福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2022年6月30日(木) No.357
Katsumata, H. (2007) A functional modulation for timing a movement: A coordinative structure in baseball hitting. Human Movement Science, 26, 27-47. doi: 10.1016/j.humov.2006.09.005
<内容>野球の打撃(バットとボールのコンタクト)において、複数試行での前足のステップのタイミングの変動性が機能的補償として働いていることを示している実験になります。6名の大学生野球選手を対象に、マシンから投じられる速い球と遅い球を打撃する際に、床反力を記録し、鉛直方向成分の解析によって前足のステップ、接地、体重移動時点、さらにはマイクで投球や打撃の時点、動作を撮影し、スイング開始の時点を特定しています。速い球や遅い球のみを打つmono条件と速い球と遅い球がランダムに投じられるmix条件を設け、各条件の速い球と遅い球においてフェアゾーンに打球された5試行を分析対象としています。スイング開始から打撃までのバッティング動作の終末局面には両条件の速い球と遅い球において差がない半面、ステップ足の接地までの時間はmono条件の遅い球で長くなるなど、バッティング動作の前半局面において球速の違いに対応させるステップ足のタイミングの違いが示されています。また各局面の時間の変動性はバッティング動作の前半では大きく、後半になるにつれて小さくなり、打撃時の変動性の小ささは、それまでの局面から推定される打撃時の変動性の値より小さいことから機能的な変動性として働いていることが提示されています。さらに、スイング前半局面の変動性はその後の局面の変動性で補われていることも報告されています。今後の展望として、上肢やバット運動、さらには打撃パフォーマンスも含めて検証していくことの必要性や、この研究で調べられているようなタイミングの協調性が打撃パフォーマンスを評価するうえでの1つのチェックポイントになり得ることなどが考察されています。

2022年6月15日(水) No.356
野村理朗(2011)゛向社会的″共感の心理・生物学的メカニズム.子安増生・大平英樹(編)、ミラーニューロンと<心の理論>.新曜社.
<内容>共感性の発達プロセス、共感性に関わる脳領域の構造・機能、共感性や衝動性の機能的調節に関わる遺伝子の働き等について解説されています。共感性の発達に関しては、新生児模倣に代表される早期-発達システムと、後期-発達システムがあり、ミラーニューロンに関する諸研究についても理解が深められます。共感性に関わる脳機能としては、扁桃体、島皮質、前頭前野、帯状皮質について紹介されており、特に前頭前野の活動によるメタ共感性(文脈に応じて共感を抑制、維持、強調)とその障害を知ることができます。共感・相互対人関係の障害には、セロトニン神経系が関与し、アデニン遺伝子の塩基配列もこれらに起因することも書かれています。

2022年5月31日(月) No.355
Herrando, C., & Constantnides, E. (2021) Emotional contagion: A brief overview and future directions. Frontiers in Psychology, 12, article712606. doi: 10.3389/fpsyg.2021.712606
<内容>情動伝染をテーマとした総説論文になります。情動伝染や共感の背景理論としては、知覚行為理論、ストレス理論、フロー理論、社会学習理論、認知的評価理論など、多岐に渡ることが先ず書かれています。続けて、情動伝染の評価方法として、表情、皮膚電位抵抗、前頭前野の脳活動を記録することについてまとめられています。その中でも、無意識的かつバイアスの少ない測定方法として脳活動を記録することの有用性について提案されています。さらに、人間とロボットのインタラクションに関する研究にも情動伝染が応用可能であることも触れられています。

2022年5月17日(火) No.354(院生スタッフゼミでの西村久美子氏の紹介論文)
雨宮 怜・坂入洋右(2020)アスリートの神経症傾向およびマインドフルネスによるあがり経験との関連.法政大学スポーツ研究センター紀要,38,69-71.
<内容>野球、テニス、空手などに取り組む男女の大学生アスリート148名を対象に、あがり経験の有無に対する神経症傾向やマインドフルネスの関連が検討されています。階層的重回帰分析を行うことで、神経症傾向が高いほどあがり経験を有するものの、マインドフルネス独立変数として投入するとこの関連は消失し、マインドフルネスが単独であがり経験と関連することが示されています(マインドフルネスが高いほどあがり経験がない)。この結果から、アスリートがマインドフルネスを高めることがあがりの低減に繋がる可能性が提案されています。

2022年5月9日(月) No.353
木村昌紀・余語真夫・大坊郁夫(2004)感情エピソードの会話場面における同調傾向の検討―疑似同調傾向実験パラダイムによる測定―.対人社会心理学研究,4,97-104.doi: 10.18910/7938
<内容>2者での自然会話、喜びなどポジティブなエピソードを想起した会話、悲しみなどネガティブなエピソードを想起した会話を身体も交えて動画記録し、音声を消した動画に対して質問項目や同調行動(ジェスチャー、視線、うなずきなど)の頻度や時間について他者による分析を実施しています。2者での直接会話動画、2者での別場面での会話を合成した内的疑似会話、2者以外の別の人との会話を合成した外的疑似会話の3条件比較を行う疑似同調傾向実験パラダイムを利用し、ポジティブおよびネガティブなエピソードを想起した会話においても同調が生じることが確認されています。

2022年4月25日(月) No.352
Gold, J., & Ciorciari, J. (2021) Impacts of trascranial direct current stimulation on the action observation network and sports anticipation task. Journal of Sport and Exercise Psychology, 43, 310-322. doi: 10.1123/jsep.2020-0109
<内容>スポーツの熟練者は未熟練者よりも、観察による視覚情報を基に高い予測力を有します。この研究では、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を使用し、その脳内機序を明らかにすることが試みられています。ゲーム経験の豊富な23名と少ない23名を対象に、サッカーのキーパーが蹴るボールの方向を予測させる課題を実施しています。約半数が20分間の電気刺激を受ける群、残りの半数がプラセボ刺激を受ける群に分けられています。刺激群は、行動観察ネットワーク(action ovservation network)の賦活を狙った電気刺激として、右頭頂野(P6付近)を活性させ、左前頭野(F3付近)を不活させています。そして、電気刺激の前後で、ゲーム経験が豊富な方に限定的に、キーパーがボールを蹴る直前(1ms前)に動画を遮蔽する条件で、キックの方向を予測する正答率が高まることが示されています。合わせて脳波を記録し、遮蔽前のシータ、高ガンマ、デルタ周波数帯域の増加が関与することも確認されています。シータ周波数帯域は注意機能のトップダウン処理、情報の刺激処理・統合・カテゴリー化の促進、文脈情報の認知処理、高ガンマ周波数は短期記憶や視覚性注意、デルタ周波数は学習率を反映することが考察されています。

2022年4月14日(木) No.351
Kaczmarek, C., Schmidt, A., Emperle, A.S., & Schaefer, S. (ahead of print) The influence of social contexts on motor and cognitive performance: Perfroming alone, in front of others, or coacting with others. Journal of Sport and Exercise Psychology. doi: 10.1123/jsep.2021-0101
<内容>運動課題や認知課題を複数名の共同で行うときや、複数名に見られながら行ときに社会的促進(social facilitation)と社会的抑制(social inhibition)のどちらが起こるかについて検討されています。実験1では、運動課題として協応性を要するカップスタッキング、筋力と持久力が求められる体幹運動(プランク)の2つが用いられています。そして、共同条件や観察条件では1名で行う条件と比較して、カップスタッキングの早さに差はありませんでしたが、プランク運動に関しては共同条件や観察条件で実施時間が長くなっています。実験2では、認知課題として数字記憶再生課題、運動課題としてスピードが求められるアジリティー課題が用いられています。観察条件と観察+評価条件が設けられており、数字記憶再生課題については1名で行う条件よりも観察条件でスコアが低くなっています。アジリティー課題では、1名で行う条件よりも観察+評価条件で早く動けています。これらの実験結果から、認知課題については社会的抑制が起きやすく、スピード、筋力、持久力が求めらる運動課題については社会的促進が起きやすいことが考察で提案されています。

2022年3月18日(金) No.350
Zhang, S., Roberts, R., Woodman, T., & Cooke, A. (2020) I am great, but only when I also want to dominate: Maladaptive narcissism moderates the relationship between adaptive narcissim and perfromance under pressure. Journal of Sport and Exercise Psychology, 42, 323-335. doi: 10.1123/jsep.2019-0204
<内容>ナルシシストの度合いが高い方がプレッシャー下で高いパフォーマンスを発揮できることについて、この研究では3つの実験から検討が行われています。バスケットボールのフリースロー(実験1)、ゴルフ(実験2)、アルファベット想起(実験3)の全てにおいて、過剰に自信を持つ適応的な(adaptive)ナルシシストとともに、支配意欲に代表される不適応な(maladaptive)なナルシシストを持つことで、プレッシャー下でも高いパフォーマンスが発揮できることが示されています。適応的なナルシシストが高くても不適応なナルシシストが高くない人はこのような結果は得られませんでした。実験2と実験3では、高いパフォーマンスを発揮できるメカニズムの検討も行われており、課題遂行に努力を費やす(trying harder)か、課題遂行を効率よく行う(trying smarter)のどちらがメカニズムとして機能しているかについて調べられています。実験2ではゴルフパッティングを開始するまでの準備時間が適応・不適応の両方のナルシシストが高い人は短く、実験3では心拍変動(r-MMSD)が大きいことから、課題遂行を効率よく行うことが貢献していると結論付けています。

2022年3月8日(火) No.349
Krendl, A., Gainsburg, I., & Ambady, N. (2012) The effects of stereotype and observer pressure on athletic performance. Journal of Sport and Exercise Psychology, 34, 3-15. doi: 10.1123/jsep.34.1.3
<内容>人種に対するステレオタイプが非プレッシャー下とプレッシャー下でのバスケットボールのフリースローに対する影響について検討されています。運動課題に対して白人は知性に長けている、黒人は身体能力に長けているというステレオタイプを利用し、81名の白人大学生が、白人のNBA選手のフリースロー成功動画の視聴後(白人がもっとも成功率の高い人種であるという教示もあり)にフリースローを行うポジティブステレオタイプ群、同様の動画や教示を黒人に代えて行うネガティブステレオタイプ脅威群、サッカーのPKについて同様の動画や教示が行われる統制群の3群に振り分けられています。さらに、非プレッシャー下でフリースローを行う群と、学習教材としてYouTubeni公開されると教示されビデオ撮影されるプレッシャー条件でフリースローを行う群も設けられステレオタイプ3群×プレッシャーの有無2群の計6群について、事前テスト15試行から映像や教示後の事後テスト15試行の成功数の変化量の分析が行われています。事後テストでは事前テストに比べて、ポジティブステレオタイプ群は非プレッシャー下では成績が向上し、プレッシャー下では成績が低下しています。ネガティブステレオタイプ群は非プレッシャー下とプレッシャー下の両方で成績が低下しています。統制群は非プレッシャー下とプレッシャー下ともに成績の変化はありませんでした。運動課題に対するポジティブなステレオタイプは非プレッシャー下ではパフォーマンスを促進させるが、できるという期待にプレッシャーが加わることでパフォーマンスが低下してしまうことが考察されています。プレッシャー下での統制群はパフォーマンスの低下がなかったことから、プレッシャーのみによるパフォーマンスの低下ではなく、ポジティブやネガティブなステレオタイプとプレッシャーがともに働くことでパフォーマンスの低下に繋がることも書かれています。

2022年3月2日(水) No.348
Cassell, V.E., Beattie, S.J., & Lawrence, G.P. (2017) Changing performance pressure between training and competition influences action planing because of a reduction in the efficiency of action execution. Anxiety, Stress, and Coping, 31, 107-120. doi: 10.1080/10615806.2017.1373389
<内容>ディスプレイ上でのポインティング課題(スタート地点から呈示されるターゲットに対してできる限り早く正確にペン先を移動させる)を用いて、フィードフォワード制御(この課題の反応時間による評価)とフィードバック制御(この課題の反応時間後の運動時間で評価)の検討が行われています。その際、プレッシャーがある状況での練習をする群としない群に分けて、これらの各群の違いの検討が行われています。40名の実験参加者が、@プレッシャーがある中での練習を行わずにテストでもプレッシャーがない群、Aプレッシャーがある中での練習を行わずにテストではプレッシャーがある群、Bプレッシャーがある中での練習を行いテストではプレッシャーがない群、Cプレッシャーがある中での練習を行いテストでもプレッシャーがある群の反応時間や運動時間について、練習からテストにかけての比較が行われています。この課題に不慣れな初日と540試行の練習後の3日目のそれぞれの分析が行われています。反応時間ついては、初日と3日目ともに、AとBの群は練習からプレッシャーにかけて反応時間が遅くなっています。運動時間に関しては、3日目のBの群のみ練習からテストにかけて運動時間の増加がありました。これらの結果は、練習時とテスト時の不安状態が異なると、特にフィードフォワード制御が不調になることを意味しており、感情状態に紐づけて運動の学習が行われる「感情のネットワーク理論(the network theory of affect)」による考察が行われています。不安とパフォーマンスの特殊性効果(the anxiety-performance specificity effect)とも書かれており、プレッシャーのある中でのパフォーマンス発揮に対しては、プレッシャーの中での練習をしなければいけないことを支持する研究結果と言えます。この研究では特にフィードフォワード制御にその効果が顕著でしたが、反応時間と運動時間のみでフィードフォワード制御とフィードバック制御の評価をしているため、各制御についてさらに詳細に評価をすることの必要性も提案されています。

2022年2月22日(火) No.347
村上宏樹・山田憲政(早期公開中)競争で2者間の同期は生じるか―高速タッピング課題の競争による検討―.スポーツ心理学研究.<J-Stageの早期公開ページにリンク>
<内容>フィッツの法則で利用されている高速タッピング運動課題を用いて、一人でこの課題を行う時と、斜め正面に他者と向かい合って行う時の運動の速度や2者の運動の位相の分析が行われています。競争によるパフォーマンスの変化に対する同期現象の介在について検討している研究になります。16名8ペアに対して15秒間の高速タッピングを1名もしくは2名の条件で各2試行実施させ、競争下ではタッピング速度が早くなる・変わらない・遅くなる個人に分かれ、ペアでのタッピング運動の位相の同期についても同位相の同期が増える・逆位相の同期が増える・変わらないペアや試行に分けられることが示されています。個別の事例ではありますが、競争によって連続周期運動の同期が生じることを実証した研究と言え、この同期には視覚情報や聴覚情報が関与している可能性が考察されています。

2022年2月14日(月) No.346
Gotardi, G., Polastri, P.F., Schor, P., Oudejans, R.R.D., van der Kamp, J., Savelsbergh, G.J.P., Navvaro, M., & Rodrigues, S.T. (2019) Adverse effects of anxiety on attentional control differ as a function of experience: A simulated driving study. Applied Ergonomics, 74, 41-47. doi: 10.1016/j.apergo.2018.08.009
<内容>40名の実験参加者を対象に、100〜120kmの範囲内で高速道路を走るドライビングシミュレーション課題を実施させ、非プレッシャー条件とプレッシャー条件での運転速度、衝突数、視線行動を分析することで、プレッシャー下でのパフォーマンスと注意について検討されています。プレッシャー条件での不安の上起こらなかった13名を除外した27名について、年間の運転距離が30000km以上の16名を経験者群、5000km以下の11名経験者群として分析が行われています。そして両群において、運転音、競争、他者評価、ビデオ撮影があるプレッシャー条件ではプレッシャー条件にかけて、不安と心拍数の増加、指定速度から外れた回数の増加、衝突数の増加がありました。視線行動については、両群において道やバックミラーを見る回数は減っていますが、未経験者群は他の車を見る回数が増えるとともにその時間が減り、経験者はスピードメーターを見る回数が増えるという熟練度に伴う違いが報告されています。この違いは、未経験者はプレッシャー下で刺激駆動型のボトムアップな注意制御になるが、経験者は課題に関連した目標指向型のトップダウン注意制御になることが理由として考察されています。

2022年1月31日(月) No.345
Gorgulu, R. (2019) Ironic or overcompensation effects of motor behaviour: An examination of a tennis serving task under pressure. Behavioral Sciences, 9, 21. doi: 10.3390/bs9020021
<内容>「〜してはいけない」の思考にともなって「〜してはいけないこと」を意に反してしてしまうことを説明する皮肉過程理論で説明できる運動パフォーマンスの低下がプレッシャー下でも生じるこ様々な運動課題を用いた実験によって実証されています。この論文では、テニスのサーブ課題でも同様であることが示されています。

2022年1月12日(水) No.344
Ellis, L. and Ward, P. (print of ahead) The effect of a high-pressure protocol on penalty shooting performance, psychological, and psychophysiological response in professional football: A mixed methods study. Journal of Sports Sciences. doi: 10.1080/02640414.2021.1957344
<内容>プレッシャー下でのサッカーのPKに関する諸研究のなかで、プロ選手を対象に、その実験検証をしている研究がないことを指摘し、実験的な低プレッシャー条件とプレッシャー条件での不安や自信などの心理面、心拍数と呼吸数の生理面、キックの正確性を比較することが実施されています。合わせて実験後の半構造面接によって、各条件での実験参加者の注意や思考などについても質的分析が行なわれ報告されています。イギリスのプロサッカークラブの18歳以下の16名のプロサッカー選手を対象に、練習環境で低プレッシャー条件5試行、高プレッシャー条件5試行を実施させています。高プレッシャー条件では他の研究で考案されている、観衆音、他者評価、競争などをプレッシャーを負荷した練習を行なうための6ステップを活用し、そのなかでゴールの4隅に置かれたターゲットに対してキーパーに取られないように正確にボールを蹴ることを求めています。結果として、高プレッシャー条件では低プレッシャー条件に比べて、認知不安の増加、自信の低下、心拍数の減少、呼吸数の増加、蹴られたボールのばらつきの増加が生じていました。半構造化面接による質的分析により、これらの変化には注意散漫と意識的処理の両方の注意の変化が関与していることが考察されています。