福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

本研究室の業績紹介(共同研究や共同執筆も含む)(過去の履歴)
【原著】
西分友貴子・田中美吏(2022)カヌースプリントにおけるスタート時の反応時間―簡易自動発艇装置を用いたトレーニング効果の検証―.健康・スポーツ科学,12,1-11.<健康運動科学研究所内の閲覧やダウンロード用PDFにリンク>
<Abstract>多くの日本人カヌースプリント選手が自動発艇装置からのスタートの練習不足に伴ってスタートを苦手としています。この研究では日常の練習場面でも使用できる簡易自動発艇装置を開発し、スタート局面の反応時間や状態不安を測定することで、簡易自動発艇装置を利用したトレーニング効果を検証しました。16名の女子大学生カヌー選手が、プリテストとして24試行のスタートに取り組んだ後に、簡易自動発艇装置を使用してのスタート練習を3日間で72試行(1日につき24試行)取り組みました。その後に、24試行のポストテストを行い、プリテストとポストテストの反応時間とスタート前の状態不安について比較を行いました。結果として、プリテストからポストテストにかけて反応時間が有意に短縮し、反応時間の試行間の変動性も有意に減幅しました。状態不安についても有意な低減が認められました。これらの結果から、簡易自動発艇装置を使用したスタート練習がカヌーの競技場面でのスタートのパフォーマンスやその時の心理状態に対して有効であることを提案しました。

【研究資料】
稲田愛子・田中美吏・柄木田健太(2020)ソフトボールにおけるイップスの多面的リスク評価尺度作成の試み.体育学研究,65:929-945.doi: 10.5432/jjpehss.20008【J-Stageの公開ページにリンク】
<Abstract訳>投・送球イップスは多くのソフトボール選手が抱える悩みである。しかしながら、この問題の実態は明らかになっていない。そこで本研究では、イップスのきっかけ、状況、症状のリスクを評価できる質問紙を作成することを目的とした。これらの目的に対して混合研究法を用い、調査1ではイップスを有する97名の女子大学生ソフトボール選手に対して、イップスのきっかけ、状況、症状について自由記述による質問紙調査を行った。KJ法を用いてこれらの3側面の質的分析を行い、きっかけについては4カテゴリー14項目、状況については6カテゴリー24項目、症状については9カテゴリー36項目を得た。調査2では、男女ソフトボール選手345名を対象に、調査1で得られた74項目の質問紙に回答させる量的調査を行った。これらの3側面のそれぞれに対して探索的因子分析を行った結果、きっかけは3因子 (怪我、ミス、恐怖心) 11項目、状況は3因子 (重要度が高い場面、普段の場面、特定の相手・間・距離の場面) 18項目、症状は4因子 (震え、イメージや動作の不全、羨望、予期不安) 27項目で構成された。これらの全ての因子において高い内的整合性および予測的妥当性が認められ、さらに許容可能な構成概念妥当性も示された。本研究の結果からソフトボールにおけるイップスのリスクを多面的に評価するための尺度が作成された。今後、本尺度の信頼性・妥当性を高める研究が必要である。

【実践研究】
稲田愛子・田中美吏(2019)ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―.健康運動科学,9,1-11.【ResearchGate内のダウンロードページにリンク】
<内容>昨年度、当研究室にて修士課程を修了した稲田愛子氏の修士論文内での1つの調査の報告になります。関西の大学女子ソフトボール1部リーグに所属する287名の選手から回収したソフトボールの投・送球イップスに関する実情調査の結果をまとめました。調査内容は、イップスの有無、イップスが発症したきっかけ、イップスの対処、イップスの相談相手、チームメイトのイップスなどで構成しました。6.6%の選手が「イップスである」、27.2%の選手は「イップス傾向」であるという結果が得られ、約34%の女子大学生ソフトボール選手がイップスに悩んでいる可能性について言及しました。今後は、調査対象者をさらに拡げて調査を実施することや、本研究のように選手の主観でイップスの判断をするのではなく客観的指標を以ってイップスの判断をすることの必要性について考察しています。

【実践研究】
西分友貴子・田中美吏(2019)カヌースプリントにおけるスタート時の自動発艇装置に対する反応時間の影響.健康運動科学,9,13-20.【ResearchGate内のダウンロードページにリンク】
<内容>昨年度の当研究室の卒業研究論文にて西分友貴子氏が実施した実験結果を報告しています。カヌースプリント選手が競技場面で抱える1つの問題として、自動発艇装置を用いたスタートに対する苦手意識があります。国内では自動発艇装置を利用できる練習環境が皆無であり、競技場面でしか経験できないことに起因した苦手意識になります。この問題に対する第1の研究アプローチとして、カヌースプリント選手が自動発艇装置を用いたスタートでどれほど反応時間が遅れるかについて実験検証しました。統制条件のビープ音刺激による単純反応と比較し、自動発艇装置の映像を視聴しながらの反応がどれほど遅れるかについて実験室内検証を行いました。大学カヌースプリント競技1部校に所属する14名の選手に対して実験を行い、映像条件では音条件に比べて全実験参加者が反応時間が遅れ、14名の平均値で約300ms反応時間が遅れたことを報告しています。考察では、この遅れは、約1.5m(艇身の約30%)に相当することや、今後はこの遅れを解消するトレーニング方法に関する研究を行うに必要性などを記述しています。

【メンタルトレーニング実践講座】
田中美吏(2019)イップスに関するエビデンスベースの知識.メンタルトレーニング・ジャーナル,12,33-36.【ReseachGateの公開ページ(author's personal copy)にリンク】
<内容>スポーツメンタルトレーニング指導士として活用できるスポーツ選手のイップスに関する諸知識をまとめました。ゴルフ、野球、ソフトボールの各種目においてイップスを経験している選手の割合、心理的及びジストニアの2つの観点からの症状の分類、イップスを有するゴルファーの筋活動、動作、脳活動などの運動制御機能の特徴を報告する研究を紹介しています。

【展望論文(Review)】
田中美吏・柄木田健太(2019)運動パフォーマンスへの皮肉過程理論の援用:皮肉エラーと過補償エラーの実証とメカニズム.スポーツ心理学研究,46,27-39.doi: 10.4146/jjspopsy.2018-1803
【J-STAGEの公開ページにリンク】
<Abstract和訳>Wegner (1987) は、白熊について考えないように教示を受けた後には、白熊に対する思考が促進することを示した。この現象は皮肉過程理論として広く知られているが、認知課題のみならず運動課題においても生じる。運動パフォーマンスにおける意図に反する皮肉エラーに関する論文は多数存在するが、この現象に関する包括的理解を得るための総説は極めて少なくかつ古い。本展望では精選した17本の論文を、運動パフォーマンスにおける皮肉エラーの生起を実験検証した研究、プレッシャー下での運動課題において皮肉エラーが生じることを示した研究、運動パフォーマンスにおいて皮肉エラーが生じるメカニズムを注意容量と視線行動の観点から明らかにした研究に分類した。さらに、皮肉エラーとは反対方向へのエラー (過補償) が生じることも報告されており、実験検証に基づいてこの現象の実証を行うとともに、そのメカニズムを調べている研究も解説した。そして最後に、これらの総説を基に、スポーツ心理学分野の今後の研究に対する提案を行った。本展望が皮肉過程理論を運動パフォーマンスに援用するにあたっての体系的な理解を得るための一役となり、このトピックに関する今後の研究に貢献することを狙いとした。

【Original Article】
Sekiya, H. & Tanaka, Y. (2019) Movement modifications related to psychological pressure in a table tennis forehand task. Perceptual and Motor Skills, 126, 143-156. doi: 10.1177/0031512518809725
【公開ページにリンク】
<Abstract和訳>この研究では、卓球のフォアハンド課題中(相手サイドのターゲットを正確に狙う)のキネマティクスやキネティクスを調べることで、プレッシャーがダイナミックな運動スキルに及ぼす影響を調べることを目的とした。30名の初心者が、135試行の習得試行の後に、10試行の非プレッシャーテストを10試行のプレッシャーテストを実施した。プレッシャーは課題成績に応じた報酬の増減を用いた。ラケットヘッドとボールの動作解析、ならびにグリップ圧を調べ、さらにはプレッシャーのチェックとして状態不安と心拍数も測定した。プレッシャーテストでは状態不安と心拍数の増加が認められ、軽度なプレッシャーが誘発された。動作に関しては、バックススイングやフォワードスイングの大きさが小さくなり、フォワードスイングの速さやボール速度も遅くなった。ボールとラケットのコンタクト位置も前方に移動し、これらの動作変化に伴って、ボールの停止位置も左に偏向した。グリップ圧に変化は見られなかった。プレッシャー下ではリスク回避の運動方略によって動作の大きさや速度が小さくなり、それに伴ってパフォーマンスが低下すると結論づけられる。

【Communications】
Tanaka, Y., Sasaki, J., Karakida, K., Goto, K., Tanaka, Y.M., & Murayama, T. (2018) Psychological pressure distorts high jumpers' perception of the height of the bar. Journal of Functional Morphology and Kinesiology, 3(2), 29. doi: 10.3390/jfmk3020029
【JFMKのオンライン公開ページにリンク】

<Abstract和訳>本研究では陸上走高跳びの助走スタート直前におけるバーの高さ知覚に心理的プレッシャーが及ぼす影響を調べた。大学生走高跳選手14名を対象に、練習3試行、高プレッシャー条件6試行、低プレッシャー条件6試行(高プレッシャー条件と低プレッシャー条件は実験参加者間でカウンターバランス)を普段の練習環境下で実施させた。バーの高さ知覚は低プレッシャー条件から高プレッシャー条件にかけて有意に高くなった。回帰分析も行ったところ低プレッシャー条件から高プレッシャー条件にかけて主観的なプレッシャーが高まった者ほどバーの高さ知覚も高くなる傾向にあることが示された。パフォーマンスの指標である成功率に関しては低プレッシャー条件と高プレッシャー条件の有意差は見られなかった。本研究は、プレッシャー下で運動課題を遂行する前には、課題の難易度を高く感じる方向に環境の知覚が変化することを示した最初のエビデンスである。

【解説論文】
田中美吏(2018)プレッシャー下での注意・知覚とパフォーマンス.体育の科学,68(5),367-372.
<コメント>体育の科学(杏林書院)の連載企画「アテンションフォーカスと身体運動」の第4弾を担当しました。半年間6回に渡って、注意、集中、視線、予測、知覚、予測などを切り口に上記企画の連載が行われています。プレッシャーがパフォーマンスに及ぼす及ぼす影響を調べる長年の研究においても、注意と身体運動の観点から豊富な研究が行われており、本稿では「注意狭隘」「注意散漫」「意識的処理(分析麻痺)」に分けて、プレッシャー下でのパフォーマンス低下を説明する諸理論や、それらの理論を裏付けるエビデンスを解説しました。また新しい理論として皮肉過程理論も取り上げ、プレッシャー下でのパフォーマンス低下に対して皮肉過程理論を援用している近年の諸研究も紹介しました。また、萌芽期の研究段階ともいえるプレッシャー下における外的環境の知覚とパフォーマンスの関係を調べている実験研究も最後に解説しました。

【研究資料】
田中美吏・柄木田健太・村山孝之・田中ゆふ・五藤佳奈(2018)心理的プレッシャー下でのダーツ課題におけるサイズ知覚とパフォーマンス結果.体育学研究,63,441-455.
【J-STAGEの公開ページにリンク】
<Abstract和訳>運動行動は、行為者による様々な環境の知覚と結合している。環境の知覚が、行為者の動機づけ、願望、不安などの心理状態によって歪む現象は力動的知覚と呼ばれ、多くのスポーツ選手が競技中のプレッシャー下でも経験する。本研究ではダーツ課題を利用し、プレッシャー下でのダーツ課題遂行前 (事前判断) と遂行後 (事後判断) における的のサイズ知覚、ならびにサイズ知覚とパフォーマンス結果の関係を実験的に調べることを目的とした。20名の健常な女子大学生が実験に参加した。プレッシャー操作には、パフォーマンスに基づいた競争による賞金と他者比較を利用した。結果として、非プレッシャー条件からプレッシャー条件にかけて状態不安と心拍数に有意な増加が示され、実験参加者の心理面や生理面にストレス反応が生じたことから、プレッシャー操作が有効であった。的のサイズ知覚は、全実験参加者の平均においては事前判断と事後判断の両方で非プレッシャー条件とプレッシャー条件の有意差が得られなかった。しかしながら、プレッシャー条件でパフォーマンスが低下した実験参加者は向上した実験参加者に比べて事後判断におけるサイズ知覚が有意に小さくなることが示された。意識的処理や注意散漫などの課題遂行中の注意や、プレッシャー下でのパフォーマンス低下を導く動作変化が知覚の変化の原因である可能性が示唆された。また、プレッシャー下での試行前における知覚の変化に関連する要因を仮説探索的に調べた重回帰分析では、サイズ知覚が特性不安によって説明できることが示され、プレッシャー下では特性不安が高い実験参加者ほど的を小さく知覚した。

【総説】
柄木田健太・田中美吏(2017)スポーツ選手の「あがり」の対処法に関する実践的研究―パフォーマンスルーティンに着目して―.健康運動科学,7,9-14.【PDFにリンク】
<Abstract和訳>スポーツ選手やスポーツ指導者にとって「あがり」の対処は重要な課題であり、プレッシャー下で生じる様々な心理・生理・行動・パフォーマンスの症状に対応しなければならない。本総説では、まず初めにスポーツ選手、音楽家、スピーチなどの様々な運動スキルにおける「あがり」の対処法を調べる研究を解説した。続けて、パフォーマンス・ルーティンに関する研究に焦点をあて、プレッシャー下でのパフォーマンスについて、プレパフォーマンスルーティンやポストパフォーマンスルーティンの効果を検証している研究を解説した。これらの解説より、スポーツ選手、音楽家、スピーチでは、認知的および行動的対処が実践されており、プレッシャー下での認知やパフォーマンスに対してパフォーマンスルーティンの活用が有益であるという結論に至った。今後も様々な分野で、「あがり」の対処法の効果を詳細に調べる研究が求められる。

【解説論文】
田中美吏(2017)バランスへの心理学的アプローチ.体育の科学,67(6),415-421.
<コメント>今年度の『体育の科学』(杏林書院)では3月号から8月号にかけて「バランスを高める多角的アプローチ」のテーマで全6回の連載論文が企画されています。その第4回目として上記のテーマの解説を担当しました。体育・スポーツにおけるバランスの重要性は自明の理であり、本稿では注意焦点、高所での恐怖や不安ならびに快-不快などの情動、心理的プレッシャーによって姿勢制御がどのような影響を受けるのかを調べている実験研究を解説しました。それとともに、これらの心理的要素が姿勢制御を変化させる背景にあるメカニズムを運動制御機構や中枢神経機構の観点から考察しました。最後に、心理的変化が生じた中でもバランスを維持するための対処法研究や、バランスとスポーツパフォーマンスの関連にまで踏み込んだ研究を行う必要性を提案しました。(杏林書院のオンライン購入ページへリンク)

【Original Article】
Tanaka, Y., & Shimo, T. (2017) Increased corticospinal excitability and muscular activity in a lower limb reaction task under psychological pressure. Journal of Functional Morphology and Kinesiology, 2(2), 14. doi:10.3390/jfmk2020014
<コメント>心理的プレッシャー下での皮質脊髄路の興奮性を調べた当研究室のこれまでの一連の研究では、手指を利用する運動課題を用いて上肢筋を制御を調べてきました。スポーツや日常の運動行動では、上肢だけでなく下肢の制御も必要不可欠であり、この研究ではプレッシャー下での下肢運動(音刺激に対して利き足踵を挙げる出来る限り早く挙げる単純反応課題)の運動準備時(ヨーイ(set)とドン(go)の間)に、一次運動野下肢筋支配領域に単発の経頭蓋磁気刺激(TMS)を与えて利き足ヒラメ筋(主動筋)や前脛骨筋(拮抗筋)の筋電図から運動誘発電位(MEP)を測定し、下肢筋を支配する皮質脊髄路の興奮性を調べました。反応課題における利き足ヒラメ筋と前脛骨筋の筋活動も測定し、各筋のEMG振幅と両筋間の共収縮も合わせて調べています。結果として、課題パフォーマンスの指標であるリアクションタイム(RT)に対して報酬や罰によるインセンティブが発生するプレッシャー条件では、非プレッシャー条件に比べて、ヒラメ筋のMEPには差がないものの、前脛骨筋のMEPは有意に大きくなることを示しました。また、反応課題における各筋のEMG振幅や両筋間の共収縮もプレッシャー条件では非プレッシャー条件より有意に大きいことが分かりました。課題パフォーマンスのRTに条件間の有意差はなかったことから、パフォーマンスに弊害となる皮質脊髄路の興奮性増大や筋活動の増加ではなかったのですが、中枢神経や筋活動のエネルギー効率から考えると非効率的な運動制御であることを考察で提案しています。運動準備時のヒラメ筋H反射(脊髄反射応答)も合わせて調べており、この指標に条件間の差はありませんでした。皮質脊髄路の興奮性は高次中枢(皮質および皮質下)と低次中枢(脊髄)での促通や抑制によって制御されており、この研究で用いた運動課題遂行時のプレッシャー下での皮質脊髄路の興奮性増大は脊髄レベルでに依存しないことが分かり、高次中枢の促通によって生じていることも合わせて示しました。(オンライン公開ページへリンク)

【総説論文】
柄木田健太・田中美吏(印刷中)スポーツ選手の「あがり」の対処法に関する実践的研究―パフォーマンスルーティンに着目して―.健康運動科学.
<コメント>本学内に健康運動科学研究所という組織があり、年1回「健康運動科学」という学術雑誌を発行しています。当研究室の研究支援員の柄木田健太氏が「あがり」の対処法の研究に取り組んでいることに絡めて、共著で総説論文を執筆しました。「チョーキング」や「あがり」という用語の整理をしたうえで、先ずはスポーツ、音楽、スピーチを対象とした「あがり」の対処法の実践的な取り組みを調査した研究や、対処法の効果を検証している介入研究を国内外の5つの論文をベースにレビューしました。続けて、「あがり」を対処するための種々の方法の中からルーティンの技法に着目し、「あがり」に対するルーティンの効果を検証する4つの国際誌論文を解説しました。おそらく半年ほど後の公開になるかと思いますが、オンライン公開もあり、公開され次第またアナウンスできればと思います。

【研究資料】
田中 美吏・霜 辰徳・野坂祐介(2016)心理的プレッシャー下における不安定場での立位姿勢制御:下肢筋活動と足圧中心からの評価.体育学研究,61,289-300.
<コメント>心理的プレッシャーの影響で身体バランスが崩れたり硬直することが原因で、パフォーマンスの低下が生じることは、スポーツ選手の経験則から考えると様々なスポーツ種目で生じ得る現象のように思います。このような現象の科学的検証がありそうで少なく、この研究では基本的なバランス課題として、バランスディスク上における利き足での片足立ち課題を用いて、賞金や罰の心理的プレッシャーがかかったなかで、重心動揺計を用いて足圧中心(COP: center of pressure)を測定し、さらには筋電図を用いてヒラメ筋や前脛骨筋の筋活動(EMG: elecrtomyograph)を調べることで、プレッシャーが姿勢制御に及ぼす影響を調べました。主要な結果として、プレッシャー条件では非プレッシャー条件に比べて、ヒラメ筋の筋活動や、ヒラメ筋と前脛骨筋間の共収縮が高まることに加えて、COPの前後左右方における2次元上での外周面積が小さくなることを明らかにしました。なぜこのようなことが生じるかについては、不安や恐怖などの感情の生起による影響、身体を硬直させる運動方略の影響、足や身体に意識を向ける注意の影響の視点から考察を行い、今後の研究では姿勢制御の変化の原因を究明することの必要性を提言しました。また、考察の最後においてこの研究から派生した3つの大きな問題を記載することで、心理的プレッシャーと姿勢制御を調べる今後の研究に対して指針となる研究資料論文になるようにしました。

【共著書】
伊達萬里子(編)・松山博明・田中美吏・三村 覚・高見和至.『新・スポーツ心理学』.嵯峨野書院:京都.2015年9月30日出版.(一社)メディカル・フィットネス協会(監修).
<コメント>大学生、短大生、専門学校生などのスポーツ心理学の初学者をターゲットに、スポーツ心理学に関する基礎知識や実践応用が全11章でまとめられています。そのなかで「第2章スポーツスキルの制御と学習」「第3章スポーツスキルの効果的な学習法」「第9章スポーツにおける「あがり」」の3章を担当いたしました。「運動の制御と学習」をテーマとした第2章と第3章においては、スポーツ心理学の範疇で、知っておくと有益な古典的理論や比較的新しい研究成果を解説しました。第9章では私自身のメインの研究テーマである「あがり」に関する基礎理論、運動制御研究、対処法を解説しました。なるべく図表を多く提示することで理解を深めやすくできるように工夫も加えております。初学者向けのテキストではありますが、大学院生やスポーツ指導者、スポーツ科学分野の研究者におきましても少しは読み応えがあるような内容になることを念頭に置きながら執筆作業を進めました。一度手にしていただき、お目通しいただければ幸甚です。

【Research Note】
Tanaka, Y. (2015). Spinal reflexes during postural control under psychological pressure. Motor Control, 19, 242-249. doi: 10.1123/mc2013-0104
<コメント>心理的プレッシャー状況下において運動課題を実施する際に中枢神経活動がどのような影響を受けるのかという問いに対して、当研究室のこれまでの研究ではTMS(経頭蓋磁気刺激装置)を用いて運動誘発電位(MEP: Motor Evoked Potential)をEMG上で記録し、大脳の一次運動野から脊髄を介して支配骨格筋に至るまでの皮質脊髄路の興奮性(corticospinal excitability)を調べた3つの実験を報告してきました。これらの論文ではプレッシャー下において皮質脊髄路の興奮性が高まることを一貫して示してきたのですが、TMSによって皮質脊髄路の興奮性を評価する際の限界として、その興奮性の増加が一次運動野や脳幹などの上位中枢での修飾に依存しているのか、脊髄の低次中枢での修飾に依存しているのか判別できないことが挙げられます。この論文ではこの限界をクリアするために、Hoffmann反射(H反射)という脊髄反射の大きさを測定する手法を用いて、心理的プレッシャー下で姿勢制御(利き足によるバランスディスク上での20秒間の片足立ち)課題を行う際の脊髄を介した反射による運動神経活動の興奮性を調べました。細かな実験方法は割愛しますが、結果として報酬や罰を受けるプレッシャー条件では非プレッシャー条件に比べて姿勢制御課題中の脊髄反射が小さくなるという結果が得られました。この結果を基に、プレッシャー下における皮質脊髄路の興奮性増大は、上位中枢での修飾に依存していることや、なぜプレッシャーによって脊髄反射が小さくなるのかという点に対して考察を行いました。

【共同執筆翻訳書】
長谷川 博監訳.『エンデュランストレーニングの科学―持久力向上のための理論と実践―』.NAP Limited:東京.Mujika, I. (ed.) (2012). Endurance Training: Science and Practicee. New York: Nova Science Publishers Inc.
<コメント>昨年9月に出版された翻訳書『リカバリーの科学―スポーツパフォーマンス向上のための最新情報―』(NAP Limited)に引き続き、監訳者の長谷川博先生(広島大学大学院総合研究科)の依頼を受け、第20章『持久力の心理学』と第22章『健康のための持久性トレーニング』の2つの章の翻訳を担当いたしました。第20章では、持久力に関連する認知、感情、痛み耐性、熟達、心理的スキルトレーニングが解説されています。第22章では、継続的な持久力トレーニングが諸生活習慣病の予防や改善に繋がり、さらにはメンタルヘルスにも恩恵があることなどが解説されています。全29章というボリュームのある内容で、生理学、生化学、トレーニング科学、レースの戦略的要素、環境の役割(暑熱環境や高地トレーニングなど)などなど、持久力の基礎理論を把握し、実践練習に役立てるための知見を幅広くかつ深く学べる1冊になります。

【原著論文】
Tannaka, Y., Funase, K., Sekiya, H., Sasaki, J., & Tanaka, Y.M. (2014). Psychological pressure facilitates corticospinal excitability: Motor preparation processes and EMG activity in a choice reaction task. International Journal of Sport and Exercise Psychology, 12, 287-301. doi: 10.1080/1612197X.2014.91633
<コメント>経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いることで、大脳の一次運動野から錘体路、脊髄を経由して筋に至るまでの皮質脊髄路の興奮性を評価できます。当研究室のこれまでの実験では、心理的プレッシャーによって皮質脊髄路の興奮性が増大することを明らかにしてきました。しかしながら、これまでの実験では運動課題を実施している最中に皮質脊髄路の興奮性を評価してきたため、筋活動の発生による感覚入力の影響を除外できていないという問題を有していました。この実験では、この問題を除外したうえで、プレッシャーが皮質脊髄路の興奮性に及ぼす影響を調べるために、選択反応課題(Go/Nogo課題)を用いて警告信号と反応信号の間の2秒における運動準備時の筋活動が生じていない状態における皮質脊髄路の興奮性を調べました。結果として、右手示指の外転運動に対して共同筋として働く母子外転筋(APB)に限定的ではありますが、反応時間のパフォーマンスに対して報酬や罰が与えられるプレッシャーによって皮質脊髄路の興奮性が増大することが示されました。また反応課題における主動筋である第一背側骨間筋(FDI)と共同筋のAPBにおいて、反応時に出現する筋放電の増大もプレッシャー下で生じました。プレッシャーによって筋活動が増大することも多くの先行研究で明らかになっていますが、プレッシャー下で運動課題を行う際の中枢神経(脳から脊髄)と末梢神経(筋)の活動の亢進は独立的に生じることを示した点がこの研究の結果のオリジナリティーになります。これらの結果を基に、考察の最後では、「あがり」(プレッシャー下でのパフォーマンスの低下)の対処法として、中枢神経や筋の活動を抑制させるアプローチに可能性や魅力があり、今後の「あがり」研究では中枢神経活動や筋活動を抑制させるという切り口の対処法を提案する研究の進展が期待されることを書いています。

【共同執筆翻訳書】
長谷川 博・山本利春監訳.リカバリーの科学:スポーツパフォーマンス向上のための最新情報.ナップ有限会社:東京.Hausswirth, C., & Mujika, I. (eds.) (2013). Recovery for performance in sport. Champaign, IL: Human Kinetics.
<コメント>アスリートのリカバリーに対して、生理、環境、リハビリなどの主要なテーマに幅広く基礎理論や実践応用の情報が得られる優良な翻訳書になります。競技スポーツにおける実力発揮や目標達成に対して、スポーツ選手、スポーツ指導者、フィジカルトレーナー、アスレティックトレーナー、メンタルトレーナー、理学療法士などなどの多くのスポーツ関係者に有益となる一冊のように思います。心理面に関する章も1つあり(第5章「リカバリーの心理的側面」)、その章の翻訳を担当しました。その章では、リカバリーを測定するための心理検査や、バーンアウトや動機づけの関与などが書かれています。

【総説論文】
田中美吏(2014)心理的プレッシャー下におけるゴルフパッティング:症状と対処に関する実験研究.体育学研究,59,1-15.
<コメント>現在に至るまで約半世紀にわたって、心理的プレッシャーと運動パフォーマンスに関する多くの研究が国内外で実施され、報告されています。プレッシャーの克服が全世界のアスリートが抱える大きな心理的問題であることの裏付けとも言えます。このように多大な研究があるが故に、多種多様な結果が報告されており、1つ1つの論文内で記述されていることに関しては理解が得られるものの、もっとマクロな視点から心理的プレッシャー下での運動行動を把握することが難しいという問題が存在しています。この問題を整理しようと考えたのが、この総説論文を書くにあたっての着眼点でした。そこでこの総説論文では、取り扱う論文をある1 つの運動課題に絞ることで、運動課題の相違という要因を除外した中でプレッシャー下における運動行動を幅広い観点から体系的に可視化することを目標としました。1992年を皮切りにゴルフパッティングを運動課題とした論文が、実験的手法を用いた研究内で35編と最も報告数が多く、これら35編を時代の変遷に対応させる形式で、@注意焦点や注意容量といった観点からプレッシャー下でのパッティングパフォーマンスの低下を説明する研究(1990年以降)、Aプレッシャー下でのパッティングにおいて心理面、生理面、行動面に生じる症状を報告する研究(2000年以降)、Bプレッシャー下でのパッティングのミスを防ぐための対処法を実証する研究(2010年以降)の3 つに区分し、まとめています。ゴルフパッティング以外の運動スキルに対しても適用可能な話題であるため、様々なスポーツ種目の選手や指導者、ならびに体育学分野の研究者や大学院生・学部生が心理的プレッシャー下におけるスポーツパフォーマンスを幅広い視点から体系的に知る際のツールとして本論文を利活用していただけることを願っています。

【共同研究原著論文】
田中ゆふ・関矢寛史・田中美吏(2013)投球動作前の確率情報を伴う球種予測に顕在的・潜在的知覚トレーニングが及ぼす影響.スポーツ心理学研究,40,109-124.
平成26年度日本スポーツ心理学会最優秀論文賞受賞論文
<コメント>昨年の9月にスポーツ心理学研究第2号に掲載された論文になります。対戦相手が存在するようなスポーツ種目においては自身の運動スキルとともに、対戦相手の動作や行動を読む予測スキルが非常に重要であることが多くの研究から自明となっています。この予測スキルを強化するために、対戦相手の動画を繰り返し視聴する知覚トレーニングという方法があり、知覚トレーニングによって予測スキルが高まり、実場面でのパフォーマンスも向上することが知られています。しかしながらスポーツの実場面を考えると、純粋に対戦相手から得る情報だけではなく、過去の経験、監督・コーチからのアドバイス、試合状況の文脈なども予測に影響し、これらの様々な情報の干渉があるなかで的確な予測をすることが求められます。知覚トレーニングに関するこれまでの研究では、このような先行情報の影響を検討したものが皆無で、この研究ではこの点にアプローチしていることが、研究目的の新規性と言えます。野球の打撃において相手投手の情報からストレートかカーブかを予測する課題を用いて、投手の投じる球種の確率情報(60%と80%)がある状況においても、知覚トレーニングによって予測スキルの強化が図られることが実証されています。知覚トレーニングの方法に関しても、投手のもつ予測手掛かりに関する教示を受けながら反応する意識的なトレーニングとともに、そのような教示はなしに直感的に反応する無意識的なトレーニングのポジティブな効果も提案されています。