福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2015年12月21日(月) No.107
Mullen, R., Faull, A., Jones, E.S., & Kingston, K. (2015) Evidence for the effectiveness of holistic process goals for learning and performance under pressure. Psychology of Sport and Exercise, 17, 40-44. doi: 10.1016/j.psychsport.2014.11.003
<コメント>1980年代以降、プレッシャー下における身体動作への内的注意の増加によってパフォーマンスの低下が生じることを実証する研究は多々報告されていますが、近年の研究では、注意を向ける対象が課題遂行に対して重要な包括的(holistic)な情報ならばパフォーマンスの低下に繋がらないという結果も出てきています。この論文でも、ドライビング・シミュレーション課題(グランツーリズモ)を用いて、ハンドリングにおいて「スムーズにハンドルをきる」ことを意識する包括的注意群、「手の動き」を意識する部分的な注意群、注意焦点の教示を与えない統制群を設け、ラップタイムやエラー数の群間比較が行われています。賞金を懸けてペアによるチーム戦を行うプレッシャー条件では、包括的注意群のラップタイムが部分的注意群に比べて速いことが示されています。しかしながら、この課題の習得段階で、群間に差があるため、その差がプレッシャー条件でも維持されたという結果に捉えることもできます。Short communicationとして掲載されている論文であり、包括的な情報への内的注意の有効性を調べていく今後の研究に対する資料的な論文のように思いました。

2015年12月11日(土) No.106
Sparaler, M.B., Corcos, D.M., & Vaillancourt, D.E. (2009) Cortical and subcortical mechanisms for precisely controlled force generation and force relaxation. Cerebral Cortex, 19, 2640-2650. doi: 10.1093/cercor/bhp015
<コメント>fMRI内で指先の把持運動を実施させ、力を発揮する課題(4秒かけて最大把持力の15%強度まで徐々に力を入れて1秒のポーズをおいて一気に力を抜く)、力を抜く課題(最大把持力の15%強度に一瞬で力を入れ1秒間のポーズをおき、その後に4秒をかけて徐々に力を抜く課題)の両方を実施させ、それぞれの課題を行う際の脳活動の違いを検討しています。非常にクリアな結果が得られており、力を発揮する課題では抜く課題に比べて対側運動野や両側における大脳基底核尾状核の活性が強いことが示されています。力を抜く課題では力を入れる課題に比べて、同側の背側前頭前野の活性が強く、両側の前帯状皮質の活性が弱いことが示されています。力を発揮するときと、力を抜くときの皮質や皮質下における各脳部位の役割が異なることを示している研究といえます。適切な強度での力発揮や、不要な力みを取り除くことは、スポーツ心理学分野の研究においても非常に大事なテーマと考えられ、大変興味を持ちながらこの論文を読み進めました。この研究の手法や結果を活用することで、力発揮を測定することのみで、脳活動を推定できる点も大きな魅力に感じました。

2015年12月1日(火) No.105
Oudejans, R.R.D., Heubers, S., Ruitenbeek, J-R.J.A.C., & Janssen, T.W.J. (2012) Training visual control in wheelchair basketball shooting. Research Quarterly for Exercise and Sport, 83, 464-469. doi: 10.1080/02701367.2012.10599881
<コメント>車椅子バスケットボールのオランダナショナルチーム選手10名を対象に、車椅子を2回漕いだ後にボールパスを受け、フリースローライン近辺からシュートは放つ運動課題において、シュートを打つ直前にリングを見つめる視覚トレーニングの有効性を調べた研究になります。フリースローだけではなく、ドリブルをしながらのシュートを放つときの、このような視線行動もシュートの成功率の高さに貢献していることが明らかにされており、この論文ではこのような視線行動のトレーニングが車椅子バスケットにおいても有効かについて検証されています。トレーニングの仕方はシュート練習時に車椅子を操作する選手が通れる高さは残しておき、それよりも高い位置はスクリーンで前方にある環境情報を隠すようにし、スクリーンを通過した直後にリングを見ることができ、さらにその直後にシュートを打つトレーニングを行います。このトレーニングを積むことで練習期のシュート成功率が高まることが示されています。トレーニング前後のプリテストとポストテストの比較もしているのですが、スクリーンがある条件での成功率がプリテストからポストテストにかけて増加していますが、スクリーンが存在する普段とは異なる環境でのプレーのためプリテストの成績が低く、その成績がポストテストで回復しているとも捉えることができ、プリテストとポストテスト比較に関しては、考察には書かれていませんでしたが慎重な解釈が必要にも思いました。スポーツにおける視線行動とスポーツの熟達に関する研究は非常に盛んになされており、これらの研究成果を基に、視線行動を改善するトレーニングを意図的に行うことに効果があるのかないのかという議論が以前はなされていましたが、近年はこの研究のように視線行動自体を意図的にトレーニングすることでパフォーマンスの向上に繋がるデータが多く出てきています。

2015年11月24日(火) No.104
Zhu, F.F., Yeung, A.Y., Poolton, J.M., Lee, T.M.C., Leung, G.K.K., & Masters, R.S.W. (2015) Cathodal transcranial direct current stimulation over left dorsolateral prefrontal cortex area promotes implicit motor learning in a golf putting task. Brain Stimulation, 8, 784-786. doi: 10.1016/j.brs.2015.02.005
<コメント>この論文の筆頭著者のZhu氏や共著者のMasters氏(Univ. of Hong Kong)を中心とした研究グループは、これまでの多くの実験結果を基に無意識的な運動学習(implicit motor learning)の存在やその効果を主張しています。とくに当研究室で取り組んでいるプレッシャー研究においても、プレッシャー下での意識的制御に伴うパフォーマンスの低下を防ぐには、implicit motor learninngが有効であることについて貴重な成果をいくつも輩出しています。この論文はプレッシャー研究ではないのですが、脳の活性を非侵襲的に促通もしくは抑制させることが可能な経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を用いて、ワーキングメモリ機能を司る背側前頭前野(DLPFC)(F3)にゴルフパッティングの練習中にcathodal(その部位の活性を抑制されるマイナス電気)刺激を与えることでワーキングメモリ能力を測定するテスト(AWMA: Automated Working Memory Assesment)の成績も低下し(練習中に言語分析的な意識性の高い練習の実施が抑制され、無意識的な練習が行われている操作確認)、ゴルフパッティングの練習成績も高いことが先ずは示されています。さらに1日後に保持テストと発声をしながらの二重課題条件での転移テストを実施していますが、二重課題による転移テストにおいてcathodal刺激による練習を行った群のパッティング成績が高いことも示されています。Short Communicationでまだまだ発展性の高い研究結果と考えられ、プレッシャー下でのパフォーマンス低下の対処に対してもこのような手法が有効であることを実証する研究へと繋がるのだろうなと感じています。

2015年11月17日(火) No.103
Ueta, K., Okada, Y., Nakano, H., Osumi, M., & Morioka, S. (2015). Effects of voluntary and automatic control of center of pressure sway during quiet standing. Journal of Motor Behavior, 47, 256-264. doi: 10.1080/00222895.2014.974496
<コメント>立位姿勢制御において心を落ち着けて安静に立つ条件(control条件)、身体重心を固定しようと意図的に注意する条件(still条件)、暗算課題による二重課題を行いながら行う条件(dual条件)、以上の3条件におけるCOPの移動距離、面積、移動速度、周波数を比較した研究になります。この手の研究は過去にも複数されていますが、この研究ではstill条件とdual条件においてCOPの前後方向と左右方向のそれぞれの平方二乗誤差(RMS)がcontrol条件に比べて小さくなりましたが、周波数に関してはdual条件に比べてstill条件の方が大きくなることを示してる点が主要な結果になります。stillk条件条件での周波数の増加には足関節トルクノイズを減らしていることや、共収縮を増やしていること、スティッフネスを高めていることが貢献していることが考察されています。姿勢制御課題において注意焦点を変えることで、COPの大きさが変わるなかで、COPの周波数解析を行うことでさらに詳細なストラテジーまで踏み込んだ分析を行えることを提言している研究と考えられます。Figure1から3が全て同じイラストになってしまっている点がとても気になりました。

2015年11月3日(火) No.102
Mann, D.T.Y., Coombes, S.A., Mousseau, M.B., & Janelle, C.M. (2011). Qiet eye and the Bereitschaftspotential: Visumotor mechanisms of expert motor performance. Cognitive Processing, 12, 223-234. doi: 10.1007/s10339-011-0398-8
<コメント>スポーツ動作を開始する直前にあるポイントを固視することでパフォーマンスが高まるクアイエットアイ(quiet eye)は多くの研究によって自明かつ著名になってきましたが、この論文ではゴルフパッティング課題中の脳波を計測し、動作開始直前に生起する随伴陰性変動(Bereitschaftspotential)の指標を用いて、運動プランニングや運動実行の脳内プロセスとクアイエットアイの関係が調べられています。随伴陰性変動の早期成分は補足運動野を中心とした運動プログラミングの精度と関係し、後期成分は運動野を中心とした運動実行指令の精度と関連するようです。また随伴陰性変動の中期成分とも言えるピーク値は補足運動野と運動野の神経連絡(コミュニケーション)を反映する指標のようです。この研究ではハンディキャップが0-2の範囲の上級ゴルファー10名と、ハンディキャップが10-12の範囲の中級ゴルファーの2群に対して4m弱のゴルフパッティングを90試行実施させ、クアイエットアイ時間と随伴陰性変動の各成分の関係を調べています。統計的な有意差が出ている結果としては、上級ゴルファーが中級ゴルファーに比べてクアイエットアイ時間が長いことに加えて、脳のC4(中央野右)の早期成分、ピーク値、後期成分とP4(頭頂野右)の早期成分が大きいことが示されています。また相関分析も行われており、クアイエットアイ時間とC4ピーク値、Cz(中央野中央)ピーク値、C3(中央野左)ピーク値との有意な正の相関が示されています。脳波を用いて運動プログラミングや運動実行に関わる脳内プロセスを解明する方法論や、クアイエットアイに関わる脳内プロセスが実証された点、また右半球において顕著な結果が得られていることからスポーツスキルの熟達に関わる右半球の優位性を示している先行研究とリンクをさせて考察をしている点など、とてもとても勉強になる論文でした。次なるステップとしては、クアイエットアイのトレーニングによってプレッシャー下でのパフォーマンスの低下を防ぐときに、同じような脳波の随伴陰性変動を測定してどのようにパフォーマンス低下を防げるかの脳内プロセスを調べる研究が出てきてほしいなと感じました。

2015年10月27日(火) No.101
Englert, C., Zwemmer, K., Bertrams, A., & Oudejans, R.R.D. (2015). Ego depletion and attention regulation under pressure: Is a temporary loss of self-control strength indeed related to impaired attention regulation? Journal of Sport & Exercise Psychology, 37, 127-137. doi: 10.1123/jsep.2014-0219
<コメント>心理的な消耗(edo depletion)とプレッシャー下でのパフォーマンスの低下の関連性を報告する論文を初めて読みました。この論文の第一著者のChris Englert氏が一連の研究を行っているようで、この論文ではダーツ投げを行う直前に6分間の文章作成課題を実施させ、統制群は自由に文章を書く反面、心理的消耗群はeとtを文章中に書いてはいけないという条件があるなかで文章を書きます。つまり文章作成に対してかなりの神経を使ったあとに主課題のダーツ課題を行います。プレッシャー条件では5mの高所でダーツ投げを行い、非プレッシャー条件では0.2mの高さでダーツ投げを行っています。結果は非常にクリアで、心理的消耗群は統制群に比べてプレッシャー条件でのダーツ投げの成績低下が著しいものでした。この論文のもう一点興味深い内容は、ダーツを投げる直前にダーツボード中心のブルズ・アイを見つめる時間をアイカメラを用いて測定しており、こちらも心理的消耗群がプレッシャー条件で著しくブルズ・アイを見つめるQuietEyeDurationが短くなっています。これらの結果から、神経を消耗させたことで、適切な注意の調節をできなくなってしまうことがプレッシャー下でのパフォーマンス低下に繋がることが考察されています。この研究のように高所で運動課題を行うことをプレッシャー条件と考える研究と、当研究室が行っているような課題パフォーマンスの成否に対してプレッシャーを与える研究とはプレッシャーの種類が違うという考え方を私自身は持っていますが、非常にクリアで面白い結果を示している論文に感じました。

2015年10月20日(火) No.100
Moore, L.J., Vine, S.J., Wilson, M.R., and Freeman, P. (2015). Reappraising threat: How to optimize performance under pressure. Journal of Sport & Exercise Psychology, 37, 339-343. doi: 10.1123/jsep.2014-0186
<コメント>緊張や覚醒水準の亢進がパフォーマンスに対してマイナスに作用するものではなく、プラスに作用することを認識させる教示(arousal reappraisal manipulation)によって、プレッシャー条件でのゴルフパッティングのパフォーマンス低下が防げるかについて検討されています。50名の初心者ゴルファーが上述の教示を受ける群と、統制群にランダムに振り分けられ、賞金やインタビュー、他者比較、ビデオ撮影があるプレッシャー条件で1本勝負のゴルフパッティングを実施し、教示を受けた群の正確性が統制群に比べて高く、arousal reappraisal manipulationの有効性が示されています。序論にも書かれているのですが、プレッシャー下での覚醒水準にアプローチすることで「あがり」の対処を図る研究は意外にも少なく、1つの分かりやすい結果を提示している論文といえます。

2015年10月13日(火) No.99
Zhang, C-Q., Si, G., Duan, Y., Lyu, Y., Keatley, D.A., and Chan, D.K.C. (2016). The effects of mindfulness training on beginners' skill acquisition in dart throwing: A randomized control trial. Psychology of Sport and Exercise, 22, 279-285. doi: 10.1016/j.psychsport.2015.09.005
<コメント>今現在の自己の状態に意識を向ける「マインドフルネス」の概念は知っていましたが、運動学習に対してこのマインドフルネスの活用が有効であることを示す論文を初めて手にして読みました。基礎運動課題やスポーツ課題を対象に複数の研究があるようで、この論文では初心者によるダーツ投げ課題を用いて、「マインドフルネス」に関する講義をレクチャーしながら6週間のダーツ練習に取り組む群の方が、「スポーツ心理」の講義を受けながら練習に取り組む群に比べてダーツ投げ課題の学習の促進が大きく、さらには2週間後の保持効果も高いことが示されています。序論において、心理的スキルトレーニングのように何らかの改善を試みながらスポーツに取り組んでいくような従来の方法とは全く反対の方法が「マインドフルネス」であるという表現にインパクトを受けました。この研究では、ダーツ投げ課題に対するマインドフルネス度やフロー状態度も調べられており、これらの指標に関してもダーツ投げ課題のパフォーマンスと連動した結果が得られています。それをもとに「マインドフルネス」による学習効果にはフローの心理状態がリンクしていることも考察されています。なぜこうようなことが起こるのかという考察が不足している感があり、無意識と運動学習に関する先行研究を基にした考察などがもっとなされていれば、より面白い論文になるのではと感じました。「あがり」、イップス、スランプなどに悩むスポーツの熟練者に対しても応用可能な方法と考えられ、スポーツの熟練者を対象としたデータが今後出てくることも大きく期待したいです。

2015年9月28日(月) No.98
高草木 薫(2009)大脳基底核による運動の制御.臨床神経,49,325-334.
<コメント>大脳基底核ならびに脳幹において運動の制御がどのように行われているかについて解説されている総説論文になります。当研究室ではここ5年ほどかけて、心理的プレッシャーによって高次中枢や低次中枢、さらには筋活動といった運動制御機能がどのような影響を受けるのかを調べる実験に取り組んでいます。複数の実験から、高次中枢の興奮は増大し、低次中枢(脊髄)の興奮は減衰し、筋活動が亢進(主動筋と拮抗筋間の共収縮も増大)するなどの結果が得られていますが、なぜこのようなことが起こるのかについて考察する際に、そのメカニズムに関する運動制御の知識が追い付かず、上手く説明できないもどかしさがありました。この総説論文では、脳幹における筋緊張促通系、姿勢制御や反射に関わる内側運動制御系、精緻運動に関わる外側運動制御系、一次運動野の抑制系や促通系に対する大脳基底核の役割などなどが詳細かつ分かりやすく解説されており、我々の実験結果の考察を非常に豊かにしていただける論文に出会うことができました。パーキンソン病やジストニアなどの運動障がいにおける大脳基底核の疾患がどのようなものかについても、最後に仮説的に説明されています。

2015年9月4日(金) No.97
Huffman, J.L., Horselen, B.C., Carpenter, M.G., and Adkin, A.L. (2009). Does increased postural threat lead to more conscious control of pressure? Gait & Posture, 30, 528-532. doi: 10.1016/j.gaitpost.2009.08.001
<コメント>高所での恐怖条件下における姿勢制御の変化(足圧中心(COP)が後ろに移動する、COPの周波数が高まる、下腿の筋活動が高まるなど)に関して、これまで数多くの論文で報告がなされてきていますが、この論文ではこのような姿勢の変化に心理指標がどのように関連しているかを検証しています。特に動作に対する意識的処理度を測定する質問紙を活用し、低所(地面)と高所(3.2m)で60秒間の直立姿勢を保持する際に、低所に比べて高所で意識的処理が高まる人ほど姿勢の後傾が大きくなることが示されています。また、深く考察がなされている結果ではないのですが、私自身が大きく興味をいただいた結果として、低所に比べて高所でバランスに対する自信が低くなるほど、COPの周波数が小さくなることも示されています。この結果は、高所という恐怖条件においてバランスに対する自信がなくなるほど、微細な姿勢のコントロールが出来なくなることを反映しています。プレッシャー下における姿勢制御研究にも、応用できそうな方法や結果ではないかと感じました。

2015年7月28日(火) No.96
Uehara, K., Coxon, J.P., and Byblow, W.D. (2015). Transcranial direct current stimulation improves ipsilateral selective muscle activation in a frequency dependent manner. PLOS ONE. doi: 10.1371/journal.pone.0122434
<コメント>健常者に対して、0.75Hz、1.00Hz、1.25Hzの異なるテンポでのアイソメトリックな肘関節屈曲運動(上腕二頭筋が主動筋として機能)と手関節回外運動(上腕二頭筋が拮抗筋として機能)を実施させ、それらの運動直前に経直流電気刺激(tDCS)を用いて同側運動野のcathodal刺激(活性を抑制)の効果を調べた実験になります。主な結果として、cathodal刺激(1mA×15min: 5cm×5cmのパッド)はsham刺激に比べて、1.00Hzや1.25Hzの比較的早いテンポでの運動実施時に、単発磁気刺激(TMS)によって運動誘発電位(MEP)を記録し、手関節回外運動時の上腕二頭筋のMEP/肘関節屈曲運動時の上腕二頭筋のMEPで表されるSR(Selective Ratio)が小さくなることが示されています。この値は上腕二頭筋が主動筋として機能するときと、拮抗筋として機能するときの皮質脊髄路の神経興奮の比率を意味し、値が大きいほど拮抗筋支配の神経興奮が大きく、値が小さいほどその興奮が抑制されていることを反映します。つまりこの研究では、同側運動野の興奮性を抑制させることで、同側上腕二頭筋が拮抗筋として活動するときの神経興奮が抑制されることが明らかにされています。この研究は、脳梗塞後の運動機能の回復のようにリハビリテーション分野において将来的にtDCSの利用が有効であることを狙っていることが背景となっている論文になります。スポーツ心理学分野においてもプレッシャー下における主動筋と拮抗筋の共収縮(cocontraction)に代表されるように、種々の心理的要因によって拮抗筋活動の促進が生じ、運動パフォーマンスに弊害を及ぼす現象が見られます。このような現象の改善に対して、同側運動野へのcathodal電気刺激が有効になる可能性を感じました。tDCSによる皮質の活性や抑制を生じさせる研究では、その操作チェックまで確認されていない論文が多い中(私の実験でも確認しておりません↓)、この論文ではtDCSを実施した直後に対側上腕二頭筋のMEPを記録し、cathodal条件ではsham条件に比べてMEPが小さくなることが確認されており、実験手続きの細かさや確実さにも感銘を受けました。

2015年7月14日(火) No.95
Furuya, S., Nitsche, M.A., Paulus, W., and Altenmuller, E. (2014). Surmounting retraining limits in musicias' dystonia by transcranial stimulation. Annals of Neurology, 75, 700-705. doi: 10.1002/ana.24151
<コメント>過剰訓練による神経障害ともいえるジストニアを罹患しているピアニストに対して、タイピング練習を行う際に大脳の運動野に対する経頭蓋磁気刺激(tDCS)を与えることで、ジストニアの症状が改善することが報告されています。実験では2mAの直流電気刺激を24分間、患側を支配する対側一次運動野に対してはその部位の活性を抑制させるcathodal(−)刺激を、さらには非患側を支配する一次運動野に対してはanodal(+)刺激を与えています。それとともに100ビート/分のリズムで両手の指を使用してのタッピング練習を同時に行わせています。その後のポストテストでは、障がいを患っている指に使用し、一定のタイミングでのタッピング運動を実施させ、そのタッピング運動のタイミングの変動性をパフォーマンスの指標として評価しています。上述の電気刺激と練習を行った条件では、他の条件(anodalとcathodalを逆+練習、anodal刺激のみ+練習、sham(プラセボ)刺激+練習、上述の刺激+練習なし)に比べてポストテストにおけるタイミングの変動性が小さいことが報告されています。ジストニアは、熟練スポーツ選手が患うイップスに非常に類似した症状であり、イップスに悩まされるスポーツ選手の症状改善に対して、tDCSが強力な一つのツールになり得る可能性を感じる論文でした。

2015年7月7日(火) No.94
Wallance, H.M., and Baumeister, R.F. (2002). The performance of narcissists rises and falls with perceived opportunity for glory. Journal of Personality and Social Psychology, 82, 819-834. doi: 10.1037//0022-3514.82.5.819
<コメント>Baumeister氏のプレッシャー研究を回顧するするシリーズの第2弾になります。特性不安の高さや、自己意識の高さなどプレッシャー環境に置かれた際にパフォーマンスの低下が起きやすい性格を報告する研究は多々あるのですが、プレッシャー下においてもパフォーマンスを向上させるような、要するにプレッシャーに強い性格を明らかにしている論文はあまり読んだことがありません。この論文では、ペグ課題(Exp1)、暗算課題(Exp2)、ダーツ投げ課題(Exp3)、ブレインストーミング課題(Exp4)を用いて、パフォーマンスに対する高い目標値(Exp1と2Exp2)、5$の報酬や罰のプレッシャー(Exp3)、共同作業に対する他者からの評価(Exp4)がある条件において、ナルシスト(自己愛)度が高いほどパフォーマンスの向上度合も大きいことが示されています。ナルシストと聴くとあまり良い印象がなく、マイナスなイメージも強いですが、ここぞというときの実力発揮に関しては高い適応力を要していることを証明した研究といえます。確かにスポーツの実場面を観察していても、いざという時に大きな力を発揮する選手は、ナルシスト的な性格を多分に有しているようにも感じます。非常に面白い論文でした。