福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2013年12月17日(火) No.40
Kinrade, N.P., Jackson, R.C., & Ashford, K.J. (2010). Dispositional reinvestment and skill failure in cognitive and motor tasks. Psychology of Sport and Exercise, 11, 312-319.
<コメント>心理的プレッシャー下における運動行動やスポーツ技能に関する研究は何百もあるのですが、これらの研究間で運動スキルの種類、ストレッサ―の種類、実験参加者の熟練度、評価指標などなどの実験方法が違うことから、多種多様な結果が報告されているという問題を有しています。この研究では、このような問題に対し、運動スキルの種類以外の方法は統一したなかで、ペグボード課題やトランプカードの分配課題においては課題遂行時間の増加によるパフォーマンスの低下がプレッシャーの影響で生じる一方、ゴルフパッティング課題においてはプレッシャー下においてもパフォーマンスの指標である正確性が維持されることを示しています。運動課題の種類に応じて、プレッシャーが運動パフォーマンスに及ぼす影響が異なることを、同一実験内において明らかにした研究と言えます。

2013年12月10日(火) No.39
Elias, L.J., Bryden, M.P., & Bulman-Fleming, M.B. (1998). Footedness is a better predictor than is handedness of emotional lateralization. Neuorpsychologia, 36, 37-43.
<コメント>私自身の最近の研究で、足を使用しての反応課題や、立位姿勢制御課題などのように、足を使用した運動課題を多く取り扱っています。実験を行うにあたってどちらが利き足かを判断する必要があり、これまでの実験では実験参加者の主観で利き足の判断をしてもらっていました。利き手の客観的評価に関してはOldfield(1971)によるEdinburgh Handedness Inventoryに代表されるようにいくつかの診断テストがありますが、利き足の客観的評価に困ってきました。全く別の論文を読む中でこの論文の存在を知り、この論文のAppendixに利き足テストが正確に記されていました。今後の研究ではこのテストの邦訳を使用し、利き足の客観的指標として活用したいと思います。

2013年12月3日(火) No.38
Kal, E.C., van der Kamp, J., & Houdijk, H. (2013). External attentional focus enhances movement automatization: A comprehensive test of the constrained action hypothesis. Human Movement Science, 32, 527-539.
<コメント>Univ. of NevadaのWulf氏による研究を皮切りに、内的注意の運動パフォーマンスに対する弊害や、外的注意の有用性が多くの研究で明らかになっています。そして、なぜこのようなことが起こるのかについて、内的注意による運動硬直仮説(constrained action hypothesis)が提唱されています。近年では、この仮説を支持するメカニズムを実験的に調べる研究が増えてきています。この論文もその手の研究の1つであり、椅子に座ってのリズミカルなステッピング運動を用いて、外的注意が内的注意に比べてステッピング運動が速いことを示しています。そして、二重課題法による注意容量への負荷、大腿直筋、外側広筋、半腱様筋の筋放電活動、動作解析を用いて足の運動の滑らかさの指標であるエントロピーやジャーク値を背景メカニズムとして調べています。筋活動に内的注意と外的注意の条件間の有意差は得られていませんが、注意容量や動作の滑らかさについては条件間の差が得られており、運動硬直仮説の背景メカニズムとして提案されています。

2013年11月26日(火) No.37
Rietschel, J.M., Goodman, R.N., King, B.D., Lo, L.C., Contreras-Vidal, J.L., & Hatfield, B.D. (2011). Cerebral cortical dynamics and quality of motor behavior during social evaluation challenge. Psychophysiology, 48, 479-487.
<コメント>以前にも紹介したUniv. of Maryland at College Park (USA) のHatfield氏のグループによる、プレッシャー下での運動行動における脳波活動を調べた研究になります。この研究では電子ペンによるターゲット・ポインティングを運動課題として取り扱っており、観衆・賞金・ビデオカメラなどによるプレッシャー条件と非プレッシャー条件の脳波を記録しています。VAS、心拍数、GSRの結果から、プレッシャー条件では適度なレベルの覚醒が生じたことが押さえられており、脳波に関しては側頭のガンマ帯域の増大や、前頭(Fz)と他の部位(中央、側頭、頭頂、後頭)とのベータ・コヒーレンスの増大が示されています。このような脳活動の変化とともに、ポインティング課題の軌跡の動きの変動が減少し、課題パフォーマンスがプレッシャーによって向上しています。運動スキルの習熟や、それに対するプレッシャーの影響に関する脳波研究では、覚醒の影響が大きいアルファ帯域の変化を報告する研究が多いのですが、この研究では認知的要素が反映するベータ帯域やガンマ帯域に結果が出ており、そのうえでパフォーマンスの向上に貢献しています。また序論や考察では、パフォーマンスの向上に対して古典的な逆U字理論を使用しており、論文作成の上での論理構成の上手さも感じました。

2013年11月19日(火) No.36
Poolton, J.M., Wilson, M.R., Malhotra, N., Ngo, K., & Masters, R.S.W. (2011). A comparison of evaluation, time pressure, and multitasking as stressors of psychomotor operative performance. Surgery, 149,776-782.
<コメント>手術のパフォーマンスに対する心理的プレッシャーの影響を報告する論文を初めて読みました。序論を読むと、この手の研究は結構実施されているようで、手術場面においてもプレッシャーへの対処が重要な問題であることが伺えます。この研究では、30名の医学部生を対象に、手術用の器具で作られたペグボード課題を用いて、課題を習得した後に、統制条件、時間切迫条件、暗算を行う二重課題条件、ビデオ撮影されたパフォーマンスを評価される評価条件の4条件で各2試行ずつ課題を実施しています。その際の、課題遂行時間と動作軌跡長を従属変数として測定しています。また心理指標としてSTAIを用いて状態不安を測定し、生理指標として心拍数も記録しています。結果として、心拍数に4条件の差はなく、状態不安は時間切迫条件のみ増加が見られます。しかしながら時間切迫条件において、課題遂行時間と動作軌跡長の変化はありませんでした。さらに二重課題条件では、課題遂行時間と動作軌跡長の増加が示されています。手術のパフォーマンスに心理的プレッシャーの影響が出ていない研究結果ですが、二重課題のような認知的負荷のなかでの手術に対して慣れるトレーニングを積むことの重要性が提案できます。また考察では、スポーツ課題を用いたプレッシャー研究をベースに、プレッシャー環境で練習を積むことや、無意識的な練習法を導入すること、再確認尺度(reinvestment scale)を用いて個人差を考慮することの必要性も述べられています。

2013年11月12日(火) No.35
Klampfl, M.K., Lobinger, B.H., & Raab, M. (in press). How to detect the yips in golf. Human Movement Science. doi: 10/1016/j.humov.2013.04.004
<コメント>イップスを罹患するゴルファーが有する症状を調べる研究の最新報告になります。イップスの症状がみられると判断された20名のゴルファー(イップス群)と、イップスを有していない20名のゴルファー(統制群)に対して、不安、完璧主義、神経障害などの心理検査を実施させるとともに、実験室内において1.5mの距離のパッティング課題を実施させ、心拍数、心拍変動、右前腕の筋活動、パターヘッド運動の試行間変動性、パッティングパフォーマンスの正確性などの生理指標、行動指標、パフォーマンス指標が網羅的に調べられています。結果の面白い点は、心理指標や生理指標には全く群間差がないのに対し、イップス群は利き手である右手のみでパッティングを行う時に限定的に、パターヘッド運動の試行間変動が増大し、パッティングパフォーマンスの正確性も低下していることです。この結果から、利き手を支配する運動制御機構にイップスの原因があることが予測できます。序論では、スポーツのイップスに関する先行研究が詳しく解説されており、とても勉強になりました。

2013年11月7日 No.34
Paul, M., & Garg, K. (2012). The effects of heart rate variability biofeedback on performance psychology of basketball players. Applied Psychophysiology and Biofeedback, 37, 131-144.
<コメント>大学からナショナルチームレベルのバスケットボール選手に対して、心拍や呼吸活動を1日20分間モニタリングすることによるバイオフィードバックトレーニングを10日間連続で行うことによって、状態不安、特性不安、自己効力感の心理面、心拍変動と呼吸数の生理面、ドリブル、パス、シュートのバスケットボールのパフォーマンスにどのような効果があるか調べられています。結果は、トレーニング群(10名)は、モチベーションビデオを10日続けて視聴するプラセボ群(10名)や何も実施しない統制群(10名)に比べて、全ての変数においてバイオフィードバックトレーニング群の正の効果が表れています。さらに1か月後のフォローアップテストでも、これらの効果が持続しているという結果も出ています。これまでの研究ではスポーツパフォーマンスに対して統制群やプラセボ群が設けられた研究はないと考察されており、1群事前事後テストの問題をクリアした研究と言えます。あまりにもきれいな結果に驚きを感じるとともに、インドの大学の研究者が出している論文を読んだのも初めてでした。

2013年10月30日 No.33
McEwan, D., Schmaltz, R., & Ginis, K.A.M. (2012). Warming up with pressure improves subsequent clutch performance on a golf-putting task. Advances in Physical Education, 4, 144-147.
<コメント>ここ5年ほどでプレッシャーの克服法に関する論文が急激に増えてきています。そのなかで対処法の1つとして、練習段階でプレッシャーを経験することで、テスト段階でのプレッシャー条件でもパフォーマンスの低下を防ぐことが可能なことが様々なスキルにおいて報告されています。スポーツ選手の経験や感覚的にも納得できる方法であり、当たり前のような感もありますが私的に好きな研究です。「習うより慣れろ」を実証していると言えます。この論文でもゴルフパッティング課題を用いて、119名の実験参加者を練習段階でプレッシャーを与えない群、中程度のプレッシャーを与える群、高強度のプレッシャーを与える群に分け、報酬や競争条件の1発勝負のプレッシャーテストでは、高プレッシャーを経験した群はプレッシャーを経験していない群に比べて成功率が高いことが示されています。プレッシャーを克服するためのテクニックは様々提唱されていますが、先ず第一に取り組むことが必要な基本的対処法のように感じます。

2013年10月25日 No.32
西村一樹・高本健彦・吉岡 哲・野瀬由佳・小野寺昇・高本 登(2011)午前と午後で比較した漸増漸減運動に対する心拍および血圧応答特性,日本運動生理学雑誌,18,65-75.
<コメント>ヒトのサーカディアンリズム(概日リズム)によって自律神経は朝は活動性が低く、夕方は活動性が高くなります。そう考えると朝の激しい運動は、身体に対する危険性も高くなることが想定されます。この研究では、この危険性の真否に対する実証実験として、午前(8〜10時)と午後(15〜19時)に様々な運動強度でエアロバイク運動を実施させ、心拍、心拍変動、血圧(拡張期と収縮期)、心拍数と収縮期血圧の積で算出されるダブルプロダクトといった生理指標を分析しています。結果として、やはり朝は心拍と血圧のベースラインの値も低く、エアロバイク運動による応答(変化量)も朝の方が大きくなっています。実験を基に、無酸素性作業閾値以上の強度の運動を朝に行うことの危険性が提案されています。

2013年10月16日 No.31
Sibley, K.M., Carpenter, M.G., de Ridder, D.T.D., & Frank, J.S. (2007). Effects of postural anxiety on the soleus H-reflex. Human Movement Science, 26, 103-112.
<コメント>心理的要因と脊髄反射応答の関係が調べられています。とくにこの論文では、高所での立位姿勢制御を課題として、H反射を記録することで、高所不安とH反射の関係を報告しています。高所において開眼状態で、台のエッジ付近に立った際に、H反射の減衰が顕著であり、この結果は高所における落下恐怖によって脊髄反射が抑制されることを示しています。腓腹部や脛部の筋活動に、この条件に限定的な変化は見られず、シナプス前抑制や、高次中枢レベルからの抑制によって脊髄反射が減衰することが考察されています。高所における認知や感情の変化に伴って、脊髄レベルでの反射的な運動制御が調節されることが示されています。

2013年10月9日 No.30
Balk, Y.A., Adriaanse, M.A., de Ridder, D.T.D., & Evers, C. (2013). Coping under pressure: Employing emotion regulation stratedies to enhance performance under pressure. Journal of Sport & Exercise Psychology, 35, 408-418.
<コメント>プレッシャー下でのパフォーマンス低下の克服法を実験的に検証した新しい論文になります。ゴルフパッティング課題を用いて、実験1ではパイロット研究として39名の実験参加者(ゴルフ初心者)を対象に、報酬、罰、ビデオカメラによるプレッシャー条件でパッティングのカップイン数が低下することを確認しています。そしてメイン研究の実験2において、38名の実験参加者(ゴルフ経験者)を対象に、同様な運動課題を実験1と同じプレッシャー条件で実施させ、プレッシャーの克服法を検討しています。2つのプレッシャーの克服法を取り扱っており、1つ目はポジティブな態度で課題に取り組むことでネガティブ感情や覚醒水準亢進の抑制を狙った対処法になります。もう1つは、暗記している歌を心のなかで歌いながら課題を遂行するという方法で、プレッシャー下での内的注意の増加を防ぐことを狙いとしています。感情に対して受動的に注意を向けながら課題を遂行した統制群はプレッシャー下でカップイン率が低下する中で、1つ目のポジティブな態度で課題に取り組む対処法を実践した群はカップイン率を維持し、2つ目の内的注意の増加を防ぐための対処法を実践した群はカップイン率が増加しました。つまり、感情、覚醒水準、注意などのコントロールを狙った2つの対処法がプレッシャー下でのパフォーマンスの維持や向上に貢献したことが示されています。

2013年10月1日 No.29
Hatfield, B.D., Costanzo, M.E., Goodman, R.N., Lo, L., Oh, H., Rietschel, J.C., et al. (in press). The influence of social evaluation on cerabral cortical activity and motor performance: A study of "Reak-Life" competition. International Journal of Psychophysiology.
<コメント>脳波測定をベースに運動スキルの熟達に関する神経生理メカニズムに関する研究を行っているUniversity of Maryland (USA) のHatfield氏の最新の研究報告になります。ピストル射撃のシュミレーター(ノプテル)を課題に用い、不安・主観的緊張などの心理指標、心拍数・心拍変動・コルチゾール・脳波の生理指標、射撃の正確性・銃口の動きの変動・滑らかさの行動指標が網羅的に測定されており、報酬や罰、他者評価などによるプレッシャー条件と非プレッシャー条件間の比較が行われています。心理面と生理面に対して中程度のストレス誘発に成功し、脳活動に関しては様々な脳部位におけるα周波数帯域がプレッシャー条件では減衰しています。また皮質間の共活性度の指標であるコヒーレンスも計算されており、前頭前野(Fz)とその他の脳部位間の共活性がプレッシャー条件で増加しています。行動指標に関しては射撃の正確性や銃口の動きの変動に条件間の差が見られませんでしたが、滑らかさの指標であるジャーク値がプレッシャー条件では増加しています(滑らかさが損なわれる)。プレッシャーによる射撃のパフォーマンスの低下は示されていませんが、プレッシャーの影響で非効率的なneuro-motor dynamicsが生起することを示した研究と言えます。

2013年9月24日 No.28
Hasegawa, Y., Koyama, S., & Inomata, K. (in press). Perceived distance during golf putting. Human Movement Science, doi: 10.1016/j.humov.2013.02.003
<コメント>プレッシャー下におけるゴルフパッティングのキネマティクスメカニズムを調べた最新の論文になります。平均ハンディキャップ5.7±2.7の23名のゴルファーを対象に、パッティングの距離に関して1.25m、1.50m、1.75mの3つの距離条件を設け、報酬、罰、観衆によるプレッシャー下での不安、心拍、カップイン数、パターヘッド運動のキネマティクスが調べられています。この研究の興味深い結果は、プレッシャー下で不安の増加や心拍数の増加が大きかった実験参加者において、3つの全ての距離条件でのバックスイング期の運動変位は縮小する中で、ダウンスイング期の運動に関しては1.25mという短い距離に限定的にピーク速度の減少やピーク速度の出現ポイントの早期化が生じている点にあります。このようなキネマティックな変化に付随して、カップインの数も減少しています(カップイン数の減少は1.50mと1.75mの距離においても同様に生じている)。プレッシャー下でのゴルフパッティングのキネマティクスに関する先行研究では、各研究において全ての実験参加者に一貫したキネマティクな変化が生じることを報告する研究が多い中、この研究では短く簡単な距離という条件に限定的に特徴的な変化が生じることを報告しており、簡単な運動課題におけるperception-action couplingに心理的プレッシャーが影響し、運動パフォーマンスの低下を導くことを示唆できる結果と言えます。

2013年9月6日 No.27
Coombes, S.A., Tandonnet, C., Fujiyama, H., Janelle, C.M., Cauraugh, J.H., & Summers, J.J. (2009). Emotion and motor preparation: A transcranial magnetic stimulation study of corticospinal motor tract excitability study. Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience, 9, 380-388.
<コメント>情動刺激に対する運動制御メカニズムを調べた研究になります。IAPS(International Affective Picture System)を用いて快感情と不快感情を誘発しています。写真呈示後に音刺激に対して手首と指のバリスティックな伸展運動による二選択反応課題を実施させています。反応刺激提呈示と同時にTMSを用いて前腕筋を支配する一次運動野に単発磁気刺激を与え、前腕伸筋群のEMGから運動誘発電位(MEP)を記録しています。結果として、中性写真条件と比較して不快写真条件では、MEPの振幅が有意に大きくなり、不快感情によって皮質脊髄路の興奮性が高まることが示されています。快写真条件に他の条件との有意差は見られませんでした。この結果は、不快感情写真を基にした原始情動とも呼ばれる脳内の情動系の賦活が、運動準備時の運動ニューロン活動を亢進させることを意味し、逃走-闘争反応に代表される運動系の情動反応の背景運動制御メカニズムと言えます。

2013年8月28日 No.26
Kaiseler, M., Polman, R.C.J., & Nicholls, A.R. (2012). Gender differences in stress, and coping during golf putting. International Journal of Sport and Exercise Psychology, doi: 10.1080/1612197X.2013.749004
<コメント>ここ数か月で心理的プレッシャー下におけるゴルフパッティングに関する実験研究をまとめる作業を行いました。私のこれまでの研究も含めて、1992年をスタートに国内外で計24本もの論文が報告されています。他の運動課題に比べるとずば抜けて多い研究数であり、プレッシャーによるミスが顕著であり、選手にとって深刻な問題であるという実践的背景や、実験的に取り扱いやすいという研究的背景がこのような数の多さに繋がっていると考えられます。このテーマに関する最新の論文の1つであり(ネット上での早期公開中)、実験室環境における賞金や罰、およびビデオ撮影などによるプレッシャー下でゴルフパッティング課題を行う際に、ラザルスの認知的評価理論に基づいたストレッサーに対する一次的評価の男女差について調べられています。結果として、男性は女性に比べて結果をストレッサーと捉え、女性は男性に比べて課題の遂行をストレッサーと捉えることが示されています。パッティング課題を行っている最中のオンラインでの認知や思考を調べるために、考えていることを即時に発話させ、その録音データを基に発話言語分析を行う研究手法も勉強になりました。

2013年8月6日 No.25
Tanaka, S., Hanakawa, T., Honda, M., & Watanabe, K. (2009). Enhancement of pinch force in the lower leg by anodal transcranial direct current stimulation. Experimental Brain Research, 196, 459-465.
<コメント>経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を用いて手指筋を支配するM1領域の興奮性を調節し、手指を使用した運動能力への効果を調べる研究はいくつか行われているのですが、下肢筋を対象にこのような研究はこれまでに実施されてきませんでした。この研究では10名の健常な実験参加者に対し、非利き足である左足の下肢筋支配M1に2mA×10minのanodalもしくはcathodal電気刺激を与え、刺激中と刺激後に左足の第1指と第2指による最大把持力課題と、視覚刺激に対する単純反応課題を行わせています。結果として、sham刺激に比べてanodal刺激では、反応時間に変化は見られなかったのですが、最大把持力は平均で約20%の増加が示されています。さらにその効果は、刺激後10分後にも継続的に観察されています。cathodal刺激とsham刺激の間に有意差は見られませんでした。下肢筋のM1支配領域は大脳の深部に位置するため、効果を得るためには強度の高い電気刺激が必要なことや、cathodal刺激の効果が得られなかった理由として下肢筋支配M1は抑制性回路の機能が低いことなどの考察がなされており、とても興味深いものでした。この研究結果をスポーツ科学に応用させる際に、利き足でこのような実験を行った場合にどのような結果が得られるのかについても関心を抱きました。

2013年7月24日 No.24
Altenmuller, E., Cheng, F., Lee, A., Furuya, S., & Schoonderwaldt, E. (2013). Loss of motor control in highly skilled musicians: Musicians' dystonia and its implications for the understanding of motor control. Paper presented at the Progress in Motor Control \, Montreal, Canada.
<コメント>先日参加した国際運動制御学会でのシンポジウムにおいてとても印象に残ったプレゼンテーションを紹介します。「Motor Control and the Performing Arts」というシンポジウムにおいて、音楽家のジストニアに関する研究紹介が行われました。スポーツにおけるイップス問題に応用できる話題はないかと考えながら耳を傾けました。印象に残っている点を要約すると、ピアニストやギタリストの映像をもとに様々な症状の紹介があり個別性の高い問題であることや、何百人のも罹患者を対象にした調査結果から、手指を精緻に使用する楽器の演奏者が圧倒的に多く、大きな楽器の演奏者は罹患しにくいという話がありました。また5〜10歳までの早い段階で練習をスタートした演奏者も罹患しにくいようです。対処法や治療に関する研究も進められているようで、楽器の形状を変えることなどによる人間工学的アプローチや、当研究室でも研究を進めているtDCS(経頭蓋直流電気刺激)を使用しての神経生理学的アプローチの研究も行われ始めているようです。ディスカッションでは、ゴルフのイップスと同じ現象と考えていいのかという質問も出たのですが、手の震えが中心的な症状の多いイップスとは異なる現象というのがアルテンミュラー氏の見解でした。このグループによる音楽家のジストニア研究のように、スポーツのイップス問題に対して長い年月をかけて研究を進めているグループは世界を見渡しても見当たらず、このグループのようにイップスをテーマとして研究を展開していく必要性を痛感しました。ジョークを交えながらの分かりやすい内容で、会場の空気を一気につかむアルテンミュラー氏のプレゼンの上手さも強烈に印象に残りました。

2013年7月8日 No.23
Hill, D.M., Hanton, S., Fleming, S., & Matthews, N. (2009). Re-examination of choking in sport. European Journal of Sport Science, 9, 203-212.
<コメント>ストレスや不安に関する論文を多く輩出しており、さらにはスポーツ選手に対してのメンタルサポートの経験を有する4名の応用スポーツ心理学者へのインタビューを基に、「choking(あがり)」に関する症状や対処法をグラウンテッド・セオリー・アプローチを基に抽出した質的研究になります。質的研究には、これまでにはない新たな研究仮説を生成するというメリットがありますが、この研究では「あがり」の原因としてこれまでに提唱されてきた意識的処理仮説、注意散漫説、注意閾値仮説などの注意焦点や注意容量の観点から説明できる症状に加えて、アスリートとしてのライフ・ワークバランスの欠如やメンタル・タフネスの低さを新たに言及しています。また選手個人やスポーツ種目に応じて症状が違う個別性の高い現象であることを論じている点も、質的研究ならではの結果の示し方のように思います。また、アスリートや指導者を研究対象にする研究は多いのですが、研究者の経験を被研究対象にしている研究は少なく、斬新な視点で「あがり」現象に切り込んでいる研究に感じました。

2013年7月2日 No.22
Cooke, A., Kavussane, M., McIntyre, D., & Rin, C. (2010). Psychological, musular and kinematic factors mediate performance under pressure. Psychophysiology, 47, 1109-1118.
<コメント>プレッシャー下でのゴルフパッティングに関する実験研究になります。他者評価、報酬、罰などのプレッシャー条件で1.2〜2.4mのパッティングを実施させ、認知不安・身体不安・心的努力の心理指標、心拍数・心拍変動・筋活動の生理指標、ダウンスイング期の加速度・インパクトの速度といったキネマティクス指標、カップイン率・外れたボールの絶対誤差によるパフォーマンス指標が調べられています。プレッシャー条件では非プレッシャー条件に比べて、認知不安・身体不安・心的努力の増加、心拍数・心拍変動の増加、左前腕伸筋の筋放電量の増加、ダウンスイング期の横方向(矢状面方向)の加速度の増大、カップイン率の減少といった種々の結果が得られています。私の修士課程や博士課程における実験と酷似した研究内容であり、論文の出版時も非常に重なっています。世界は広いけど狭いを切に感じる論文でした。