福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2019年12月26日(木) No.264
Park, S.H., Lam, W.K., Hoskens, M.C.J., Uiga, L., Cooke, A.M., and Masters, R.S.W. (2020) Inhibitory conrol, conscious processing of movement and anxiety. Psychology of Sport and Exercise, 46. doi: 10.1016/j.psychsport.2019.101587
<内容>大学生90名の対象に(分析対象者は85名)、Go/Nogo課題を用いて動作の抑制制御を定量化し、動作の意識的処理尺度(MSRS: Movement Specific Reinvestment Scale)と意思決定の意識的処理尺度(DSRS: Decision Specifc Reinvestment Scale)の得点の関係が調べられています。ディスプレイ上でのGo/Nogo刺激に対して出来る限り早くかつ正確にボタン押しで反応するもしくはしない課題を練習10試行、テスト100試行実施させています。結果として、Go課題における反応時間の変動係数とMSRSやDSRSの得点の間に負の相関が示されており、動作や意思決定の意識的処理が高い人ほど抑制制御のパフォーマンスが高いことを提示しています。各実験参加者の特性不安も事前に調べており、重回帰分析を用いて抑制制御とMSRSやDSRSの関係に仲介するかも調べられており、特性不安が高さによって上記の相関が消滅することが明らかにされています。注意制御理論(ACT: Atentional Control Theory)を中心に考察がされており、予想に反してMSRSやDSRSの高さが行動抑制に正の効果があることや、特性不安の高さに関する結果はプレッシャー下でのパフォーマンスに対しても援用できることなどが書かれています。

2019年12月17日(火) No.263
工藤和俊・岡野真裕(2019)揺らぎ続ける身体―足圧中心のダイナミクス―.体育の科学,69,860-865.
<内容>体育の科学12月号は『身体重心のとらえ方と使い方』の特集となっています。その中の1つの記事で、足圧中心(COP)によって姿勢動揺をを評価する際に、動揺の平均や分散といった時系列での変化を表現する情報が失われる評価方法に留まらず、時系列でのダイナミック(動的)な変動の評価をすることにも価値があり、それを可能とする評価方法について解説が行われています。周波数解析の1種として、時間スケールを変えたときの動揺の変動の相似性(フラクタル性)を定量化するトレンド除去変動分析(detrended fluctuation analysis: DFA)や、秩序性・規則性を求める再帰定量化解析(recurrence quantifiation analysis: RQA)が紹介されています。RQAに関しては、開眼・閉眼時のCOPのRQAから算出されるエントロピー(複雑さ)の違いや、COPに対する感覚情報の影響をRQAを利用して提示している諸研究の紹介も行われています。さらにこれらの解析法を応用し、2つの信号の揺らぎの協調を評価するトレンド除去相互相関解析(detrended cross-correlation analysis: DCCA)や交差再帰定量化解析(cross-recurrence quantifiation analysis: CRQA)も紹介され、例えば2者の姿勢動揺の協調をこれらの解析を利用して評価できることが提案されています。

2019年12月9日(月) No.262
Kim, Y., Kim, H., Kwon, M., Lee, M., and Park, S. (2019) Neural mechanism underlying self-controlled feedback on motor skill learning. Human Movement Science, 66, 198-208. doi: 10.1016/j.humov.2019.04.009
<内容>運動学習時に結果のフィードバックを自分が得たいタイミングで得る自己調整フィードバックの効果に対して、深い情報処理と高いモチベーションの2つが関与していることがこれまでに指摘されています。この研究ではこれらの指摘に対して、脳波の事象関連電位(ERP: Event-Related Potential)やフィードバック関連陰性電位(FRN: Feedback-Related Nagativity)を記録することで指南を与えています。42名の実験参加者を自己調整フィードバック群とくびきフィードバック群に分けて6桁のボタン押しを2500msで正確に行う系列運動課題を先ず習得として200試行実施させています。24時間後に100試行の保持テストと、運動時間を3000msに変えた転移テスト1と6桁の数字を変えた転移テスト2をそれぞれ50試行実施させています。これらの試行中に脳波を記録してERPやFRNの分析が行われています。パフォーマンスに関しては自己調整群はくびき群に比べて習得中では誤反応が多く、タイミング誤差も大きかった反面、両転移テストでは誤反応が少なく、タイミング誤差も小さい結果を示しました。脳波に関しても、自己調整群はくびき群に比べて刺激呈示後の前頭のP3振幅や、フィードバック呈示後の前頭のP3振幅が大きいがなどの結果から、深い情報処理と高いモチベーションの両方が自己調整フィードバックの効果に関与していることを提案しています。

2019年12月2日(月) No.261
Chib, V.S., De Martino, B., Shimojo, S., and O' Doherty, J.P. (2012) Neural mechanisms underlying paradoxical perfromance for monetary incentives are driven by loss aversion. Neuron, 74, 582-594. doi: 10.1016/j.neuron.2012.02.038
<内容>報酬が増えるとパフォーマンスが低下する中枢神経メカニズムとして大脳基底核の腹側線条体に着目した研究になります。18名の実験参加者に対してfMRI内で成功報酬0、5、25、50、75、100ドルの6条件で低難度と高難度の両手リーチング課題を実施させています。高難度課題では、報酬が中程度の25、50、75ドル条件ではパフォーマンスが高く、100ドルになるとパフォーマンスが低くなっています。腹側線条体については、課題遂行前の報酬呈示には報酬が大きいほど活性が強く、その後の運動課題中には報酬が大きいほど活性が弱まっています。100ドル条件でのパフォーマンス低下には運動開始中の腹側線条体の活性減が関与することも示されています。損失回避の意思決定と腹側線条体の活性減が関与しているという先行研究を参考に、12名の実験参加者を対象に与えられた40ドルが増減するギャンブル課題を実施させ、その課題から求められる損失回避度と上記の実験での腹側線条体の活性や課題パフォーマンスの関連も追加で検討されています。そして損失回避度が高い実験参加者ほど腹側線条体の活性減が大きく、さらにはパフォーマンスの低下も大きいことが示されています。腹側線条体以外の脳部位では報酬の増加に伴う活動の変化は見られず、これらの結果からチョーキングには注意機能から説明する諸理論よりも、情動系の関与が強く、さらには損失回避の意思決定もこれに伴うことが提案されています。

2019年11月19日(火) No.259
松田晃二郎・須崎康臣・向 晃佑・杉山佳生(2018)イップスを経験したスポーツ選手の心理的成長―野球選手を対象として―.スポーツ心理学研究,45,73-87. doi: 10.4146/jjspopsy.2018-1715
(2019年度日本スポーツ心理学会優秀論文奨励賞受賞論文)
<内容>スポーツ選手のイップスのネガティブな側面だけではなく、イップスを経験することによる心理的成長というポジティブな側面にも着目した研究になります。投送球動作のイップス経験を有する大学生の男性硬式野球選手6名を対象にエピソード・インタビューを実施し、得られた逐語録に対する質的分析によって「否定的な心理的変化に関する語り」と「肯定的な心理的変化に関する語り」に分けてカテゴリーの作成が行われています。「肯定的な心理的変化に関する語り」は、「競技に対する意識の肯定的変化」「自己認知の変化」「精神的なゆとり」「他者に対する見方・考え方の変化」「競技に対する理解の深まり」のカテゴリーで構成されています。時間軸を考慮した心理的過程のプロセスをさらに明らかにしていくことや、質的研究という手法上、心理的成長に対して客観的評価ができない点、サンプル数が少なく競技離脱にまで至っている選手を調査対象としていない点などが問題点や今後の展望として考察の最後に書かれています。

2019年11月11日(月) No.258
山口大輔(2019)劣勢な場面でにおいて望まれる心構え.体育の科学,69(8),575-579.
<内容>「スポーツにおけるネガティブ体験の価値」をテーマとした特集の中での1論文になります。競争時のストレス反応を血圧を用いて評価する研究がまとめられています。さらに、心拍出量増加に依存した血圧増加を心臓優位、抹消血管抵抗増加に依存した血圧増加を血管優位と区分し、前者はストレス事態において対処可能性(資源)の評価が状況認知(要求)の評価よりも勝り、後者はその逆を意味することが解説されています。また、競争事態を作り出した実験室実験によって、勝者は心臓優位、敗者は血管優位な血圧増加が生じ、劣勢者が優勢者を追い上げる状況においても心臓優位な血圧増加が生じるなどの著者らの研究結果も紹介されています。

2019年11月5日(火) No.257(当研究室の院生・スタッフゼミでの三森氏の紹介論文)
Gray, R. (2015) Differences in attentional focus associated with recovery from sports injury: Does injury induce an internal forcus. Journal of Sport and Exercise Psychology, 37, 607-616. doi: 10.1123/jsep.2015-0156
<内容>膝前十字靭帯損傷(ACL)の野球打者や肘内側側副靭帯損傷(UCL)の野球投手が打撃や投球課題を行う際の注意焦点とパフォーマンスについて検討されています。実験1では、18か月以内にACL再建手術経験のある10名の野球選手、ACL損傷経験のない野球選手10名と野球初心者10名が実験に参加し、打撃シミュレーション課題を行う際に音を呈示し、その時の膝や肘の角度を2択で回答する二次課題を実施させ、いかに正確に膝や肘の角度を回答できるかで内的注意が向いているかについて調べています。結果として膝角度に限定的に受傷群は受傷なし経験者群よりも二次課題の正答率が高く、初心者と同程度の内的注意を働かていることが示されています。主課題のバッティングのヒット率に関しても、受傷群や初心者群は受傷なし経験者群よりも低いことも示されています。実験2えは18か月以内にUCL再建手術経験のある10名の野球選手、ACL損傷経験のない野球選手10名と野球初心者10名が実験1と同様の手続きで投球課題を実施し、UCL受傷群に関しては膝角度と肘角度の両方において受傷群や初心者群はは受傷なし経験者群よりも二次課題の正答率が高く、投球の正確性や速度に関して受傷群や初心者群は受傷なし経験者群よりも成績が低いことが示されています。受傷に伴うパフォーマンスの低下には、患部や身体への内的注意の増大が関与することについて考察が行われています。

2019年10月28日(月) No.256
Miyasako, M., and Nomura, M. (2019) Asummetric developmental change regarding the effect of reward and punishment on responce inhibition. Scientific Reports, 9, 12882. doi: 10.1038/s41598-019-49037-9
<内容>23名の小学生と17名の中学生に対して、モニターに提示された刺激に対するGo/Nogo課題を実施させています。そして、その課題の成否に対して100ポイントの報酬や罰が課せられる条件と、報酬と罰がない条件を設け、報酬や罰を伴う行動抑制(Nogo課題)に対する発育発達の影響が検討されています。主要な結果として、中学生群は報酬や罰のインセンティブが伴う条件ではNogo課題におけるエラー時の反応時間が早くなり、特に報酬が伴う条件で反応時間が早くなることが示されています。発達に伴う報酬に対する感受性の増大や、罰に対しては行動抑制に群間差がなかったことなどが考察されています。

2019年10月21日(月) No.255
Ota, K., Shinya, M., and Kudo, K. (2019) Transcranial direct current stimulation over dorsolateral prefrontal cortex mudulates risk-attitude in motor decision-making. Frontier in Human Neuroscience, 13, article297. doi: 10.3389/fnhum.2019.00297
<内容>ばらつきを伴う運動に対するリスクテイクやリスク回避意思決定に関する研究になります。その中枢神経メカニズムに関する研究が少ないことを指摘し、左右の背外側前頭前野(DLPFC: dorsolateral prefrontal cortex)をtDSCで刺激し、タイミング一致運動のリスクテイクやリスク回避への影響が調べられています。2つの実験から構成されており、実験1では、右DLPFCにanodal(プラス)の電気を、左DLPFCにcathodal(マイナス)の電気を2mA与える条件で、その逆の電気刺激条件や、sham(プラセボ)刺激条件に比べてリスク回避運動になることが示されています。実験2ではリスクテイクやリスク回避を伴わないタイミング一致課題に対して実験1と同様の電気刺激を与える3条件を設け、3条件間のタイミング一致運動に差がないことを確認することで、実験1の結果が運動の変化によるものではなく意思決定の変化に依存することを押さえています。経済的な意思決定(economic decision)でもDLPFCの活動がリスク回避の意思決定を生む研究があるようで、運動の意思決定に関しても同様の機構が機能することが考察されています。性格特性や情動状態の影響を加味する必要性や、他の脳部位との神経結合が影響している可能性もあるため局所的に刺激すること、fMRIやEEGなども記録することで脳活動も計測する必要性なども最後に言及されています。

2019年10月15日(火) No.254
Mesagno, C., and Bechmann, J. (2017) Choking under pressure: theoretical models and interventions. Current Opinion in Psychology, 16, 170-175. doi: 10.1016/j.copsyc.2017.05.015
<内容>チョーキング(プレッシャーによるパフォ―マンス低下)を説明する諸理論として、自己注意(self-focus, explicit monitoring)や注意散漫(disteaction)といったこれまで多くの研究結果から支持されている理論とともに、自己呈示理論(sepf-presentation theory)の紹介も行われています。競技場面では他者に対する自己呈示が大きい特性を持つ人ほどチョーキングに陥りやすいことを意味しています。まだ、それほどエビデンスは多くないものの、この論文の著者らの研究結果を基に、他者からの評価に対する感受性がチョーキングに関連することが解説されています。自己注意と注意散漫に対しては、これらの理論に対応した対処法の研究もレビューされており、自己焦点に対しては二重課題法や左手運動、注意散漫に対してはルーティンやクアイエット・アイ、さらにはプレッシャーへの慣れなどが対処法としてまとめられています。

2019年10月7日(月) No.253(当研究室の院生・スタッフゼミでの三森氏の紹介論文)
Gray, R. (2011) Links between attention, perfromance pressrue, and movement in skilled motor action. Psychological Science, 20, 301-306. doi: 10.1177/0963721411416572
<内容>プレッシャー、内的・外的注意が身体運動に及ぼす影響について、動作解析や筋電図といった手法を用いて動作の変動性、多関節協調、運動効率、運動制御方略を調べている諸研究がレビューされています。

2019年10月1日(火) No.252
Ganesh, G., Minamoto, T., & Haruno, M. (2019) Activity in the dorsal ACC causes deterioration of sequential motor perfromance due to anxiety. Nature Communications, 10:4287. doi: 10.1038/s41467-019-12205-6
<内容>不安状況下でポインティングやボタン押しによる10個の系列反応課題を行うときの脳活動を調べている研究になります。系列や階層的な意思決定をする際や不安処理に対して背側前帯状回(dACC: dorsal anterior cingulate acrtex)の活動が関与するという先行研究を基に、この研究では主にdACCの活動に焦点を充てています。また、不安状況下での意識的処理がパフォーマンス低下を引き起こすという先行研究も参考に、全習法よりも分習法による学習の方が不安状況下で系列反応課題のパフォーマンスを低下させるという仮説検証が行われています。3つの実験によって構成されており、実験1では10個の系列反応課題を6個と4個に分けて分習法で学習する群と、分割せずに10個で学習する全習法の群を設け、練習後の非不安状況下テストでは分習法群は全習法群に比べて運動時間が短い反面、反応遅れやミスポインティングに対して電気刺激が与えられる不安状況下では運動時間が長くなり、ミスも増え、6個と4個に分けて学習した切り替わりのタイミングで特にポインティング時間の変動性が大きくなることが示されています。実験2では、同様の課題を行うときの脳活動をfMRIにて計測し、分習法群においてはdACCの活動増加がミスや反応遅れの増加に関与し、反対に全習法群はdACCの活動増加がミスや反応遅れの減少に関係することを示しています。さらに実験3では、分習法で学習後にdACCの活動を低下させる介入として連発磁器刺激(rTMS)を1Hz320刺激与えた後に同様の不安状況下でのテストを実施し、rTMSによってdACCの活動を低下させることで系列反応課題のミスを減少させ、6個と4個に分けて学習した切り替わりのタイミングでのボタン押し時間の変動性も小さくすることまで示しています。

2019年9月26日(木) No.251
鮫島和行(2019)素早い意思決定の鍵は経験の積み重ねと探索による経験の広がり.コーチング・クリニック,2019年8月号,32-35.
<内容>「スピードアップ」の特集内での解説になります。将棋の棋士の次の一手の意思決定に対する脳活動として、前頭前野や大脳基底核の役割が書かれています。特に、大脳基底核は経験に基づいた直感的な判断に貢献することも記載されています。さらに大脳基底核での神経伝達物質のドーパミンの機能も関与することが紹介されています。最後に、人工知能の機械学習を行う際に経験したことのないパタンを「探索」することで人口知能が強化されることにも触れられています。

2019年9月9日(月) No.250
Raab, M., & Johnson, J.G (2004) Individual differences of action orientation for risk-taking in sports. Research Quarterly for Exercise and Sport, 75, 326-336. doi: 10.1080/02701367.2004.10609164
<内容>バスケットボール未経験の53名に対するバスケットボールの攻撃場面の映像を見ながらの意思決定に関する研究になります。各映像においてコートの右側から攻撃する状況においてシュートを打つ(高リスク)、プレイメーカーにパス(低リスク)、中央の選手にパス(中リスク)、後ろの選手にパス(中リスク)のいずれかの選択をします。51シーンの映像で実験は構成され、映像停止後から回答までの反応時間も求められています。加えて、個人のリスクテイクとリスク回避の特性を調べる36項目の質問紙(Questionnaire for Assesing Prospective Action Orientation and State Orientation in Success, Failure, and Planning Situations)に回答させ、高得点群(リスクテイク)と低得点群(リスク回避)に分けて意思決定課題との関連が調べられています。主な結果として、リスクテイク群はリスク回避群に比べて高リスク(シュート)を選択する割合が高く、低リスク(プレイメーカーにパス)を選択する割合が低い、さらにはそれらの選択の反応時間が短いことが示されています。このような意思決定の差がなぜ起こるのかという問いに対して、decision field theoryという計算理論を用いて、注意の重み(attention weight)や興味バイアス(initial preference bias)が関与していることも提示しています。

2019年9月2日(月) No.249
Laborde、S., & Raab, M. (2013) The tale of hearts and reason: The influence of mood on decision making. Journal 0f Sport and Exercise Psychology, 35, 339-357. doi: 10.1123/jsep.35.4.339
<内容>ハンドボールの攻撃場面における意思決定に対するポジティブ・ネガティブ感情ならびにそれらに伴う心拍変動の影響を調べている研究になります。2つの実験から構成されていますが、両実験において実験参加者はハンドボールの攻撃場面の3Dを見て、その動画が遮蔽された直後に5名のいずれかの味方選手にパスをする、シュートを打つ、相手選手に対して1対1の突破を仕掛けるという7選択の意思決定を回答します。この意思決定課題を行う前に、イメージスクリプトや音楽を使用し、20分間でポジティブ感情やネガティブ感情、さらにはニュートラル感情を誘発する操作を行っています。実験1では、ハンドボールの上級者30名、中級者30名、初級者30名の群間比較が行われており、主に感情条件の違いによる意思決定の時間や質に差は見られませんでしたが、心拍変動と意思決定の相関分析から、交感神経活動が高い実験参加者ほど意思決定の時間が長く、質も低い半面、副交感神経活動が高い実験参加者ほど意思決定の時間が短く、質も高いことが報告されています。実験2ではハンドボールの初級者30名を対象に、同様の手続きで実験が行われており、実験1と同様の相関に加えて、ポジティブ感情とネガティブ感情条件ではニュートラル条件に比べて意思決定の時間が長く、質も低いことが示されています。

2019年8月26日(月) No.248
Cross-Villasana, F., Gropel, P., Doppelmayr. M., & Beckmann, J. (2015) Unilateral left-hand contractions produce wide spread depression of cortical activity after their execution. PLoS ONE, 10(12): e0145867. doi: 10.137/journal.pone.0145867
<内容>左手で数十秒間ボールを握ることによって、プレッシャー下でのパフォーマンス低下を防ぐことができることを示すエビデンスがいくつか報告されていますが、この論文ではその脳内メカニズムとして、左手でボールを握るという行為を行った後には脳全体の活性が低下することが実証されています。右利きの男女20名に対して1秒に2回のリズムでボールを握る運動を45秒間左手と右手で実施させ、その時の脳波を計測しています。課題後2分間と課題遂行前2分間の安静時の脳波も記録し、それらの脳波を比較すると、左手で実施した後には脳全体のα周波数帯域(8-12Hz)が増加(脳の活性が低下)していましたが、右手で実施したときにはα周波数帯域が低下(脳の活性が増加)していました。左手でボールを握った後のこのような脳活動が、プレッシャー下でのパフォーマンスに正の効果を与えると考えられています。

2019年8月6日(火) No.247
Iwatsuki, T., Abdollahipour, R., Psotta, R., Lewthwaite, R., & Wulf, G. (2017) Autonomy facilitates repeated maximum force productions. Human Movement Science, 55, 264-268. doi: 10.1016/j.humov.2017.08.016
<内容>握力計で左右の両手で最大握力発揮課題を複数回行う際に、右手で行うか左手で行うかの順序を自己決定することが握力発揮のパフォーマンスにどのように影響するかについて検討されています。30名の実験参加者が最初に各手それぞれで基準となる最大握力を測定し、それを基に自己決定群と統制群の2群に分けられています。その後に右手で3試行、左手で3試行の最大握力発揮課題を6試行を行うのですが、右もしくは左での実施順を自己決定群は自分で決めることができ、統制群は自己決定群のある実験参加者の実施した順序で行います。結果は、自己決定群は最初の基準値の握力を後の6試行でも維持できたのですが、統制群は基準値を下回る値になったことが示されています。今後の展望として、中枢神経活動や筋活動などを測定することで自己決定のパフォーマンスに対する正の効果のメカニズムを検証する必要性が提案されています。

2019年7月29日(月) No.246
Wulf, G., Iwatsuki, T., Machin, B., Kellogg, J., Copeland, C., and Lewthwaite, R. (2018) Lassoing skill through learner choice. Journal of Motor Behavior, 50, 285-292. doi: 10.1080/00222895.2017.1341378
<内容>自己選択と運動学習に対する効果について感情の視点からメカニズムを提案している論文になります。2つの実験が行われていますが、両実験では三角コーンに縄投げをして縄を入れるという不慣れな新奇運動課題課題が用いられています。実験1では、この課題の習得を行う際にコーンの下に敷くマットの色を三色の中から選択する群と実験者の指示によって行う統制群を設けています。Self-Assesment Manikin(SAM)というイラスト選択の9件法によって快-不快感情を測定する質問紙を使用することで感情の測定が行われており、自己選択群は統制群に比べて練習中や1日後の保持テストにおいて課題成績が高く、快感情も高いことが示されています。実験2では感情の測定は行われていませんが、実験1と同様の2群とともに、課題についてビデオ学習できるタイミングを自己選択で選べる群の3群比較が行われています。マットの色を自己選択する群は課題に関係ないことを自己選択していることを意味し、ビデオ学習できるタイミングを自己選択する群は課題に関係あることを自己選択していることを意味します。結果として、統制群に比べて両群において練習中や2日後の保持テストの課題成績が高いことが示されています。これらの結果より、自己選択による快感情の誘発によって、脳内のドーパミンが増し、それに伴い記憶の固定が促進し、運動学習に正の効果があることを提案しています。

2019年7月23日(火) No.245
Tia, B., Saimpont, A., Paizis, C., Mourey, F., Fadiga, L., and Pozzo, T. (2011) Does observation of postural imbalance induce a postural reaction? PLoS one, 6, e17799. doi: 10.1371/journal.pone.0017799
<内容>安静立位姿勢制御に対して、揺れている身体のバイオロジカルモーションを呈示し、その観察による運動伝染を調べた研究になります。実験参加者は重心動揺計上で11秒間の安静立位姿勢保持課題を3条件行いました。最初に、眼前に注視点を提示し足圧中心を記録する統制条件を行っています。その後に、体操選手がロープの上で身体を揺らしながらバランスを保っている全身動作を23点のポイントライトに変換した23点のバイオロジカルモーション動画を観察しながら足圧中心を記録する条件と、そのバイオロジカルモーションを上下反転させた動画を観察しながら足圧中心を記録する条件になります。これら2つの条件を行う順は20名(データ分析は18名)の実験参加者間でカウンターバランスが取られています。通常のバイオロジカルモーションで姿勢が崩れればそれは他者観察による運動伝染の影響であり、上下反転のバイオロジカルモーションでも姿勢が崩れればそれは提示された動画の光学流動による姿勢の変化であるというロジックで仮説検証が行われています。結果として、通常のバイオロジカルモーションを先に実施した群においてのみ統制条件や上下反転条件に比べてCOPの前後方向の移動距離や外周面積が大きかったことが示されており、バイオロジカルモーションによる運動伝染が部分的にではありますが生じたことが確認されています。実験後に各実験参加者の内省も記録しており、18名全員において姿勢の揺れは知覚されていないことから、脳幹や小脳など影響によるの皮質下レベルでの無意識的な姿勢制御の変化である可能性について考察されています。

2019年7月8日(月) No.244
Ikudome, S., Kou, K., Ogasa, K., Mori, S., and Nakamoto, H. (ahead of print) The effect of choice on motor learning for learners with different levels of intrinsic motivation. Journal of Sport and Exercise Psychology. doi: 10.1123/jsep.2018-0011
<内容>道具や環境、フィードバック取得などの自己選択によって運動学習の効果が高まることについて複数のエビデンスがあります。この論文ではこのような効果に対して内発的動機づけがどのように関連するかについて検証されています。ダーツ投げを課題とし、実験1では40名の実験参加者が参加しています。1日目に実験室内での5分の自由時間におけるダーツの練習量を基に練習量が多い群を内発的動機づけ高群、練習量が少ない群を内発的動機づけ低群とし、これらの群がさらに自己選択練習群(200試行の練習時のダーツの色を自己選択できる)とくびき群(実験者が指示する色で練習する)に分けられます。24時間後にこれら4群が15試行の保持テストを実施しました。結果として、内発的動機づけ低群は自己選択練習の効果が得られましたが、内発的動機づけ高群は自己選択練習の効果は見られませんでした。実験1では道具の色という課題パフォーマンスには直接関係のないことに対する自己選択について検討していますが、実験2では課題パフォーマンスに関連のある選択として、自己選択群には習得試行中に自由なタイミングで一度だけ他者が課題を成功する1分の動画を観察するチャンスが与えられています。くびき群は実験者の指示するタイミングで動画の観察が行われています。40名の実験参加者を実験1と同様に4群に分け、実験1と同様の習得試行と保持テストが実施されています。実験1とは異なり実験2では内発的動機づけ高群と低群の両群において自己選択練習の効果が示されています。これらの結果から、課題パフォーマンスに直接関連のないことの自己選択は内発的動機づけが低い者に対しては有効であり、課題パフォーマンスに直接関係のあることの自己選択は内発的動機づけの程度を問わずに効果があることが主張されています。

2019年7月1日(月) No.243
福原和伸・樋口貴広(2019)バーチャルリアリティー技術の活用で明らかにされたスポーツ選手の予測能力.神経眼科,36,30-35.
<内容>バーチャルリアリティー(VR)の発展・普及に伴ってスポーツ心理学や運動学習の研究にもVRの波が押し寄せています。この総説では、ラグビーのディフェンスについてVRを使用して熟練者と初心者の予測スキルを比較した研究、VRを利用した野球打撃のトレーニングが実打練習、選球眼テスト、試合打撃成績への転移効果を報告した研究について主にまとめられています。さらに研究方法としてのVR利用の利点として、「視覚情報操作」をキーワードに、VR内の外的環境情報を研究目的に応じて操作できることを著者等の研究を話題に解説されています。