福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2020年7月9日(木) No.286
Laborde, S., Mosley, E., & Thayer, J.F. (2017) Heart rate variability and cardiac vagal tone in psychophysiological research - recommendations for experiment planning, data analysis, and data reporting. Frontiers in Psychology, 8, article 213. doi: 10.3389/fpsyg.2017.00213
<内容>心電図(ECG)を記録し、R-R間隔の変動(心拍変動:HRV)を解析する研究における諸注意事項を把握できる総説論文になります。HRVに関して多くの指標がありますが、それらの指標が何を反映する指標であるか、サンプルサイズをどうするか、測定時に実験参加者に依頼する事項、最低限必要な記録時間、ノイズの処理をどうするかなどが書かれています。また、HRVの各指標は実験参加者間で正規分布しにくく、その場合は自然対数を用いることや、例えば迷走神経緊張の指標は複数ありますが論文報告上は1つに絞り、その他の指標は確認的に分析に用いることも推奨されています。

2020年7月2日(木) No.285
Mine, K., Ono, K., & Tanpo, N. (2018) Effectiveness of manegement for yips in sports: A systematic review. Journal of Physical Therapy Sports Medicine, 2, 17-25.
<内容>スポーツ選手のイップスの対処法の効果を報告している論文をまとめたシステマティック・レビューになります。7つの検索エンジンから厳選した12個の上記テーマに関する論文を取り上げています。対象種目は7論文がゴルフ、2論文が陸上長距離、そしてバスケットボール、ボーリング、カヌーがそれぞれ1論文となっています。対処の方法としては、イメージが4論文、プリ・パフォーマンス・ルーティンが3論文、瞑想や筋弛緩剤投与が2論文となっています。対処法の効果をどのように調べるかについては、イップス症状の出現頻度測定が4論文、課題パフォーマンスの評価が4論文、選手の主観が5論文となっています。概してイメージの研究に関しては、TypeT症状(神経性)のイップスに限定した論文ばかりですが、中から大の効果量が示されており、ある程度効果の期待できる対処法であるが、その他の対処法に関しては対象者数や効果の実証方法、効果量などに問題が多いことが指摘されています。MCRF(McMaster Critical Review Form)という方法を使い、12個の各論文の質の値も提示されており、全般的にその値が低い研究が多いことも記載されています。

2020年6月23日(火) No.284
Abt, G., Boreham, C., Davison, G., Jackson, R., Nevill, A., Wallence, E., & Williams, M. (ahead of print) Power, precision, and sample size estimation in sport and exercise science research. Journal of Sports Sciences. doi: 10.1080/02640414.2020.1776002
<内容>多くの学術雑誌で実験参加者数(サンプルサイズ)の決定方法を記載することが推奨されていますが、Journal of Spots Sciencesに近3年で公開された論文の中から無作為に選定された120の論文では実験参加者数の中央値が19名であり、パワー不足が否めないことが指摘されています。また、その中で事前にパワー分析を行っていることを報告する論文は12しかなく、さらにはそれらの全てにおいてαやパワー(1-β)の決定方法等の十分な記述がなされていないことも書かれています。そして、最低限必要なサンプル数を決めるパワー分析だけではなく、サンプルサイズの正確な数や、どの段階でサンプルサイズを増やすことを止めるかについてを検討するために、信頼区間値を利用したパラメータ推定精度(AIPE: Accuracy in Parameter Estimation)やベイズ因子計画分析(BFDA: Bayes Factor Design Analysis)を実施し、論文中にそれらを記載することの意義も提案されています。

2020年6月17日(水) No.283
Toma, M. (2017) Missed shots at the free-throw line: Analyzing the determinants of xhoking under pressure. Journal of Sports Economics, 18, 539-559. doi: 10.1177/1527002515593779
<内容>視線行動や注意などの切り口からプレッシャー下でのバスケットボールフリースローの成功率の低下に関する心理行動機序を調べる実験研究は多くありますが、この研究ではアメリカの男女のプロ及び大学バスケットボール(NBA、WNBA、NCAA)における12年間のシーズンの約200万のフリースローの映像を分析することで実場面でのプレッシャーによるフリースローの成功率に関して豊富な結果を報告しています。序論では、得点が同点や2点差以内などの僅差のゲーム状況時にフリースローの成功率が低下する研究を紹介し、さらにこの研究ではゲームのラスト30秒という重要な場面での成功率がどうなるか、そのような状況での男女の違いはあるか(ステレオタイプ脅威や自己意識が影響し女性の方が影響を受けやすいという仮説)、プロと大学生では違いがあるか(大学生の方がプロよりも影響を受けやすいという仮説)などを重回帰モデルを作成することで検証しています。そして、ゲームのラスト30秒ではその他の時間帯よりもNBAで4.12%、WNBAで7.64%、NCAA男子で3.02%、NCAA女子で3.18%有意に成功率が下がることを示しています。しかし、仮説である男女差やプロ・大学差に関しては有意な結果は得られませんでした。その他にも成功率が低い選手ほどラスト30秒での成功率が低下しやすいことなど様々な結果が報告されていますが、特に大学生においてプロ候補の選手の方がそうでない選手よりもゲームのラスト30秒での成功率が低下しやすいという結果を強調しています。その理由としては、プロ入り後の評価を高めるためや、それに伴い勝つことに対する意識が高いことでそのような状況でプレッシャーを感じフリースローが影響を受けやすいことを考察しています。

2020年6月9日(火) No.282
村田藍子・亀田達也(2015)集団行動と情動.船橋新太郎・渡邊正孝(編著).情動学シリーズ4 情動と意思決定―感情と理性の統合―.朝倉書店.pp.132-163.
<内容>集団の中での意思決定に関して、周囲の他者の犯罪的行為によって増える犯罪、肥満(BMI30以上)の割合は家族や友人に肥満であるほど確率が増すこと、近傍に幸福を感じている人がいると自分も幸福を感じやすいことなどに触れ、社会的相互作用に影響されることについて先ずは紹介されています。そして、その心理的・認知的メカニズムとして、集団の中での合理的同調として情報カスケード(自己の有する情報の内容に関わらず他者の意思決定をそのまま模倣する)や適応戦略(リスクを伴う不確実性が高い状況では他者や多数派の意思決定に依存する)が関与することを述べています。さらに、合理的同調のポジティブな側面として、「集合知(Wisdom of Crowds)」と呼ばれる複数人による情報の集約によって平均的な個体レベルでの意思決定よりも高いクオリティの意思決定が可能であることが、ミツバチのコロニー作りの意思決定、インターネットの情報検索、人気アイテムのマーケットシェア、ヒット曲のダウンロード数などの話題から展開されています。最後には、アッシュの同調実験や光点移動の錯視判断の集団収束、ミラーニューロンシステム等の情動伝染や表情・動作模倣(ミラーリング)及び模倣による強化学習モデルの神経基盤研究、他者観察下での社会規範的な意思決定など、このような社会心理学研究の歴史の系譜も学べる本チャプターになります。

2020年6月2日(火) No.281
村川大輔・幾留沙智・高井洋平・小笠希将・森 司朗・中本浩揮(早期公開中)サッカー選手における意思決定能力と潜在的パターン知覚の関係.スポーツ心理学研究.
<内容>オフェンス時のサッカー選手がパスを出す際に相手のマークが外れている選手を検出するパターン知覚(研究1)とその選手にパスを出す意思決定(研究2)について検討されています。研究1では、ディスプレイ上にオフェンス時の一人称視点での味方3名と相手3名の写真を提示し、マークの外れている味方をボタン押し課題によって当てる課題を行っています。特にこの研究では、逆向マスキング法を用いてその写真刺激の呈示時間が17ms〜85msまでの潜在的および顕在的パターン知覚について、サッカー選手としての意思決定能力別(サッカー指導者の評価による群分け)の比較が行われています。そして、意思決定能力の高群と中群は34msという短い時間での呈示によってもチャンスレベル以上の正答率があり、この結果から潜在的なパターン知覚が可能であることが示されています。研究2では、研究1と同様の写真刺激を先行刺激とし、その後のマスク刺激後に標的刺激を出し、パスを出したいマークの外れている選手に対するボタンをなるべく早く押し、その反応時間が計測されています。標的刺激について先行刺激と同じ一致条件と、先行刺激とは異なる不一致条件を設け、それぞれの条件に対する反応時間の差分が算出されています。この値が大きいほど標的刺激に対する先行刺激が意思決定に影響していることを意味します。そして意思決定能力の高群は34msの短時間の先行刺激においても反応時間の差分が大きくなることが報告されています。つまり、潜在的な知覚情報がその後の意思決定も関与していることを示しています。これらの結果に対して、熟練者固有の知識基盤、熟練者の有する直観的な情報処理、ゴール前での写真刺激であったことによる情動系の賦活の3つの視点からの豊富な考察が記載されています。

2020年5月27日(水) No.280
Wilson, M.R., Kinrade, N.P., & Walsh, V. (2019) High-stakes decision making. In A.M. Williams, & R.C. Jackson (Eds.), Anticipation and decision making in sport (pp. 232-249). Routledge.
<内容>注意や意思決定の視点からプレッシャー下でのパフォーマンスについてまとめられている本チャプターになります。注意に関しては注意制御理論(Attentional Control Theory)について先ずは触れられていますが、プレッシャー下での認知バイアスは@環境刺激に対する注意とAその刺激の知覚や解釈の2種類があることも述べられています。またその前提となる不安は、失敗の確率と損失の2つから規定されることも書かれています。意思決定に関しては、Kinrade et al. (2010) が作成した意思決定再投資尺度(Decision-Specific Reinvestment Scale: DSRS)を使用した研究がまとめられており、概してこの尺度での高得点者ほどプレッシャー下で意思決定の精度が低下することを言及しています。また意思決定の種類として、@早く正確な知覚レベルの意思決定、Aリスクテイク・回避の意思決定、B確率を含む意思決定の3つがあり、論文としては非公開データではありますがこれらの3側面を測定する課題を低プレッシャーと高プレッシャー下でスポーツ選手に実施させ、その典型例の個別結果も記述されています。

2020年5月20日(水) No.279
Nieuwenhuys, A., & Oudejans, R.R.D. (2012) Anxiety and perceptual-motor performance: toward an integrated model of concepts, mechanisms, and processes. Psychological Research, 76, 747-759. doi: 10.1007/s00426-011-0384-x
<内容>プレッシャー研究の総説論文になります。プレッシャー下でのパフォーマンスのメカニズムに関する諸理論や諸エビデンスを統合したモデルを提示し、そのモデルの説明がなされています。処理効率性理論(Processing Efficiency Theory)、注意制御理論(Attentional Control Theory)、意識的処理理論(Conscious Processing Theory)といった注意システムからプレッシャー下でのパフォーマンスを説明する諸説の説明が中心となっていますが、それらとともに外的環境の知覚、運動の選択、運動制御システムなども関与することも提案されています。また、これらの前段階として、環境刺激に対する注意、解釈(知覚)、反応が介在することにも触れられています。

2020年5月13日(水) No.278
Maher, R., Marchant, D., Morris, T., & Fazel, F. (2019) Examining physical exertion as a potential cause of choking. International Journal of Sport Psychology, 50, 548-564. doi: 10.7352/IJSP.2019.50.548
<内容>バスケットボールの試合終盤での拮抗した場面でのフリースローのように、疲労とプレッシャーが共存するなかでの運動パフォーマンスについての検討が行われています。50名の大学生が、@低プレッシャー低疲労、A高プレッシャー低疲労、B低プレッシャー高疲労、C高プレッシャー高疲労の4条件でそれぞれ20試行のフリースロー課題を行います。高疲労条件では、56mのダッシュ直後に2本フリースローを実施し、低疲労条件はこの距離を歩いた後に同様のフリースロー課題を行います。高プレッシャー条件では、26名の観衆、成績1〜6位に対する75〜15ドルの報酬、ビデオ撮影などの中で課題を行い、低プレッシャー条件ではこれらのストレッサーがありません。成功数に対するプレッシャー条件(2)×疲労条件(2)の2要因分散分析の結果、プレッシャー条件の主効果や疲労条件の主効果はあり、高プレッシャー条件や高疲労度条件では成功数が少ないことが報告されています。交互作用は見られませんでしたが、最も成功数が少ないのは高疲労度・高プレッシャー条件でした。考察では、アメリカのプロや大学のバスケットボールの試合において試合終盤での接戦ではフリースローの成功率が約2〜6%低下することを報告する論文を引用し、このような現象を実証した研究と言えます。

2020年5月4日(月) No.277
Turner, M.J., Kirkham, L., & Wood, A.G. (2018) Teeing up for success: The effects of rational and irrational self-talk on the putting perfromance of amateur golfers. Psychology of Sport & Exercise, 38, 148-153. doi: 10.1016/j.psychosport.2018.06.012
<内容>論理的(rational)なセルフトークと非論理的(irrational)なセルフトークが運動パフォーマンスに及ぼす影響について、非論理的なセルフトークが負の効果があることを示す先行研究と、効果がないことを示す先行研究が散見しているようです。そこでこの研究では、スポーツの実環境に関する生態学的妥当性を高めるために、アマチュアゴルファーを対象に実際のコースのパッティンググリーン上にて、競争によるプレッシャー下でのゴルフパッティングのパフォーマンスに対する両セルフトークの効果が比較されています。57名のゴルファーを対象に、2.13m先のカップに対してカップインを求めるパッティング課題をベースライン条件、論理的セルフトーク条件、非論理的セルフトーク条件にて各15試行実施させ、非論理的セルフトーク条件では論理的セルフトーク条件に比べて成功数が少ないことが示されています。パッティングの成功数のみをパフォーマンスの指標としているため、キネマティスを測定することや、注意(意識的処理)との関連を調べることで、非論理的セルフトークによりプレッシャー下でパフォーマンスが低下するメカニズムを今後の研究で検討する必要性が提案されています。また、この研究結果は、一連のセルフトークとパフォーマンスに関する研究に対して、ポジティブもしくはネガティブの効果を提言しているだけではなく、機能的(論理的)もしくは非機能的(非論理的)なセルフトークの効果も提言していることも主張されていますが、一過性のセルフトークの効果を示している研究であり、特性としての信念について検討している研究ではないことも記述されています。

2020年4月23日(木) No.276
Mesagno, C., Tibbert, S.J., Buchana, E., Harvey, J.T., & Turner, M.J. (ahead of print) Irrational beliefs and choking under pressure: A preliminary investigation. Journal of Applied Sport Psychology. doi: 10.1080/10413200.2020.1737273
<内容>プレッシャー下でのパフォーマンスについて性格特性としての非論理的信念との関係を初めて調べている研究になります。プレッシャー下でのパフォーマンスの低下の原因としてこれまでに実証されていきた注意散漫、意識的処理、自己呈示の心理的特徴と非論理的信念が関連していることが研究背景として書かれています。オーストラリアン・フットボール選手35名を対象に、30mのキック課題を非プレッシャー条件で15試行実施させ、その後に観衆3名、ビデオ撮影、他者と合計得点による賞金のプレッシャー条件でも15試行実施させています。実験前に、28の質問項目によって構成されている非論理的信念の性格特性を調べる質問紙iPBI(Irrational Performance Beliefs Inventory: Turnet et al., 2018)に回答させ、この得点と各条件での得点(キックの正確性)や認知不安、身体不安との関係を調べています。結果として、非プレッシャーからプレッシャー条件にかけて35名の平均値に関しては有意な認知不安と身体不安の増加、パフォーマンス得点の低下が認められています。また、非論理的信念が強いほどプレッシャー条件で身体不安が大きくなる傾向も得られています。さらに、非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけて15点以上のパフォーマンス得点の低下があった7名を限定して分析をすると、非論理的信念が強いほどプレッシャー条件でパフォーマンスが低下したことも報告されています。非論理的信念がプレッシャー下でのパフォーマンス低下に関することを初めて提案する論文であり、スポーツの実場面での高強度のプレッシャー下での極度なパフォーマス低下にも関連するかを検討することや、サンプル数を増やすことなどが今後の展望として書かれています。選手や指導者の実践応用として、論理情動療法を活用することについても触れられています。

2020年4月17日(金) No.275
Roberts, R., Rotheram, M., Maynard, I., Thoman, O., & Woodman, T. (2013) Perfectionism and the 'yips': An initial investigation. The Sport Psychologist, 27, 53-61. doi: 10.1123/tsp.27.153
<内容>イップスを有するスポーツ選手の心理面として不安、脅迫的思考、完全主義が関連することを序論で述べ、この研究ではとくに完全主義に焦点を当て、イップスとの関係を調査しています。12か月以上の動作不全などのイップスの基準を満たすゴルフ選手20名、クリケット選手20名、ダーツ選手20名をイップス群とし、イップスの症状のないゴルフ選手20名、クリケット選手20名、ダーツ選手20名を非イップス群として、完全主義を測定する質問紙に回答させています。多次元完全主義尺度(FMPS: Frost et al.'s Multidimensional Perfectionism Scale)の「厳格な評価基準(personal standards)」「秩序への選好(organization)」「間違うことへのとらわれ(concern over mistakes)」「行為に関する疑い(doubts about actions)」の4つの下位尺度に回答させ、イップス群は非イップス群に比べてこれらの4因子の得点が有意に高いことや、回帰分析を基に「厳格な評価基準」「秩序への選好」「間違うことへのとらわれ」はイップスに関連するを示しています。考察では、この研究の限界や今後の展望として、完全主義のイップスの因果関係が分からないため縦断的研究が必要なことや、不安や脅迫的思考も含めて研究を行うこと、動作や筋活動などの行動面の指標も絡めることの有用性が提案されています。

2020年4月7日(火) No.274
Ginatempo, F., Manzo, N., Ibanez-Pereda, J., Rocchi, L., & Rothwell, J.C. (2020) Happy face selectively increase the excitability of cortical neurons innervating frowning muscles of the mouth. Experimental Brain Research. doi: 10.1007/s00221-020-05777-z
<内容>無意識的な他者の情動の認識について「感覚運動シミュレーション(sonsorimotor simulation)」というモデルがあり、この研究ではその脳内機序として、2連発磁器刺激法を用いて、他者の表情写真を見た際の口角下制筋(DAO: depressor anguli oris)や第一背側骨間筋(FDI: First Dorsal Interosseous)を支配する皮質脊髄路の抑制回路や促通回路の機能について検討されています。30名の実験参加者をDAOから運動誘発電位(MEP: Motor Evoked Potential)を誘発する群(15名)とFDIからMEPを誘発する群(15名)に分け、10名の笑顔表情、悲しみ表情、中性表情写真(計30刺激)を300ms呈示後にDAOやFDIを支配する運動野に、2連発磁器刺激を当て、MEPの強弱からSICI(Short-latency InterCortical Inhibition)とICF(InterCortical Facilitation)について筋間(DAOとFDI)や表情間(笑顔、悲しみ、中性)の比較が行われています。そして、悲しみ写真に対してはFDIに限定的に中性写真に比べてSICIの増加(脱抑制)が生じ、笑顔写真に対しては中性写真に比べて脱抑制が生じることが示されています。これらの結果から、ネガティブな表情刺激に対しては闘争・逃走反応の一環として手までを支配する運動野の活動が影響を受けるが、ポジティブな表情刺激に対しては社会的コミュニケーションの機能として表情筋を支配する運動野の活動が選択的に影響を受けることが主張され、その脳内機序について考察されています。

2020年3月30日(月) No.273
Hasegawa, Y., Miura, A., and Fuji, K. (2020) Practice motions perfromed during preperformance preparation drive the actual motion of golf putting. Frontiers in Psychology, 11, article513. doi: 10.3389/fpsyg.2020.00513
<内容>非常に小さな力発揮で実施する精緻運動技能の1つであるゴルフパッティング課題を用いて、1.2mや7.2m先のカップに入れることをイメージした素振りとその後の実打の関係をボールの停止位置、パターのインパクト速度などのキネマティクスを詳細に調べることで検討されています。1.2mや7.2mの距離を想定した素振り後にその距離の実打をする同距離条件、1.2mや7.2mを想定した素振りとは反対の距離で実打をする(1.2m素振り→7.2m実打、7.2m素振り→1.2m実打)異距離条件、素振りなし条件の各条件20試行を10名のプロゴルファーとハンディキャップ平均が14.5のアマチュアゴルファー10名に実施させて群間比較が行われています。そして主な結果として、プロゴルファーとアマチュアゴルファーともに異距離条件では、事前に1.2mの距離で素振りをすると実打は短くなりやすく、事前に7.2mの距離で素振りをすると実打は長くなりやすいため、素振りによる筋運動感覚情報がプロゴルファーでもアマチュアゴルファーでも実打に転移することが提案されています。序論や考察では、スポーツ心理学分野のプリ・パフォーマンス・ルーティンの研究と関連付けて、素振りによる事前運動計画や筋運動感覚情報の利用価値があることが記述されています。

2020年3月23日(月) No.272
Waddell, M., and Amazeen, E. (ahead of print) Does attention modify contributions to heaviness perception? Research Quarterly for Exercise and Sport. doi: 10.1080/02701367.2019.1668519
<内容>17名を対象に、机上に置かれた16条件の重り(4つの重さ(340, 470, 600, 730g)×4つの体積(137, 290, 970, 2195cm3))を肘関節の屈曲運動によって持ち上げる課題を実施させ、肘関節屈曲運動中の筋放電量(上腕二頭筋の最大筋放電量)やキネマティクス(腕の最大加速度)を記録し、重さ知覚(同じ重さでも体積の小さいほうが重く感じる)の運動に対する影響が調べられています。そして、注意を腕に向ける条件と重りに向ける条件を設けることで、知覚運動系に対する内的・外的注意の影響を調べることを主目的とした研究になります。そして、重りの重さや体積の条件に関わらず外的注意は内的注意に比べて、筋放電量が小さく、外的注意によって経済的な運動ができることを報告する複数の先行研究を支持する結果が得られています。さらに重回帰分析によって筋放電量や加速度と重さ知覚の関係を検討し、内的注意条件では有意な相関はないものも、外的注意条件では加速度と重さ知覚の間に有意な相関が見られ、重さ知覚による運動の変化は外的注意によって助長されることを主張しています。

2020年3月16日(月) No.271
Hoskens, M.C.J., Bellomo, E., Uiga, L., Cooke, A., and Masters, R.S.W. (2020) The effects of unilateral hand conteactions on psychophysiological activity during motor performance: Evidence of verval-analytical engagement. Psychology of Sport and Exercise, 48, 101668. doi: 10.1016/j.psychsport.2020.101668
<内容>運動課題遂行前に左手でボールの把持運動をすることでプレッシャー下でのパフォーマンス低下を防げることを示す2つの論文がありますが、そのメカニズムに関しては推測の域を出ていません。この論文では、非プレッシャー下でのゴルフパッティング課題を行う前に45秒間自由ペースでボールの把持運動を左手や右手で行う条件と、行わない条件を設けて、脳波α周波数帯域(10-12Hz)のT7-Fzの機能的結合(コヒーレンス)に着目し、条件間比較が行われています。28名(分析対象は25名)が各条件で25試行のゴルフパッティング課題を行っており、まずボール把持課題中の脳波全10組間のα周波数帯域(8-12Hz)の左右差を求め、左手把持課題中は右脳の活動が優位であり、右手保持課題中は左脳の活動が優位であるという操作チェックが確認されています。各試行のゴルフパッティング動作開始前3秒間のT7-Fzコヒーレンスに関しては、左手把持条件では右手把持条件や統制条件に比べて結合が小さく、右手把持条件では左手把持条件や統制条件に比べて結合が大きいことが示されています。各条件25試行のゴルフパッティング課題の正確性(ターゲットからの絶対誤差)に関しては条件間の差が見られませんでしたが、媒介分析によってT7-Fzコヒーレンスが3条件とゴルフパッティング課題の正確性を媒介することが報告されています。その他、心拍数、前腕屈筋と前腕伸筋の筋放電量、パッティングのダウンスイング動作のパターの加速度などの多岐に渡る分析も行われていますが、これらの指標に関しては3条件間の差や、媒介変数としての関係性は認められず、T7-Fzコヒーレンスが把持運動とパフォーマンスの間に介在する主要因であることが考察されています。

2020年3月9日(月) No.270
栗林千聡・武部匡也・松原耕平・高橋 史・佐藤 寛(2019)イップスの操作的定義の提案に向けたシステマティックレビュー―多領域の連携可能性―.スポーツ精神医学,16,31-41.
<内容>スポーツ選手のイップスに関するこれまでの研究では、イップスを有するかどうかの判断を各論文内での定義に基づいて、選手の主観的自己判断や、他者観察による判断で実施されております(※一部、筋電図をマーカーとしてイップスの判断をする研究もあります)。そのため、研究間でのイップスの基準が異なるという問題を有していました。この問題の解消を目的にこの総説論文では、スポーツ選手のイップスに関する国内誌3編、国際誌30編のレビューによって、イップスの操作的定義の基準案が示されています。「以前は簡単にできていた競技中のある特定の動作ができなくなってしまい、実施するスキルの著しいコントロール欠如が認められる」を中核症状とし、ジストニアand/or不安の症状がある、薬、他の医学的疾患、怪我、調整不足が原因ではない、他の精神疾患ではうまく説明されないなどの7つの基準を満たすことでイップスを有すると判断できる基準が提案されています。

2020年2月19日(水) No.269
Ota, K., Tanae, M., Ishii, K., and Takiyama, K. (2020) Optimizing motor decision-making through competition with opponents. Scientific Reports, 10, 950. doi: 10.1038/s41598-019-56659-6
<内容>ディスプレイ上での限界点までのリーチング課題(限界点近くまでリーチング出来るほど高得点、限界点を超えるとその試行は得点なし)を用いた実験になります。運動誤差(ノイズ)を考慮したリーチング終了点の最適位置(最も高得点が獲得できる確率の高い位置)を基準に、リーチングの終了点がその位置を超えた場合はリスクテイク運動を実施し、その位置の手前でリーチングを終えた場合はリスク回避行動を実施したことを意味します。論文は5つの実験で構成されており、概して、一人で実施する10試行×5ブロックの練習段階ではリスクテイク運動を実施するものの、コンピュータや人を相手とした競争場面や、他者のリーチング運動を観察した場面では最適解運動が現れることが示されています。競争場面では特に最初の方でリスク回避運動を実施しており、これは相手の強さが分からないため、弱い相手を想定して最低でもその相手には勝てる方略を取った可能性が考察されています。また、対戦相手の得点との相関分析も行うことで、単に対戦相手の運動意思決定に引き込まれて、このような運動意思決定の変化が生じたのではないことも示されており、今後の研究で対戦相手がいることで模倣ではない意思決定の変化がなぜ生じるかについて検討する必要性も提案されています。

2020年2月12日(水) No.268
戸山彩奈・松本裕史・渋倉崇行・幸野邦男(早期公開中)スポーツ指導者の統制的行動が女子大学スポーツ選手の動機づけに及ぼす影響.スポーツ心理学研究.【J-STAGEの早期公開ページにリンク】
<内容>同僚の松本裕史先生の研究室で実施された研究の論文になります。スポーツに取り組む女子大学生243名を対象に、スポーツ指導者の統制的行動に対する選手の認知を測定する質問紙(日本語版CCBS: Controlling Coach Behaviors Scale)、スポーツ場面における基本的心理欲求の充足および不満を測定する質問紙(日本語版BPNSFS: Basic Psychological Need Satisfaction and Frustration Scale)、スポーツ参加における動機づけを測定する尺度(日本語版SMS-U: Sport Motivation Scale)に回答させ、共分散構造分析を用いて、基本的心理欲求を媒介しての統制的行動が動機づけに及ぼす影響についての仮説検証が行われています。そして、報酬に対する統制、負の条件的関心、威嚇、過度の個人統制などの指導者の統制的行動が高いほど、基本的心理欲求の不満が高くなり、無動機づけが高まるという結果が得られています。考察では、報酬に対する統制、負の条件的関心、威嚇、過度の個人統制のそれぞれが基本的心理欲求の不満や無動機づけを高めるメカニズムについて記述されており、競技種目、競技レベル、発育段階、指導者の性別などを考慮して、今後の研究展望としてこの結果を一般化するために多面的検討を実施していく必要性も述べられています。

2020年2月3日(月) No.267
Byrne, K.A., Silasi-Mansat, C.D., and Worthy, D.A. (2015) Who chokes under pressure? The Big Five personality traits and decision-making under pressure. Personality and Individual Differences, 74, 22-28. doi: 10.1016/j.paid.2014.10.009
<内容>ディスプレイ上で報酬獲シミュレーションの2選択意思決定課題を非プレッシャーとプレッシャー下で行い、主要5因子性格検査の5因子得点との関係が調べられています。実験1では、127名の実験参加者を非プレッシャー群とペア作業の成績により報酬の獲得の有無が関わるプレッシャー群に分けて、250試行の意思決定課題を行っています。相関分析や重回帰分析の結果、プレッシャー群では神経質傾向の得点が高い人ほど意思決定の課題の成績が低いことや、誠実性や調和性の高い人もこのような傾向があることが示されています。実験2では、67名を対象にプレッシャー群のみを設け、実験1のペア作業によるプレッシャーに加えて、250試行を1705秒(約28分)で終わることを求めるタイムプレッシャーも負荷し、神経質傾向や調和性に関しては同様の結果を確認しています。序論や考察では、これらの関係性のメカニズムとして、注意散漫に伴うワーキングメモリ負荷の増加が関与することが記述されています。

2020年1月27日(月) No.266
Clarke, P., Sheffield, D., and Akehurst, S. (2020) Personality predictors of yips and choking susceptibility. Frontiers in Psychology, 10, Article2784. doi: 10.3389/fpsyg.2019.02784
<内容>この論文の筆頭著者の総説(Clarke et al., 2015, Int. Rev. Sport Exerc. Psychol.)では、イップスが心因性のパフォーマンス低下(チョーキング:choking)と神経性のパフォーマンス低下(ジストニア:dystonia)の2次元モデルでタイプの分類ができることが提唱されています。しかしながら、イップスとチョーキング自体が似た特徴を持つか、違う特徴を持つかについては十分な研究が行われておらず、この研究では性格特性を中心にこの問題に迫っています。86名のゴルファーと、69名のアーチェリー選手を対象にwebアンケートによって、恐怖に対するネガティブ評価、不安感受性(身体への関心、認知への関心、社会への恐怖)、完全主義(ミスへの関心、親の期待など)、自己意識(公的自己意識、私的自己意識、社会不安)、5因子性格検査(外向性、協調性、勤勉性、情緒安定性、開放性)の20因子を定量化できる質問紙に回答させています。さらに、これまでに極度なパフォーマンスの低下があるかないか(チョーキング)の質問や、イップスの経験の有無に関しても主観的に回答させています。チョーキングに関しては67.7%(ゴルフ75.4%、アーチェリー61.6%)があると回答し、イップスに関しては39.4%(ゴルフ36.0%、アーチェリー43.5%)があると回答しています。チョーキングの有無と、イップスの有無によって群分けをし、20因子の質問紙の得点との関係について、チョーキングの有群は無群に比べて恐怖のネガティブ評価の高さ、誠実性の低さ、公的自己意識の高さ、身体への関心の高さ、完全主義に関する諸因子の高さの得点が高いことが示されています。さらに、イップスの有群は無群に比べて、誠実性の低さ、社会不安の高さ、完全主義に関する諸因子の高さの得点が高いことが示されています。これらの結果から誠実性の低さと完全主義の高さに関してはチョーキングとイップスの両方に関連する因子であり、ネガティブ評価の高さ、公的自己意識の高さ、身体への関心の高さはチョーキングのみ、社会不安の高さはイップスのみに関連する因子と言えます。考察の最後ではこの研究の問題点や今後の展望として、チョーキングやイップスの評価が選手の主観であり客観的指標によって測定はされていないことや、実験室実験によってチョーキングやイップスのメカニズムを明らかにし、チョーキングやイップスを判断する他の客観的指標を考案することの必要性が提案されています。

2020年1月14日(火) No.265
McNeill, E., Ramsbottom, N., Toth, A.J., and Campbell, M.J. (2020) Kiaesthetic imagery ability moderates the effects of an AO+MI intervention on golf putting perfromance: A pilot study. Psychology of Sport and Exercise, 46, 101610. doi: 19.1016/j.psychsport.2019.101610
<内容>運動観察(action observation: AO)と運動イメージ(motor imagery)による脳活動が同じであるという運動シミュレーション理論(motor simulation theory: MST)を基に、AO+MIによって運動学習がより促進することを示す先行研究が紹介されています。そして、この研究では、ゴルフパッティング課題を用いた実験によって、筋運動感覚イメージの能力を持つ人ほどその効果が高いことが実証されています。実験室内で15フィート(約457cm)先のターゲットを狙うゴルフパッティング課題を用いて、20試行のプリテストの後に、44名のゴルフ経験のある実験参加者を22名のAO+MI群と統制群に分けて、その後に再度20試行のポストテストを実施するという手続きをとっています。AO+MI群には3.5分間、熟練ゴルファーの10試行のパッティング映像を視聴させ、その後にイメージスクリプトの音声を聴かせイメージを誘発させています。統制群は3.5分間音読をする課題を行っています。各群の22名をMovement Imagery Questionnaire-3の筋運動感覚イメージ得点を基に、その得点の高群と低群に分けて分析を行い、高群においてのみAO+MI群は統制群よりもターゲットに打たれたボールの停止位置の二次元の絶対誤差や変動誤差、さらには前後方向の変動誤差が小さいことが示されています。パターのキネマティクスの解析も行われており、AO+MI群は統制群よりもパターの速度が大きいことも報告されています。タイトルにもあるようにパイロットスタディーであるため、他の運動課題や熟練度を対象に実験を行うことや、統制群との比較ではなく、AOのみ群やMIのみ群との比較も行うこと、さらには実際のスポーツの環境で実験を行うことなどが今後の展望として書かれています。