が増えました。この結果から、経験者と未経験者のプレッシャー下での運転パフォーマンス低下のメカニズムは異なり、経験者は課題に対する注意が増えることが原因であり、未経験者は課題以外への注意が増えて注意散漫になることが原因であることが考察されています。

2018年9月6日(木) No.208
Runswick, O., Roca, A., Williams, A.M., Bozodis, N.E., and North, J.S. (2018) The effects of anxiety and situation-specific context on perceptual-motor skill: a multi-level investigation. Psychological Research, 82, 708-719. doi: 10.1007/s00426-017-0856-8
<コメント>プレッシャー下での予測スキルや運動スキルに対して、試合状況などの文脈や、相手の行動パタンの確率情報などの実践的視点から気になるテーマを盛り込んだ研究が増えつつあります。この論文では、12名のクリケット選手を対象に他者比較、共同作業、賞金のプレッシャーの有無、試合状況の文脈の有無を設け、クリケットのバッティングにおけるパフォーマンス、視線行動、キネマティクスにそれらが及ぼす影響が調べられています。パフォーマンスに関しては、プレッシャーや文脈があることで成績(good cntact率)が低下することや、視線行動に関してはプレッシャー下では注視時間が減り、注視回数が増えることが示されています。キネマティクスに関しては、プレッシャーによる変化は見られず、文脈があることでバットとボールのコンタクト位置が後ろになることや、ダウンスイング開始と前足の着地タイミングの相関が小さくなる(上肢と下肢の協調が崩れる)ことが示されています。プレッシャー下でのパフォーマンス低下を説明する理論として、処理効率とパフォーマンスの関係から説明する処理効率性理論(PET: Processing Efficiency Theory)や注意制御理論(ACT: Atentional Control Theory)などが提唱されそれらを支持するエビデンスがたくさん得られていますが、心的努力や課題遂行に対する言語報告にプレッシャーの有無の差は見られず、クリケットのバッティングのような複雑な運動に関しては、これらの仮説によるパフォーマンスの低下の説明が難しいことが考察されています。注意容量を介した問題ではなく、プレッシャーによる視線と動作の協調の崩れが直接的にパフォーマンスに影響することを示唆しているようにも思います。また、プレッシャー下での注意(attention)、解釈(interpretation)、行動(behavior)の3つの過程を経てパフォーマンスの低下が生じるモデル(Nieuwenpuys and Oudejans, 2012)に対しても、この研究では解釈や行動を介さずにパフォーマンスの低下が起きていることを提案しています。

2018年8月31日(金) No.207
Alder, D.B., Ford, P.R., Causer, J., and Williams. A.M. (2018) The effect of anxiety on anticipation, allocation of attentional resources, and visual search behaviours. Human Movement Science, 61, 81-89. doi: 10.1016/j.humov.2018.07.002
<コメント>バドミントンのサービスの予測に対するプレッシャーの影響について一連の研究を行っているAlder氏の新たな公開論文になります。10名のバドミントン経験者と10名の初心者を対象に、プロジェクターで相手選手のサービスの動画を映し、シャトルの落下位置について前後2選択×横3選択(内側、中央、外側)の6選択で結果予測を行わせています。他者評価や他者比較のあるプレッシャー条件(72試行)では非プレッシャー条件(72試行)に比べて熟練者と初心者の両方において、予測の正確性が低下することが示されています。この研究では合わせて、映像観察時に高低二種類の音刺激を呈示し、高音の場合にはできる限り早くボタン押しを行う、二次課題を実施し、予測スキルと注意負荷の関連も検討されています。二次課題に関しては、プレッシャー条件では非プレッシャー条件に比べ、初心者はRTが遅くなりましたが、熟練者は変化が見られませんでした。また映像観察時の視線行動も測定しており、視線行動に関しては熟練者と初心者ともに非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけての変化は抽出されませんでした。これらの結果から、この実験に関しては、熟練者は処理効率(processing efficiency)を保ち、初心者は処理効率を悪化させた中で予測スキルのパフォーマンスがプレッシャー下では低下することが提案されています。熟練者は主課題に対する注意が保たれたことも書かれていますが、そのような中でなぜ予測スキルが低下したかの原因については考察がありませんでした。

2018年8月11日(土) No.206
Masters, R., Poolton, J., and van der Kamp, J. (2010) Regard and perception of size in soccer: Better is bigger. Perception, 39, 1290-1295. doi: 10.1068/p6746
<コメント>対戦競技のスポーツで相手選手の能力が高いほど、相手の身長や体格を大きく知覚することを4つの実験結果から報告している短報になります。実験1では、サッカーの元イングランド代表のデビッド・ベッカム選手とバスケットボールの元NBAプレーヤーの姚明選手(中国)の身長知覚について、ベッカム選手に関しては足元にバスケットボールが置いてあるよりもサッカーボールが置いてある方が身長を高く知覚し、姚明選手に関してはその逆になることが示されています。実験2と実験3ではサッカー選手を対象に自チームの数名のゴールキーパーのセーブ能力を主観的に8段階で回答させ、その後に各キーパーの体格知覚を調べると、それらの変数間に正の相関が認められ、セーブ能力を高いと感じるキーパーに関しては実際よりも体格を大きく知覚することが示されています。実験4では、サッカーのポーランド代表や、リバプール、レアル・マドリードなどのクラブで活躍したサッカーゴールキーパーのデュデック選手(Jerzy Dudek)がPKをセーブする映像と決められる映像を見た後に、デュデック選手の体格知覚を測定すると、セーブする映像を見た後には体格を大きく知覚し、決められる映像を見た後に体格を小さく知覚することが示されています。行為特定性知覚(action-specific perception)に関する多くの研究では自己の身体能力や行為の可能性と外的環境の知覚に関連があることが示されていますが、この論文では対戦型のスポーツに関して相手の能力と外的環境の知覚にも関連があることを提案しています。

2018年7月30日(月) No.205
Muller. F., Best, J.F., and Canal-Bruland, R. (Ahead of Print) Goalkeepers' reputation bias shot placement in soccer penalties. Journal of Sport & Exercise Psychology. doi: 10.1123/jsep.2017-0358
<コメント>強豪チームや伝統のあるチームのユニフォームを見るだけで相手が強く見え、勝てる気がしないというコメントをよく聞きます。この論文では、サッカー選手23名を対象にスクリーンにゴールとキーパーを映し出しPKを行う課題を用いて、キーパーの評判(reputation)の違いに伴う、キーパーの大きさ知覚とPKで蹴られたボールの位置、ならびにゴールを外れる割合を実験検証しています。2名のキーパーの写真を加工し、それぞれのキーパーの身長について100%と105%の条件を設けています。加えて各キーパーの評判の実験操作として、一方のキーパーは3部リーグで43ゴール決められている(高評判条件)、もう一方のキーパーは10部リーグで109ゴール決められている(低評判条件)という教示を与えています。高評判条件と低評判条件の間に有意差が得られており、高評判条件ほどキーパーの身長を大きく知覚し、キーパーの遠くにボールを蹴り、ゴールを外す割合も高くなるという分かりやすくクリアな結果が得られています。

2018年7月24日(火) No.204
村山孝之(2018)行動で注意・集中をコントロールする.体育の科学,68(6).
<コメント>体育の科学(杏林書院)の連載企画「アテンションフォーカスと身体運動」の第5弾になります。注意・集中を維持したり高めたりすることに対して、視線、表情・姿勢からのアプローチ法が解説されています。視線に関しては、運動課題遂行直前の注視はquiet eyeと呼ばれ、その時間を適切に確保することがパフォーマンス発揮に貢献することについて多くのエビデンスが得られています。そのメカニズムについて注意やワーキングメモリの観点から解説されており、さらにはquiet eyeのトレーニング効果についても紹介されています。表情・姿勢からのアプローチは、身体化認知(embodied cognition)やパワーポーズをキーワードに注意集中への効果が書かれており、パワーポーズに関してはテストステロンやコルチゾールを測定し、自信やストレスに関連する生理応答のエビデンスも紹介されています。

2018年7月17日(火) No.203
Gropel, P., and Mesagno, C. (早期公開中) Choking interventions in sports: A systematic review. International Review of Sport and Exercise Psychology. doi: 10.1080/1750984X.2017.1408134
<コメント>当研究室で取り組んでいるようなプレッシャー下での運動制御メカニズムを調べる研究とともに、プレッシャー下でのパフォーマンス低下の対処法を調べる研究も近年を中心に急増しています。この論文では、プレッシャー下でのパフォーマンス低下に関する実証研究について、2017年4月までに英語国際誌に掲載されている47論文のシステマティック・レビューが行われています。著者等の主観が強い分類ではありますが(考察でも問題点として記述されています)、47論文を@注意散漫介入(distraction-based interventions)、A自己意識介入(self-focus-based interventions)、B順応介入(acclimatisation interventions)に分けて解説がなされています。47論文の一覧表では、実験デザイン、実験参加者の特性、サンプルサイズ、プレッシャーの操作方法、対処法、主要結果が分かりやすくまとめられています。上述の3つの区分内に、プレパフォーマンスルーティン、左手握りによる対処、クアイエットアイトレーニング、注意焦点、プライミング、ニューロフィードバックトレーニングなどの様々な対処法が含まれています。考察では、この手の研究の限界として、査読論文のため、対処によるポジティブな効果を報告した研究が多く、実場面や実験を行う上でも多く存在しうる、対処法のネガティブな効果をまとめられていないことも書かれています。また今後の展望として「あがりの感受性」を調整変数として実験デザインに入れることの必要性が提案されています。

2018年7月9日(月) No.202
Essl, A., and Jaussi, Stefanie. (2017) Choking under time pressure: The influence of deadline-dependent bonus and malus incentive schemes on performance. Journal of Economic Behavior & Organization, 133, 127-137. doi: 10.1016/j.jebo.2016.11.001
<コメント>経済学分野のジャーナルではありますが、時間切迫条件下で認知課題を行う際のパフォーマンスにリスク志向やリスク回避の特性が関与しているかを実験検証した研究であり、とても関心を持ちました。1と0の数字が書かれているマトリックスから0の数(20〜25個)を数える課題を用いて、10秒以内で回答できればボーナス得点がもらえるBonus条件と、10秒以内で答えられなければ減点になるMalus条件の比較が行われています。実験参加者のリスク志向やリスク回避の測定には、宝くじシミュレーション課題が用いられています。外せば自己のお金が減額される(最大7スイスフラン)なかで最大6回まで約1000円(6スイスフラン)を獲得できるくじに何回チャレンジするかを測定し、チャレンジ数が少ない人はリスク回避傾向が強く、チャレンジ数が多い人はリスク志向傾向が強いと判別しています。結果として、リスク回避者はMalus条件で正答数が減ることで課題パフォーマンスが低いことが先ず報告されています。さらに各条件でのパフォーマンスと、宝くじ課題の結果との回帰分析が行われており、Malus条件とリスク回避の交互作用により回答時間が有意に長くなることも示されています。今後の研究の方向性として、報酬や罰の度合いが異なる様々な条件でのストレス反応を血圧や心拍などの生理指標を介して評価することが提案されています。認知課題の研究でありますので、運動課題においてもこのような結果が得られるかについて個人的には興味を持っています。

2018年7月2日(月) No.201
Gropel, P., and Beckmann, J. (2017) A pre-performance routine to optimize competition performance in artistics gymnastics. The Sport Psychologist, 31, 199-207. doi: 10/1123/tsp.2016-0054
<コメント>体操競技で課題を行う直前に柔らかいボールを30秒左手で握るルーティンを行うことで試合での競技成績の低下を防げることが示されています。実験1では、ドイツの大学選手権(日本での全日本インカレ)での予選と決勝のスコアをパフォーマンスの指標としています。様々な種目の予選通過者28名に対して、決勝前にこのルーティンを用いることの是非を確認したうえで、賛同を頂いた選手16名(PPR群)と拒否した選手12名(統制群)の比較を行っています。予選から決勝にかけて統制群は1種目平均で0.76ポイント得点を落としましたが、PPR群の得点低下は0.23ポイントに留まりました。この結果より、左手でボールを握るルーティンが試合場面でのパフォーマンス低下を防ぐ可能性を提案しています。そして実験2では、実験1の結果が自己選択や自己暗示などの偽薬効果ではないことを確認するため、21名の女子体操選手を対象に大学内で、平均台種目の模擬試合を実施し、その試合における2本の練習成績と、審判評価、賞金、30名の観衆がある中での1本の成績の比較が行われています。偽薬効果ではないことを示すために、統制群とPPR群はランダムに振り分け、統制群には右手で30秒間、試合での課題遂行前にボールを握らせています。結果として、練習よりも模擬試合では統制群はパフォーマンスが同じであったにもかかわらず(0.07ポイント低下)、PPR群は0.75ポイントも得点を伸ばしました。両実験の結果から著者らは、課題遂行前に左手でボールを握るルーティンが先行研究で確認されている正確性を求められる課題だけではなく、体操競技のような正確性、バランス、力、持久力の様々な能力を求められる運動課題においても有効であることを提言しています。序論と総合考察では、左手でボールを握ることがパフォーマンスに有効であるメカニズムについて、脳波研究のエビデンスをベースとした分かりやすい解説も記述されています。