福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2021年6月24日(木) No.329
Mentzel, S.V., Krenn, B., Dreiskkaemper, D., and Strauss, B. (Ahead of Print) The impact of wearing and perceiving colors on hormonal, physiologicl, and psychological parameters in cycling. Journal of Sport and Exercise Psychology. doi: 10.1123/jsep.2020-0150
<内容>コンバットスポーツで赤の服を着ることで勝率が上がる報告がありますが、自分が赤を着ることが作用しているか、相手の選手の服の色や環境色(例えば青)が作用しているかについては分かっていません。さらにこの研究ではコンバットスポーツではなく、持久力運動にに着目し、色の効果を調べています。99名の実験参加者がエアロバイクによるオールアウトに至るまでの漸増負荷運動を行い、その際、自身は赤と青の服を着る条件を設け、さらはモニター上の映像による赤もしくは青の服を着てサイクリングをしているペアを見させる条件も設けられています。ストレス指標である唾液中コルチゾールに色条件間の差はありませんでしたが、自身が赤を着る条件では青を切る条件よりも最大心拍数が高かったことが示されています。さらに自身が青を着る条件では、ペアが赤よりも青服の方が最大心拍数が高く、推定最大酸素摂取量も大きく、持久力パフォーマンスが高かったことも示されています。パフォーマンス発揮に対する主観や、パワフルさや自信などの主観的心理指標に関しては、色条件間の差はありませんでした。赤色の服を来ながら持久力運動をすることで覚醒が高まることに加えて、青色の服を来ながら青色のペアと運動することでもや持久力が高まることを提案している結果と言えますが、効果量が小さいことに留意することも考察に書かれています。

2021年6月16日(水) No.328
内田遼介・寺口 司・大工泰裕(2020)運動部活動場面での被体罰経験が体罰への容認的態度に及ぼす影響.心理学研究,91,1-11.doi: 10.4992/jjpsy.91.18011
<内容>体罰が絶えにくい原因として体罰の容認的態度を取扱い、さらにはその態度が養成されるメカニズムとして、体罰が競技力向上に有効であると認知する体罰効果性認知の関与を調べた研究になります。運動部活動場面だけではなく学校生活場面も取り上げ、さらには自己の被体罰経験ととも他者への体罰の観察経験も対象としています。つまり、運動部活動場面の非体罰経験と体罰観察経験、学校生活場面の非体罰経験と体罰観察経験の4つについて、体罰効果性認知や体罰への容認的態度との関係について検討されています。運動部活動場面と学校生活場面の非体罰経験を独立変数、体罰効果性認知を媒介変数、体罰への容認的態度を従属変数とした媒介分析も実施されており、運動部活動場面に限定的に体罰効果性認の間接効果があることが確認されています。18歳から70歳の幅広い年齢を対象とした調査であることから、世代間の差はない体罰容認の心理メカニズムであることも最後に記述されています。

2021年6月9日(水) No.327 (院生・スタッフゼミにおける廣光佑哉氏の紹介論文)
Badets, A., Boutin, A., and Michelet, T. (2018) A safety mecnanism for observation learning. Psychonomic Bulletin and Review, 25, 643-650. doi: 10.3758/s13423-017-1355-z
<内容>12個キーボードのキーを早く正確にタッピングする課題を用いて、身体練習のみ群(14名)と観察練習のみ群(14名)のキー押す早さや正確性について比較が行われています。身体練習のみ群は練習後に実施した保持テストに比べて転移テストで早さの遅延や正確性の低下が認められましたが、観察学習飲み群にはこのような転移テストでのパフォーマンスの低下は示されませんでした。また、練習中に課題を途中で止める条件も設けられており、途中で止めない条件に比べて身体練習のみ群は練習中の課題の早さの遅延が生じましたが、観察学習のみ群には生じませんでした。これらの結果から、観察学習には知覚の符号化を強化するメリットがあることについて提案されています。

2021年6月3日(木) No.326
Asahi, T., Taira, T., Ikeda, K., Yamamoto, J., and Sato, S. (2017) Improvement of table tennis dystonia by stereotactic ventro-oral thalamotomy: A case report. World Neurosurgery, 99, 810.e1-810.e4. doi: 10.1016/j.wneu.2016.12.117
<内容>卓球のストロークのイップス(左手首の不随意な屈曲)を有する選手(競技歴12年の20歳)に視床腹吻側核凝固術 (Vo-thalamotomy) を実施し、視床腹吻側核の活動を低下させた事例報告になります。職業性ジストニアの改善に有効である事例を手がかりに、スポーツ選手のジストニアにも効果があることを報告しています。薬物療法では改善がみられずこの手術を行い、手術翌日には症状がなくなり、手術2ヶ月後に試合に復帰するまでに至り、5ヶ月後に地域のトーナメントで優勝、6ヶ月後にインカレ出場したことが報告されています。この事例から、スポーツ選手のイップスが脳の機能不全が一因であることも提案されています。

2021年5月27日(木) No.325
ドゥエック, C.S.(今西康子訳)(2016)マインドセット:「やればできる!」の研究.草思社.
<内容>「心のあり方」をマインドセットと言いますが、「しなやかマインドセット」⇔「硬直マインドセット」の比較を軸に著書全般に渡って記述が展開されています。芸術、スポーツ、ビジネス、対人関係、教育、子育てなどの様々な分野や場面での「硬直マインドセット」の弊害と、「しなやかマインドセット」の効果を理解できます。

2021年5月19日(水) No.324
Watanabe, T., Yoshioka, K., Matsushita, K., and Ishikura, S. (2021) Modulation of sensorimotor cortical oscillations in athletes with yips. Scientific Reports, 11, 10376. doi: 10.1038/s41598-021-89947-1
<内容>スポーツのイップスの脳内機序を明らかにしている研究になります。送球イップスを抱える9名の野球選手とサービスイップスを抱える1名のバドミントン選手をイップス群として、年齢や性別、スポーツ経験の統制をとったその他の10名がコントロール群として実験に参加しています。最大力発揮の15%の力で患側である右手の親指と示指でフォースセンサーを3秒間摘まむ(最初の1秒で荷重し、残りの2秒間摘まみ続ける)課題を計120回実施するときの左右中心野(C3とC4)上の脳波を記録しています。C3とC4ともに、イップス群は非イップス群に比べて動作開始から1秒間(荷重していく時間)でのα周波数帯域の事象関連脱同期(ERD: Event-Related Desynchronazation)が大きく、力発揮課題後のαとβ周波数帯域の事象関連同期(ERS: Event-Related Synchronazation)も大きいことが示されています。力発揮の正確性やばらつきに群間の差はありませんでした。ERDの増加は運動課題中の感覚運動皮質領域および皮質脊髄路の興奮性増大、ならびに皮質内抑制機能の減弱に起因するため、イップス群は動作開始からの荷重時にこれらが生じている可能性について考察されています。さらに、課題を行うための身体部位に対する注意の増加もERDの増加に関連するため、課題遂行に対する身体部位への注意増加も原因である可能性も提案されています。動作後のERSの増加は動作後の運動野の抑制が起きていないことが記述されています。この研究の問題点や今後の研究へ提案として、イップスの症状が出る課題や状況で実験を行うことや、注意や脳活動をコントロールする対処法を検討していくこと、野球とバドミントン選手以外も対象とすることも言及されています。

2021年5月13日(木) No.323
木村昌紀・余後真夫・大坊郁夫(2007)日本語版情動伝染尺度(the Emotional Contagion Scale)の作成.対人社会心理学研究,7,31-39.
<内容>他者の表情、発話、身体動作の伝染を含めて、特定の内的な感情経験の伝染は情動伝染と呼ばれます。情動伝染には個人差があり、その個人差を特定する情動伝染尺度が存在するが、その尺度は一次元構造であり、多次元構造の可能性も含めて、日本語版情動伝染尺度の作成が試みられています。15項目から成る従来の情動伝染尺度(Doherty, 1997)を翻訳し、363名の回答を因子分析し、「愛情」「怒り」「喜び」「悲しみ」の4因子構造の尺度が作成されています。これらの4因子の得点と、感情を表出する側の非言語的表出性、感情を受け取る側の認知的・情緒的共感性、精神的健康との関係も分析されています。また、性差についても検討され、「怒り」や「悲しみ」は女性の方が伝染されやすいことも示されています。その他にも、感情を表出する側と受け取る側の間での親和動機や社会的勢力も関与することについて提案されています。

2021年5月6日(木) No.322
Leighton, J., Bird, G., Orsini, C., and Heyes, C. (2010) Social attitudes modulate automatic imitation. Journal of Experimantal Social Psychology, 46, 905-910. doi: 10.1016/j.jesp.2010.07.001
<内容>ディスプレイ上に呈示された相手の手とグーパーのみのじゃんけん課題を行い、自己と相手の手の一致による模倣について調べられています。じゃんけんを行う前に、5単語を呈示し、その中の4単語と使用して文章作成をする課題を行い、その文章が社交的な条件、非社交的な条件、中性な条件の3条件を設け、3条件間手の一致(あいこ)の割合がどう違うかについて検討されています。結果として、非社交的条件、中性条件、社交条件の順であいこの割合が大きくなり、非社交的条件と社交条件の間には有意差も確認されています。ディスプレイ上には相手の全身は映されてなく、手のみの情報しかないことから、このような最小限の情報でも模倣が促進することや、模倣には相手に対する注意を介して生じる非直接模倣と相手に対する注意を必要としない直接模倣があり、この研究結果は直接模倣を支持することなどが考察されています。

2021年4月23日(金) No.321
池田悠稀・西村悠貴・キムヨンキュ・樋口重和(2016)情動伝染の個人特性と脳内ミラーシステム活動特性の関連.日本生理人類学会誌,21,69-74.doi: 10.20718/jjpa.21.2_69
<内容>情動伝染と脳内のミラーニューロンの賦活の個人差の関係を調べた実験になります。2秒間、笑い声を聴く条件(27回)、統制条件としてガヤガヤ声を聴く条件(27回)が設けられており、眼輪筋、大頬骨筋、口角下制筋の統制条件から笑い声条件の筋活動振幅増加値を情動伝染の指標としています。また、事前に2〜2.5秒、他者が紙コップを把持する動画を観察する時(36回)の脳波α波帯域パワー値の事象関連脱同期(ERD: event related desynchronization)を求め、刺激呈示前からのこの値の減少率をミラーシステムの活動指標としています(この減少率が大きいほどミラーシステムが活動している)。笑い声条件と統制条件の音視聴後にPANAS(Positive and Negative Affect Schedule)を使用してポジティブ・ネガティブ感情の評価を行い、さらに事前に共感尺度(IRI: Interpersonal Reactivity Index)の測定も実施されています。結果として、笑い声条件では統制条件に比べてポジティブ感情が誘発され、相関分析によって、ミラーシステムの活動が大きい人ほど笑い声条件での表情筋の活動が増え、共感性も高いことが報告されています。笑い声条件ポジティブ感情得点が増えた人ほど表情筋の活動増えたことも合わせて示されています。ミラーニューロンシステムの活動が高い人ほど情動伝染が起きやすいことが提案されています。

2021年4月15日(木) No.311
Cook, R., Bird, G., Lunser, G., Huck, S., and Heyes, C. (2012) Automatic imitation in a atrategic context: players of rock-paper-scissors imitate opponents' gestures. Proceedings of the Royal Society B, 279, 780-786. doi: 10.1098/rspb.2011.1024
<内容>2者でのじゃんけんのグー(rock)・チョキ(scissors)・パー(paper)のあいこの割合を調べることで自動模倣に関する検討が行われています。45名が実験に参加し、3者で1組になり総当たりで1対戦あたり20試行のじゃんけんを行っています。実験1では2者のうち1名が目隠しをし、もう1名は目隠しをせずに実施し、実験2では2者ともに目隠しをしてじゃんけんを実施しています。実験参加報酬の5ポンドとともに、2者での20試行において勝ち数が多ければ2.5ポンドのさらなる報酬が得られ、負け数が多ければ2.5ポンドの罰も設けられています。結果として、実験1と実験2ともにグー・チョキ・パーの出す割合は等しいながらも、実験1ではアイコの割合が多くなることが示されています。さらに、実験1でのアイコはグーやチョキの手において多く、パーの手で少ないことや、2者が手を出すタイミングも解析し、遅出しの頻度が少ないことから実験1でのアイコの多さは非意図的な模倣であると結論づけています。

2021年3月23日(火) No.310 (福原和伸先生(東京都立大)からの紹介論文)
Harris, D.J., Buckingham, G, Wilson, M.R., Brookes, J., Mushtaq, F., Mon-Williams, M., and Vine, S.J. (2020) The effect of a virtual reality environment on gaze behaviour and motor skill learning. Psychology of Sport and Exercise, 50. doi: 10.1016/j.psychsport.2020.101721
<内容>2つの実験が行われており、実験1では高レベルなアマチュアゴルファー18名を対象にベースラインとして約3mのゴルフパッティング課題の実打を10試行実施し、その後に40試行のVR練習を行い、ポストテストとして再度10試行の実打を実施しています。10試行を概してパッティングの正確性やパッティング時のquiet eye(ボールの注視時間)にベースラインとポストテストの差はありませんでしたが、ポストテストの1試行目は正確性が低下し、quiet eyeの時間も短くなっていることから、熟練者の運動のリハーサルにはVRの利用が不向きであると解釈されています。実験2では、ゴルフパッティング課題に不慣れな初心者21名を対象に、10試行のプリテスト(実打とVR環境)後に40試行の練習を実打とVR環境で行う2群に分け、その後に再度10試行のポストテスト(実打とVR環境)が行われています。そして、実打練習とVR練習の両群においてプリテストからポストテストにかけて実打の正確性が高まり、VR群においてはVR環境での正確性もプリテストからポストテストにかけて高まることが示されています。この結果から、初心者の運動スキルの学習に対してはVRを利用した練習が効果的であると考察されています。

2021年3月10日(水) No.309
Naber, M., Pashkam, M.V., and Nakayama, K. (2013) Unintended imitation affects success in a competitive game. Proceedings of the Natinal Academy of Sciences of the United States of America, 110, 20046-20050. doi: 10.1073/pnas.1305996110
<内容>2者の共同でもぐらたたきシミュレーションゲームを行うときの2者の反応時間とリーチング動作の距離の相関を求め、2者が似た運動をしている度合いが調べられています。実験1では25ペアについて検討し、反応時間や動作距離が正の相関をし、反応が早く、動作距離が長いペアほどヒット数(成功数)も多いことが示されています。実験2では、反応時間を早くしたり遅くしたり、動作距離を長くしたり短くしたりするサクラ(常に同じ人)とともに20名が実験1と同様に2者の共同もぐらたたきシミュレーションゲームを行い、サクラの反応時間や動作距離に連動して、実験参加者の反応時間や動作距離が同調することが示されています。実験3では、人とともに共同でやるのではなく、コンピュータ操作されている共同者とともにもぐらたたきシミュレーションゲームを20名が実施し、反応時間はコンピュータのペアと正相関するが動作距離は相関しないことが示されています。これらの結果から2者間の無意識的な運動の同調は、ペアの運動の視覚情報がある運動に対しては生じやすく、視覚情報がない運動に対しては生じにくいことが提案されています。

2021年3月4日(木) No.308
Tanae, M., Ota, K., and Takiyama, K. (2021) Competition rather than observation and cooperation facilitates optimal motor planning. Frontiers in Sports and Active Living, 3, article637225. doi: 10.3389/fspor.2021.637225
<内容>視覚的に見えないあるラインぎりぎりまでリーチングすることで高得点が得られ、そのラインを超えた場合には得点を獲得できない課題を用いて、2者でその課題をするときの意思決定(運動計画)の変化が検討されています。2者の1名は実験参加者、もう1名はコンピューターであり、@リスク回避な運動をする対戦相手(1ブロック10試行ごとに勝敗を競う)、A最適解な運動をする対戦相手、Bリスク回避な運動をする共同ペア(2者の合計得点を大きくする)、C最適解な運動をする共同ペア、Dリスク回避な運動をする相手の観察(相手の運動を観察し課題を行い高得点を狙う)、E最適解な運動をする相手の観察、F相手なしで自分のみで高得点を狙う統制群、以上の7群の意思決定について事前(1人のみで行う5ブロック50試行)と事後(上記の7群別での課題を12ブロック行う際の後半5ブロック50試行)の比較が行われています。事前テストでは全ての群においてラインを越えてしまうリスクテイクな運動を実施していましたが、事後テストにかけてその意思決定に変化があったのは、@リスク回避な運動をする対戦相手に対して実験参加者は最適解な運動になる、A最適解な運動をする対戦相手に対してよりリスクテイクな運動になることが示されています。競争下でこのような意思決定の変化が生じた理由として、「win-stay lose-shift戦略」の関与の可能性について考察されています。

2021年2月24日(水) No.307
Varlet, M., and Richardson, M.J. (2015) What would be Usain Bolt's 100-meter sprint world record without Tyson Gay? Unintentional interpersonal synchronization between the two sprinters. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 41, 36-41. doi: 10.1037/a0038640
<内容>2009年の陸上世界選手権(ドイツ・ベルリン)の準決勝と決勝にて隣のレーンを走ったウサイン・ボルト選手とタイソン・ゲイ選手の両脚の接地タイミングのずれの分析が行なわれています。そして決勝では準決勝よりも両者が同じタイミングで接地する割合が多くなりことが示されています。ウサイン・ボルト選手は準決勝で9.89秒、決勝で9.58秒(世界記録)、タイソン・ゲイ選手は準決勝で9.93秒、決勝で9.71秒でした。タイトルにもある通り無意識的な対人間の動作の同調減少に由来した両者のタイムの短縮であると考えられ、接地リズムの聴覚情報による同調、他者の走りの視覚情報による同調の可能性があることが考察されています。視覚情報がメカニズムとして機能しているならばウサイン・ボルト選手よりも後方を走った割合の多いタイソン・ゲイ選手に顕著に生じる可能性が高く、聴覚情報や視覚情報のメカニズムに関しては今後の研究が待たれることが書かれています。さらに、ウサイン・ボルト選手は長身を活かしたストライド走法、タイソン・ゲイ選手はピッチ走法が特長であるものの、この決勝のレースでは2者が同調しあって、ウサイン・ボルト選手はピッチが速くなり、タイソン・ゲイ選手はストライドが長くなることで好タイムに繋がったことも考察されています。

2021年2月17日(水) No.306
青山敏之・阿江数通・相馬寛人・宮田一弘・梶田和宏・奈良隆章・河村 卓(2021)大学野球選手における送球イップスの発症率とその症状に関する探索的研究.体力科学,70,91-100.doi: 10.7600/jspfms.70.91
<内容>首都大学野球連盟1部リーグに所属する107名の野球選手を対象とした質問紙調査によって、イップスの発症率や症状について調べられています。選手の主観による1ヶ月以上のコントロール不全が続いた経験がある選手は全体の47.1%であることが示されています。投手、捕手、内野手、外野手のポジション別では、外野手の割合が低い傾向はありますが、比率に有意差はないことや、右投げと左投げ別の発症率にも有意差がないことが書かれています。投球結果の症状に関しては、ある一定の方向のエラーではなく、様々な方向に送球する選手が多く、身体症状に関しては「指先の感覚」「力の入っている感覚」の感覚不全、「力が入る」「腕が固まる」などの運動不全、「動かし方」「力の入れ方」の運動計画の不全が効率であることも示されています。さらに、試合状況、特定の人がいる環境、特定の送球相手において生じる割合や、20m以内の近距離において生じる割合が多いことも報告されています。

2021年2月1日(月) No.305 【研究支援員の柄木田氏からの紹介論文】
Shukla, A.W., Hu, W., Jabarkheel, Z., Shah, S., Legacy, J., Firth, K.N., Zeilman, P., Foote, K., and Okun, M.S. (2018) Globus pallidum DBS for task-specific dystonia in a professional golfer. Tremor and Other Hyperkinetic Movements, 8: 487. doi: 10.7916/D83X9Q9D
<内容>パーキンソン病の治療にも用いられている脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation: DBS)を局所性ジストニアの症状を呈するゴルファーに実施した症例報告になります。DBSは脳深部のターゲットに電極を植込みターゲットとなる神経核に高頻度で電気刺激を行う手法であり、この研究ではその部位の活動を抑制させる試みがなされています。この治療を行った結果、イップスの症状が術後3ヶ月で50%、術後6ヶ月で85%の改善が見られたことが報告されています。

2021年1月20日(水) No.304
Suszek, H., Kofta, M., and Kopera, M. (2020) Priming with childhood constructs influences distance perception. Frontiers in Psychology, 11, article1184. doi: 10.3389/fpsyg.2020.01184
<内容>子供と大人での距離知覚のような空間サイズに知覚の違いに2つの相異なる考え方があります。1つ目は身体サイズから子供のほうが空間を大きく知覚するという考え方で、2つ目は子どもの方が活発なため空間を動くことに費やすエネルギーが少なくて済み空間を小さく知覚するという考え方です。この研究では、大人を対象に子供のころを振り返る条件と大人になってからのことを振り返る条件を設け、大学内の庭で1mから17mの距離知覚を測定しています(実験1)。さらに、何も振り返らない統制条件との比較も行われいます(実験2)。2つの実験を通して、子供のころを振り返る条件の方が距離知覚が有意に短くなり、上記の2つ目の考え方が適していることを実証しています。さらに、短い距離よりも長い距離のほうがそれが顕著であることも示されています。これらの結果から、子供と大人の空間サイズの知覚の違いは身体活動に必要なエネルギー量に依存して知覚が変化する行為特定性知覚によって説明できることが主張されています。

2021年1月8日(金) No.303
McKay, B., Lewthwaite, R., and Wulf, G. (2012) Enhanced expectancies improve perfromance under pressure. Frontiers in Psychology, 3, article8. doi: 10.3389/fpsyg.2012.00008
<内容>的の中心を目標にテニスボールを上投げで正確に投げる課題を用いて、プレッシャー下で上手くプレーできるという教示によってプレッシャー下でのパフォーマンス低下を防げるかの検証が行われています。31名の大学生が実験に参加し、最初に非プレッシャー下で20試行のボール投げ課題を行わせ、その後にペアでのパフォーマンス向上による賞金、ビデオカメラ撮影のプレッシャー下で20試行の課題を行わせています。プレッシャー下での課題実施の前に、一般的因果律志向性尺度(General Causality Orientation Scale)と自己決定尺度(Self-Determination Scale)に回答させ、半数の実験参加者を予期促進群としてそれらの尺度の得点が平均値より2SD以上大きかっかためプレッシャー下でも良いプレーができると偽教示を与えています。残りの半数は統制群として、尺度の得点はプレッシャー下でのパフォーマンスとの関係を調べるために使用すると教示しています。そして、統制群に関しては非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけての得点の変化はありませんでしたが、予期促進群は非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけて得点が有意に増えました。プレッシャー下での課題成功に対する認知や、実際に賞金を得るための目標得点を超えた人の割合にも群間差が見られ、課題成功に対する認知とプレッシャー下でのパフォーマンスとの間に正の相関があったことも示されています。プレッシャー下での良いパフォーマンスを発揮できるというマインドセットや信念、そしてそれに伴う自己効力によってプレッシャー下で実際に良いプレーができることを実証した研究と言えます。考察では、両群においてプレッシャー下でのパフォーマンス低下(choke)が見られなかった原因として@非プレッシャー条件Aプレッシャー条件の順でしか実施していないことによる順序効果の影響について触れられており、さらにはプレッシャーの強度の操作チェックも行っていないことなども問題点として指摘しています。